3day:【陽だまり】
朝、柊は何やら張り切っていた。
お気に入りの服を着て、お気に入りの帽子を被り、お気に入りのポシェットを肩にかけ・・・。
そして、鏡の前で最終確認。
「うん、ばっちし!」
柊はそう言って頷くと、お気に入りの靴を履いて、俺のほうに振り返った。
「クロ〜、おいで〜」
俺はその声に誘われるように、彼女の足元までやってきた。
すると、柊は俺をふわりと抱き上げ、ポシェットの中に入れた。
中は結構暖かく、寝心地がよさそうだった。
起きたばかりなのに、寝足りないのか、大きな欠伸がでた。
そのまま温かな眠気に誘われる。
柊は俺を入れたポシェットを揺らし、家を出て行った。
「ふ〜ん、ふふ〜ん♪」
柊は鼻歌を鳴らしながら、上機嫌に歩いていた。
俺はポシェットから首だけ出して、流れる風景を眺めていた。
ふと、柊は俺に話しかけてきた。
「ねぇ、クロ〜?今日はどこに行くんだと思う〜?」
何となく、柊は空を飛んでいるような気分なのだと、俺は思った。
とりあえず、喉を鳴らして、適当に答える。
「だよね〜、わかんないよね〜」
無論、俺は特に何も言っていない。
言葉の壁というのを、さり気なく感じた。
「今日はね〜、“デート”なんだよぉ〜」
心に、グサリと刺さった。
―――・・・デート・・・か・・・。
俺の知らぬ間に、柊とその好きな人の関係が発展していたことに、酷く苦しく感じた。
俺からすると、その人に会いたくないが、何の悪戯か、人目見るくらいなら、と思ってしまった。
そして、柊はふと歩いていた足を速めた。
「お〜い!!」
誰かに向かって手を振っている。
―――誰だろう・・・?
柊の視線をたどってみる。
すると、誰かが手を振り返していた。
流れるような長い黒髪が、囁くような風に揺れていた。
「お待たせ〜!!智実〜!!」
「私もさっき来たばっかりだから」
「そっか〜」
俺は不意をつかれた。
そう・・・“デート”は男女が遊びに行くことだけでなく、女同士の場合でも言うことがあるのだ。
さっきまで心に纏わりついていたモノが、いとも簡単に解けていった。
安心のため息がこぼれる。
「じゃあ、早く行くわよ。映画始まっちゃう」
「そうだね。じゃあ、レッツゴー!!」
柊が、そう掛け声をかけたその時には、俺はすでに静かな寝息を立てていた。
ふと目が覚める。
ざわざわと声が聞こえてきた。
俺はポシェットからそっと顔を出すと、たくさんの人々が歩いているのが見えた。
柊とクラス委員長の会話が聞こえる。
「面白かったね〜」
「んー、私としてはまぁまぁだったかな」
―――もう映画を見終わったのか・・・。
何となく後悔していた。
とりあえず、目覚めの欠伸をして、乾いた喉をゴロゴロと鳴らした。
「ん?今なんか聞こえたような・・・」
俺の鳴き声に反応して、クラス委員長がそう言った。
「それはきっと・・・」
柊はポシェットを開いて、俺を見せた。
「クロだよ」
「えっ!?映画館に猫連れて行ったの!?」
クラス委員長は驚いた様子で、柊にそう問いかけると、何の躊躇いもなく「うん」と頷いた。
俺はため息混じりの鳴き声を溢した。
それとちょうど同時に、クラス委員長も深くため息をついた。
すると、クラス委員長はまたも驚いた様子で、今度を俺を見た。
意外にも息が合ってしまったのだから、仕方ないような気もする。
俺はとりあえず、また大きな欠伸をしてから、ポシェットの中で丸くなった。
すると、なぜか鼻がブルッと鳴った。
柊とクラス委員長の笑い声が聞こえてきた。
柊はともかく、あのクールなクラス委員長こと柏木が、声を出して笑うなんて、滅多に見れることではなかった。
どことなく、温かな空気が俺たちを包んでいた。
そんな気がした・・・。
しかし、それはすぐに破られてしまった。
ゴンッ!!
「あっ。す、すいません!!」
「あぁ!?すいませんで済めば、警察いらねぇんだよ!!ゴルァ!!」
最悪なことに、どっかの不良たちに俺たちは絡まれてしまった。
「ちょっと、責任取ってもらわねぇとな〜?」
「そうだそうだ。ちょっくら俺たちとどっか付き合えよな!!」
不良の中の一人がそう言うと、柊の腕を無理やり掴もうとした。
すると、クラス委員長がすばやくその手を、バシッと払い落とした。
「っ!?いってぇな、何すんだよ!?」
「それはこっちの台詞よ!!あんたたちこそ、何するつもり!?」
威厳を持って、不良たちにそうクラス委員長は言い放った。
しかし、意外にもあっさり答えを聞く前に、二人がかりで捕まってしまった。
「ちょっと!!放しなさいよ!!」
「いいじゃんかよ。俺たちに付き合えって!!」
そう言って、柊の手を無理やり掴み、グッと引っ張った。
「キャッ!!痛いっ!!」
柊がそう声を上げると、不良たちは声をだして笑い出した。
「『キャッ』だって、可愛いじゃんか〜」
「こいつ、結構俺好みかも」
「なぁ、俺たちと付き合えよ?いろいろ面白いこと教えてやっからさ〜」
柊は不良たちに、すっかり怯えていた。
―――・・・ブヂッ・・・!!
俺の中で、怒りの臨界がブチ破れた。
ポシェットから勢いよく飛び出し、柊の腕を掴んでいた不良の顔面を引っ掻いた。
「ギャッ!!」
醜い声を上げ、顔から血を出し、顔をおさえながら倒れ込んだ。
続いて、クラス委員長の右腕を取り押さえていた不良の背中に、爪を立てて飛び乗った。
爪が背中にブスッと刺さる。
「アガッ!!」
そして、そのまま背中を引っ掻きまくる。
その男は声にならならような悲鳴を上げ、そのまま倒れた。
残り一人は、右腕が解放されたクラス委員長の鉄拳によって、一発でノックダウンした。
傷だらけの二人の不良は、最後に気絶した一人を引きずり、情けなく逃げていった。
―――俺たちの“陽だまり”には、他のやつは入れさせない!!
クラス委員長は立ち上がると、腰を落としている柊のそばまでやってきた。
「美琴!!大丈夫!?」
「う、うん。何とか」
柊は、クラス委員長の差し出す手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
ふとクラス委員長は、俺のほうに視線を落とした。
そして、一言言った。
「あんた、結構やるじゃない」
―――いや、お前に言われたくない・・・。
と思ったが、とりあえず返事した。
立ち上がった柊は、俺をゆっくりと抱き上げ、ぎゅっと抱きしめた。
「ありがと、クロ」
少し照れくさかった。
でも、とても温かかった。
俺はこの“陽だまり”を、失いたくなかった。
ふと、あの夢を思い出した。
すると、温もりが胸をチクリと突いてきた。
・・・なぜだろう・・・。
・・・嬉しいはずなのに・・・。
・・・どうして、こんなに苦しくて・・・辛くて・・・怖いのだろうか・・・。
今回、ほんの少しの戦闘シーンについて。
「なんで猫が不良相手に戦えてるんだよ?」って、ツっこみたくなるのはわかりますが、まぁ気にしないでください^^;