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第十三話 龍を宿す者

"そう言えば、お前達はあの木を食べたらしいな"


俺たちの記憶を見た時に、木の事も見たらしい。


「ああ、あそこにあった五本の木を食べた。今も回復の代わりとして、粉にして持っている」


"そうか、なら話は早い。我はこの念話の魔力が尽きたら、今度こそ完全に死ぬ。だからお前達にこれを託そうと思う。我のいる台座に上がってこい"


俺たちは、龍の骨のある台座に上がる。


龍の骨が光り、灰になっていく。


"お前達の持っている、木の粉を我の骨灰に混ぜて二人で魔力を流せ"


言われるとおり、木の粉を出して龍の骨灰に混ぜる。

穂澄と二人で魔力を熾し、混ぜた粉に流す。


すると粉は光り、芽が出る。

魔力を流し続ける。芽は魔力を吸い、グングン成長していく。小さかった芽は、幹を太くして葉を生やし緑が増えていく。そして、立派な一本の木となる。俺の光魔法がなくとも、木から発せられる神秘的な光で照らされている。


"上手くいったな、さて伝えることはほとんど言った。もう我は消える、最後に何を聞きたい?"


「名前」


穂澄が小さくつぶやく。


"ク、クハハ。最後に聞きたいのが我の名前とは、面白い奴らだ。それでいいのか?"


「ああ」

「うん」


"我の名は〖エウテルペ〗神の手によって消された龍の名だ"


「エウテルペ、か。いい名前だな」

「ありがとう」


エウテルペ、現世では小惑星の名前であり、エウはふさわしいという意味を持っている。


"カイリよ、我はさっきお前達が作った木に実を二つ成らせる。お前達が食べろ、元の世界に帰る力になれるかもしれないからな。"


「わかった、最後までありがとう」

「ん、じゃあ。エウテルペ」


"最後に会ったのが、お前達…で良かっ……た"


そう言い残して、思念が消える。木の粉と混ざった灰から、エウテルペの魔力が出てくる。それが木に吸われ、木にリンゴのような実を二つ実らせる。


俺たちは、木の実を取って目を閉じてエウテルペに最大の感謝を込めて一口食べる。

不思議な感覚と共に、頭に情報が流れ込んでくる。


「これは、スキル?」

「そうなのか?」


穂澄が呟いた声に質問をかける。

いや、頭ではスキルとしての情報入ってくるが、身体がついて行かない。

それに、スキルは実ではなく『スキルシード』と呼ばれる種のはずだ。


「これは、いったい」

「すごい、灰利。このスキル本当にすごい」

「穂澄はスキルを得られたのか?」

「灰利は?」

「俺は、スキルを頭では理解してる。けど、身体がスキルの構造?に追いつかないみたいだ」


身体に疲れが溜まっていく。

当たり前のことだった。なぜなら、灰利の身体はこれまでの戦闘などで変質しすぎている。木の粉を食べれば身体も魔力も回復する。だが、ミミズ魔物との戦闘で身体にダメージを負う前に魔力がなくなったからと言って、魔力を何度も回復させ続けたのだ。木の粉の回復効果が、身体に溜まりすぎている状態になっている。もちろん、溜まりすぎた回復効果は回復として機能しない。病気の治った身体に、何度も薬を投与するのと同じだ。


「うぅっ、身体の内側で喧嘩しているみたいだ」


灰利の身体に、異変が起きる。

スキルの取得で、身体の構造が作り替えられるのを木の粉の溜まった回復で無理やり戻されているような感覚だ。


「がはっ、グッッッッ!」


吐血して、声にならないくぐもった音が喉からなる。血が出ているのは内臓だけからじゃない、全身の皮膚に亀裂が入り血が垂れ始めている。


「灰利!!!」

「ぅあ゛ぁぁ」


穂澄は灰利に抱きつきながら、自分にはどうしようもできないことを理解して泣く。


「灰利、灰利、灰利、灰利!」


突然、穂澄の頭についさっき感じた不思議な感覚が舞い戻る。思念だ。


「エウ、テル、ペ?」


涙ながら、声の主に問う。


"ああ、我だ。カイリの状態が想定してたよりも、酷くてな。カイリの魔力を使って少しだけ話せる状態にした。ホズミよ、木の下に落ちている灰をカイリに食わせろ。その灰は、我の骨が木の粉と混ざり全く別のものになった。遺伝子が龍に近く、だが本質的には植物のような、まったく新しい者だ。カイリが痛みに耐えられる自信があるなら、それを食わせてやれ。身体は別のものになるかもしれないが、死ぬ事は無い。"


「別のもの?」


"ああ、我の灰を身体に取り入れるのだから身体が耐えられれば、失った腕を戻せてお前達の言うスキルとやらも身体に定着するだろう"


穂澄は悩むことなく木の下に落ちている灰を手で掬い、灰利の口に入れる。


「灰利!これを飲んで!」


"躊躇わないのか?"


「私は、灰利を信じてる」


そう答え、引き続き灰利に飲ませていく。

灰利は、何度も吐き戻しながら少しづつ飲み込んでいく。


飲んで少し経つとそれは起こった。


「?……灰利?」

(なんだ?……身体が膨らんでるような感覚だ。とても心地いい……)


事実、灰利の身体は二倍ぐらいまで膨らんでいる。

身体が、筋肉によってありえない膨らみ方をしている。もちろんそれには、痛みを伴う。灰利には、膨らんでいることは分かっても、神経から作り替えられているので痛みを脳に与える機能が一時的に止められている。


穂澄が、心配そうに見ているが灰利はそれに気づかない。いや、気づけない。痛みだけではなく視覚も聴覚も触覚も、感じることはできない。


"このままだとカイリ、お主は死ぬぞ"


灰利の頭に声が響く。


(誰だ、この心地いい感覚を邪魔するのは。自分の身体は、自分の物だ。それをどう使おうが俺の勝手だろう……)

「灰利!」

(だから、邪魔をするな。俺はこのままでいい)

「灰利!」


必死に灰利の事を呼ぶ穂澄に、少し灰利の意識が傾く。


「灰利!一緒に暮らそうって言ったじゃん。地球に絶対一緒に帰るって言ったじゃん」

(俺はそんなことを言ったか?)

「灰利は、龍の力に負けてここで死ぬの!?そんなの私が許さない。ここで灰利が、死んだら私もここで死ぬ」

(誰だ?この声は、何を勝手なことを言っているんだ。……だけど、俺はこいつには死んで欲しくないと思ってる?なんでか分からないが、こいつの事を大切だと思っている?)


灰利の気持ちがチグハグになり、身体の暴走が加速する。


「私は灰利のことが好き!だから絶対に死んじゃダメ!」

(そうだった、俺はこいつのことが好きで愛おしくて、守りたくて悲しませなくない。なぜ忘れていた、こんなにも大切な存在を)


灰利の身体が、暴走をやめ急激に膨らみを止める。


「すま、ない。穂澄、忘れていた。少しだけ待っててくれ」

「……っ、ん!」


穂澄がこちらを嬉しそうに、見つめている。その目には、既に心配している様子はない。さて、これで俺が死んだら情けないことこの上ないな。それに穂澄の悲しんだ表情を見たくない。


「ぅ、ぅうおおお」


灰利の気持ちの齟齬がなくなり、体にそれが現れる。膨らみ、破裂しそうになった身体は萎み、より大切な者を守るために身体がなにも失わないように、強靭に作り変えられる。


《 大切な者を悲しませたくない、失いたくない、理不尽を覆せる力を》


そんな灰利の思いがそこから溢れるように感じる。

 

灰利の身体は膨らみが戻り、なくなった片腕の所には、新しく龍の力を宿した腕になってそこに生えていた。


俺の無事を確認して、穂澄が涙を溜めながら、飛びついてくる。身体が治ったばかりで痛いが、この痛みが今の俺にはありがたく感じる。

治ったばかりの身体と新しい腕で、穂澄を抱きとめる。


「……心配かけたな、穂澄」

「良かった、灰利」

「信じてくれてありがとう」

「あたりまえ」


俺は幸せ者だと思う。こんな素晴らしい恋人を持てて。

堕ちかけた俺を助け出して、それでいて俺の無事を信じて待っていることを、あたりまえ、と言いきった。


(こりゃあ、絶対に悲しませられないな。俺も、ここまでの想いに応えられるような男にならないとな)


"やはり、こいつらに力を与えて正解だった……"


エウテルペは、そう呟き魔力を使い切り完全に消えていった。


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