5day:【消えた少女】
暖かな朝陽が、俺の意識を目覚めさせる。
ゆっくりと目を開き、辺りを見回す。
ここはいつもどおりの柊の部屋。
可愛らしいぬいぐるみや、少女漫画やらが並んでいる。
そう・・・いつもと変わらない風景のはずだった。
この部屋は、たった一つの欠陥を持っていたから。
―――柊が・・・あいつがいない!?
俺はすぐさま、四本足で立ち上がり、家中を探した。
しかし、彼女はいなかった。
ふと、柊の言っていた昨晩の言葉が甦る・・・。
〜*〜*〜*〜*〜
柊はしばらく泣き叫んだ後、泣きつかれたのか、瞳にほんのりと雫を残し、笑顔を見せた。
そして、一言。
「・・・帰ろっか、クロ?」
俺は黙って柊の足に体を擦りつけた。
何が彼女に起きたのか、俺にはわからない。
今の俺は、柊の涙を拭ってやることも、励ましの言葉をかけてやることもできない。
でも、そばにいることならできる。
俺は多分、このために“クロ”になったんだと思う。
柊のそばにいつまでもいられるように、俺の願いを叶えるために“クロ”になったんだ。
それを実感した今、俺が彼女のためにしてあげられることは、柊のそばにいてあげることだけ。
俺は柊に抱かれて、家に帰った。
家に帰り、夜のことだった。
「・・・ねぇ、クロ?ウチの好きな人、知ってる?」
俺は嫌になり、ゴロゴロと鳴きながら首を振った。
―――・・・その話は聞きたくない。
そう思っていた俺に、彼女ははっきりと告げた。
「ウチね・・・黒澤くんのことが好きだったんだ」
柊の言葉が、俺の鼓動を高鳴らせた。
俺は彼女の突然の告白に、息を呑んだ。
「鈍感でぶっきら棒で、でもそんなところがちょっぴり可愛かったりして・・・あと、普段めんどくさがりなのに、友達のために一生懸命になってくれる。そんな黒澤くんが大好きだった」
そこで、柊は顔を伏せる。
「でも、ウチは全然素直になれなくて、ウソまでついちゃって、そのせいで嫌われちゃって・・・」
―――違うっ!!俺はお前のことが・・・。
ここで心の声が詰まった。
俺の今の声は、柊には届かない。
突然、静かになった気がした。
「・・・クロ、ごめんね・・・もしかしたら、夜は明けないかもしれないんだ・・・」
よく意味がわからなかった。
思わず首を傾げる。
その仕草を見た柊は、クスッと笑った。
「わかんないよね?・・・ごめんね、本当に・・・」
そう俺に謝ると、俺の黒い毛を撫で始めた。
「・・・おやすみ・・・クロ・・・」
俺はゴロゴロと喉を鳴らし、返事をした。
そして、そのまま俺は眠った。
意識が薄れる間際、柊は最後にこう言った気がした。
「・・・じゃあね・・・」
その声は、微かな意識の中、静かに闇の中へと溶けていった。
〜*〜*〜*〜*〜
俺は彼女のいそうな場所を、手当たり次第に探し回った。
校門前、校舎、校門前の十字路、クラス委員長と待ち合わせていた場所、映画館・・・。
でも、柊はどこにもいなかった。
―――・・・柊・・・どこにいる・・・!?
俺は町中を走り回っていた。
柊を見つけ出すために・・・。
ふと、俺に声をかけてきたやつがいた。
『アンタ・・・さっきから何走り回ってんだヨ』
エリーだった。
『探してるやつがいるんだ』
俺はとりあえず、こいつに見かけたか尋ねてみた。
しかし・・・。
『柊?きいた名だけど、見かけないネ』
『・・・そうか・・・』
俺はエリーに礼を言うと、この場から走り去った。
もしかしたら、すれ違いになったのかもしれない。
そう思い、俺はさっき探した場所を、もう一度探すことにした。
・・・ハァ・・・ハァ・・・。
さすがに息が切れてきた。
俺は三周ほど走り回ったが、結局柊は見つからなかった。
―――・・・どうすりゃいい・・・俺は・・・?
頭が真っ白になった。
結局、何もできなかった・・・そばにいることすら、俺はできなかった・・・。
―――俺は・・・もう・・・。
絶望の暗闇を漂っていたその時だった。
『諦めんのは、まだ早いヨ!!』
声がした。
また、エリーがきた。
『・・・何だよ・・・?』
俺は俯きながら、そう訊きかえす。
すると、フッと鼻で笑い、エリーは俺を見た。
『この町には、探していない施設がたくさんあるダロ?あのデカい病院に行ってみなヨ』
彼女の言葉に、俺は顔を上げる。
『・・・病院?どうしてそんなとこ?』
『ナメんなヨ?アタイらを誰だと思ってんダイ?徹底的に調べたのサ』
よくわかんないが、何かわかったらしい。
とりあえず、俺は彼女に礼を言った。
『何かわかんないけど、サンキューな。でも、どうしてそんなとこに・・・』
『それは、自分の目で確かめナ』
俺は頷き、病院へと駆けていった。
エリーはそんな俺を、ふと呼び止めた。
『待ちナっ!!』
俺は立ち止まり、振り返る。
『どんな辛いことがあっても、折れんじゃないヨ』
『わかってるよっ!!』
俺は、柊のもとへと走り出した。
俺は走り続けた。
人ごみを駆け抜け、蹴り飛ばされぬよう、足を上手く避けながら、必死に走り続けた。
この時、俺の頭は真っ白だった。
ただでさえ、走った後なのに、これほど走っていれば、もう何も考えられない。
頭の中には、ただ【柊 美琴】の名だけが、浮かび上がっていた。
そして、ついに見えてきた。
俺は、病院の自動ドアの前で立ち止まった。
窓を探した。しかし、どこも開いていなかった。
仕方なく、俺は自動ドアが開くのを待った。
そして、人が通れば、すぐさま入る。
ようやく、病院の中に入り込めた。
俺は病室の名札を見て、彼女の知り合いらしき名を探し回った。
―――・・・ここじゃない・・・ここでもない・・・。
なかなか見つからない。
流石にこの病院は広かった。
それに、もう過ぎてしまったかもしれない。
そんな時だった。
ある名札が、俺の目に止まった。
【柊 美琴】
俺は立ち止まり、息を呑んだ。
意味がわからなかった。
病室のドアが、少しだけ開いていたので、前足で体が通れるまで開いた。
そして、中に入った。
ふと、前に見た“夢”を思い出した。
なぜなら、それと同じ光景が、目の前に映っていたから。
この光景を、俺はただ唖然と見つめていた。
俺の意識が、この部屋に取り込まれそうになる。
この光景を眺めている間、全ての“時間”が止まっていた。
俺の中にある、記憶が少しずつ甦ってきた。
―――そうだ・・・“あの時”・・・。
・・・そう・・・俺は昔から、流れる“景色”が好きだった・・・。
・・・止まっていた時間が・・・少しずつ流れ始めた・・・。