4day:【クロとお見舞い】
ドタバタドタバタ。
朝から何やら慌しい。
俺は、騒音にたたき起こされ、目を覚ました。
―――うっさいな・・・。
大きな欠伸をして、何事かと辺りを見回す。
なぜか、柊は走り回っている。
「どうしよっかな〜?何着て行けばいいんだろ〜?」
―――いつもどおりでいいじゃん・・・ってか、どこへ行くつもりだ?
俺は冷めた眼差しで、彼女を見つめていた。
ふと、柊は一着の服を持って、俺の方を向いて立ち止まった。
「ねぇ、クロ〜。これどうかな?」
―――・・・似合ってる・・・。
なぜか、彼女を見ているのが恥ずかしくなり、俺は背を向けた。
すると、柊は頬を膨らませてぼやいた。
「もぅ・・・そっぽ向かなくてもいいのに・・・もういいよっ!これ着てくもんっ!」
―――いや、そういうつもりじゃないけど・・・それを着てくれ・・・。
俺が背を向けてる間に、柊は着替えを済ませ、お気に入りのポシェットを肩にかけ、俺の今の名前を呼んだ。
「クロ。おいで〜」
振り向くと、とても可愛らしい少女がいた。
それは反則的なまでに似合っていた。
俺は、彼女にまた声をかけてもらうまで、硬直していた。
「・・・クロ?どうしたの?」
そこで、彼女に見とれていた俺の意識がはっきりした。
慌てて彼女の足元まで歩いていくと、いつものように俺を抱き上げ、ポシェットの中に入れてくれた。
そして、玄関で靴を履き、家を出た。
俺は揺れるポシェットから顔だけ出して、流れる景色を眺めるのが好きだった。
微かに冷える朝の風に、射しこむ朝陽が暖かかった。
突然、柊は俺に話しかけてきた。
「ねぇ、クロ?これから、ウチらはどこに行くんだと思う?」
いつもどおり、俺はゴロゴロと鳴いて、返事をする。
柊はそれに対し、嬉しそうに答えてくれた。
「今日はね、黒澤くんのお見舞いに行くんだよ〜。って、誰だかわかんないよね」
・・・“黒澤”・・・。
あやふやな記憶の中に、確かにこの言葉は存在した。
しばらく聞いていなかったその“名前”に、俺はふと懐かしく思う。
「何かね、黒澤くんが学校を休んだんだよ。風邪らしいんだけど・・・何か気になっちゃって」
―――・・・柊・・・俺を心配してくれてんのか・・・。
彼女は「えへへ」と薄ら笑いを浮かべている。
思わず、鳴き声がこぼれた。
そして、俺の家が見えてきた。
柊は見えるや否や、すぐさま走り出した。
そして、俺の家の前で「とうちゃ〜っく!!」と小さくジャンプした。
突然走り出し、更にジャンプまでするものだから、ポシェットの中で俺はいろいろと大変なことになっていた。
―――め、目が回った・・・。
顔をブルッと振るい、ひょこっと顔をだした。
すると、彼女はインターホンを押すことなく、玄関の扉に手を掛けていた。
そして、勢いよく扉を開けた。
「こんにちは〜!!お見舞いに来たよ〜!!」
―――おいおい・・・。
彼女の突発的な行動に驚くところだが、なぜか家の中はとても静かだった。
狭い家の中を、彼女の明るい声がわずかに響いていた。
そういえば、柊曰く、“俺”は風邪で寝込んでいるらしいが、俺はこうして“クロ”になっている。
じゃあ、風邪で寝込んでいる“俺”って、一体誰のことだ?
俺がそんなことをポシェットの中で考えていると、柊は突然靴を脱いで、家にあがり込んだ。
「お邪魔しま〜す!!」
―――ちょ・・・おい・・・。
と、聞こえない声で呟いていると、俺の部屋へと向かっていった。
ポシェットがまた揺れる。
そして、俺の部屋に前までやってきた。
コンコンッ。
「いるよね?開けちゃうよ〜」
そして、ついに明らかになった“俺”。
そこには・・・。
「・・・あれ?ここ、だよね・・・」
その部屋には、誰もいなかった。
それに、いないだけでなく、何もかも無くなっていた。
“俺”という存在が、消えていた。
俺はポシェットから降りて、部屋中を見回した。
―――・・・どう・・・して・・・。
一瞬、俺は動揺してしまったが、よく考えてみれば当たり前だった。
“黒澤 陵”はもういない。
いるのは、“クロ”という黒猫。
でも、これが果たして当たり前なのか?
俺の中で、もどかしい何かが渦巻いているようで、気分が悪くなった。
柊のポシェットに戻ろうと振り返ると、柊は床に座りこんで俯いていた。
―――どうしたんだ・・・?
近くまで歩いていき、下からのぞきこむと、あの明るい柊の顔から笑顔は消えていた。
動揺していて、微かに聞こえた声が震えていた。
「引越しちゃったのかな・・・だから、あの時・・・・・・“あの時”?」
柊は突然、何かを思い出したように顔を上げた。
そして、ゆっくりと立ち上がる。
「・・・あの時は・・・そう・・・確か、好きな人の話をしてて、黒澤くんが急に走りだして・・・それで・・・」
柊の言葉が、そこで途切れる。
俺は彼女の言っている意味が、よくわからなかった。
―――突然・・・何を言いだすんだ?
柊は少しの間、黙り込んでいた。
そして、再び口を開いた。
「・・・嘘、だよ・・・」
そう言うと、突然、彼女はポシェットを床に置いたまま、家を飛び出した。
俺はすぐさま、柊の後ろについていった。
柊は、俺ん家から学校へ向かう道を、必死に走っていた。
その後ろを、猫の脚力を利用して、ちゃんとついていく。
そして、ある地点で立ち止まった。
そこは、学校の校門の前にある十字路だった。
柊は道の端でしゃがむと、突然必死に何かを探し始めた。
俺は、横から彼女の様子を伺っていた。
すると、柊は何かを手で拾い上げた。
「・・・これ・・・失くしてたストラップ・・・」
ここで、俺はようやく一安心した。
―――な、何だよ・・・ストラップか・・・心配させるなよ・・・。
俺は小さなため息をついた。
そして、いつものように彼女に声をかけてあげようとした、その時だった。
「!!!嘘だよっ!!!」
突然、彼女は大声を出した。
その迫力に、俺の小さな鳴き声は、胸の奥に抑え込められてしまった。
「だって、ウチ・・・ここにいるよっ!!なのに・・・なのに、どうしてっ!!」
柊はストラップを胸に当てて、そのまま泣き出した。
「嘘だよっ!!こんなの絶対に嘘だよっ!!!」
彼女の叫び声と泣き声が混ざり、この十字路に轟いていた。
しばらく彼女は、この場で泣き崩れていた。




