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一会誘魄死神結社の日常

第1話 現世諜報課に行こう

作者: 弔野ゆめ

 お世話になった第一広報課の関係者に挨拶を済ませ、ついでに抱えていた仕事の引き継ぎの日程を握った弔野は、初めて訪れる現世諜報部の部室の前で立ちすくんでいた。


 現世諜報部の部長は変わり者である、とは結社の中でも有名な噂である。

 話の通じない堅物だったら、

 ドン引きを禁じ得ない変人だったら、

 全速力で引き返そうと心に決め、ドアノブに手を掛けた時。


「現世広報課の弔野ゆめさんね、こんにちは」


 突然背後から声をかけられ、肩を跳ねさせながら振り返る。

 緊張のあまり、近づくヒールの音に気がつかなかったようだ。


「私が現世諜報部の部長よ、話は社長から聞いているわ。

 栄転おめでとう、とんだ災難だったわね」


 黒縁の眼鏡越しに、切れ長の瞳で弔野を見下ろす女性の、低い位置で束ねた長い黒髪が、肩からこぼれ落ちた。

 中へどうぞ、立ち話もなんだから、と案内されるままに、弔野は現世諜報部の部室内へと足を踏み入れた。



「大体予測は付いているけれど、一応訊こうかしら。ご用は?現世諜報部への」


 打ち合わせ用に設えられた、部屋の隅の衝立の奥で向かい合って席に着く。


「あの……私も実はまだ何をすればいいのか、何も思い付いてなくて。とりあえず、諜報部で、今の現世の流行とか、もし把握してたら教えて頂きたいな、と」


「そうね……だったら。

 あの課がいいかしら、現世カルチャー課。現世風俗研究課、と言えば分かりやすいかしら」


 失礼、と断りを入れて、諜報部部長が席を立つ。

 不安げに衝立の陰から彼女を視線で追うと、部長は派手な身なりの男性に声を掛けている。

 幾度か言葉を交わした後、ふたりは連れ立って打ち戻ってきた。


「ごめんなさい、待たせたわね。

 気になることは彼に聞けばいいわ、現世カルチャー課の課長よ」


「初めまして……っすよね。僕が現世カルチャー課の課長っす。事情はまだよく知らないんすけど……、まあ、課長同士仲良くしてくれたら嬉しいっす」


「初めまして。広報部現世広報課の弔野です。これからたくさんお世話になると思うので、宜しくお願いします」


 深々と下げた頭を上げると、カルチャー課課長の人懐っこそうな笑顔が見えた。

 言葉の端々に軽さは感じるが、決して悪い人ではなさそうだ。


「お願いね、あとは任せるわ。

 きちんと弔野さんの面倒を見てあげるのよ」


 諜報部の部長は微笑みを残して自分の仕事へと戻っていった。




「……事情は大体わかったっす。社長も無茶なこと振ってきたっすね……。心中お察しするっす」


 一通りの事情を話し終えた弔野に、カルチャー課の課長は同情の溜め息を漏らした。


「私、現世なんてもう何十年も行ってないのに、今の現世で知名度を上げるだなんて、何をしたらよいのか分からなくて」


「今現世で盛り上がってるのっていったら……、ああ、あれっすかね。動画投稿。あれならチャンネル登録者の数で具体的に知名度も測れるし、いいんじゃないすかね。

他にも数値で知名度を測るなら、ソーシャルネットワーキングサービス、SNSなんてのもあるんすけど、やっぱ文字だけより声や動く姿を出した方が広報効果が……いや、それを広報部の方に語るのも釈迦に説法ってやつっすね、ごめんなさい、僕おしゃべりなもんで」


 聞きなれない単語を辞表の裏にメモりつつ、応じる。


「いえ、私は、今の現世には疎いので。よい案があれば、どんどん教えてくれたら嬉しいです。その、動画投稿とSNSって、どんなものなんですか?」


「ああ、見せた方が早いっすかね。一応うちの部は現世のネットワークと繋げる機材が揃ってるんすよ」


 カルチャー課課長はポケットから手のひらサイズの、平べったく黒い箱を取り出した。


「ええっと、これはスマホ……スマートフォンって呼ばれるものっすね。うちの結社の担当地域の人間たちは、基本的にひとり1台は持ってると思って間違いないっす。

遠くへの連絡手段も娯楽も欲しい情報も全部、この中に詰まってると思ってもらっていいっすよ」


 課長の指が、箱の側面に添えられると、平面が明るく色付く。


「わっ……」


「これは、電源を入れた状態っすね。スマホは電気で動くっす。そんで」


 慣れた手つきで平面の上に指を滑らせ、青く光る辺りで指を止める。


「この、見た目が変わる部分が画面っす。情報とかが出てくる部分っすね。

 今、画面に出してるのがSNSのひとつで……。

一般人から公人まで、自分の思ったことを気軽に、このサービスでは「呟く」っていうんすけど、自分から呟いたり、気になる呟きをしている人をフォロー……、ええと、自分が1番目にするタイムラインって画面に一覧で表示させたり、あとは個別に連絡を取り合ったりもできるっす。

 大抵、現世の大きな出来事とか流行は、これを見れば分かるっすよ」


「なるほど……。一対多の電報のようなものなんですね」


「大体はそんな認識で良いと思うっす。あとは動画配信っすかね。さっきのでも、写真とか短い動画なら充分送れるんすけど、基本は文字になっちゃうんすよ。

 やっぱ動画なら動画に特化した機能使った方がいいっす」


 カルチャー課の課長は、画面をタイムラインから最初に電源を付けたときのものに切り替える。

 そして今度は、赤い部分に触れた。


「これっす!これも、いろんな人が動画……ああそういえば、動画は今は音声も付くっす、その動画を不特定多数に向けて公開したり、公開された動画から好きなものを選んで見られる機能っす。死神でも、すでに利用してる人もいるっぽいっすね」


「へえ……」


「今はこれが流行ってるんすよ。上手くいけばすごい宣伝効果あると思うっす。SNSと合わせ技で使ってる人も多いみたいっすね」


 まあ、どんな宣伝するか最後に決めるのは弔野さんすけど。と付け加える。



「私……は。

 その動画投稿というものがやってみたいかも。

 文章だけでは伝わらない想いを、自分の姿で、声で、伝えることができるなら、それってとても大切なことだと思うんです。

 もちろん、合わせ技で色々できるなら、全部試してみないといけないとは思いますけど」


「あーそれは、僕も同意っす。

 結局僕らって、仕事をもらうのは閻魔さまからだけど、直接的に関わるお客さんって、現世を生きてきた人間たちなんすよね。

 やっぱ関わるからにはお客さんに、ほんとに死神って居たんだ!こんな姿なんだ!って、見て喜んで欲しいと思うんすよ。文字だけだと僕らが死神だってどうしても伝わりきらない部分は出てくるし、動画を主にってのは大賛成で、出来ることは手伝わせて欲しいっす」


「……仕事熱心、なんですね」


「いや、別に仕事がーって訳じゃないっす。僕は自分が死神だってことに誇りを持ってて、でも、実際の死神と人間たちの思う死神像って、少なからず解離があるんすよ」


 照れ臭そうに笑う課長は、饒舌に喋り続ける。


「だから、どんな姿だったら現世の死神像っぽいかなとか、色々調べるのがまあ、趣味でもあったんすけど。そんなことしてるうちに、現世の死神像だけじゃなくて、いろんなうつろいごとにも興味が出て来て、その延長でたまたまカルチャー課に居るってだけっすよ。現世視察も定期的に行けるし、趣味と実益が一緒になってるみたいなもんすね」


 ちょっと喋りすぎたっすかね、とカルチャー課課長が立ち上がる。


「あ、先に、自分の席に戻っててもらって大丈夫っす。後から、必要そうなもの見繕って持っていくっすよ」

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