第六十六話 遭遇
タクミ達は夕方まで各自自由行動を取る事にし、タクミとミサキの二人は近くの川で釣りをするため管理人室へと行き、釣り用の道具を借に行く。
管理人小屋の前まで行き、扉をノックするタクミ。数瞬遅れて扉から芝が出て来た。
「おや、どうかしましたか?」
「あの、この近くの川で釣りをしようかと。レンの話ではここで釣り用の道具も貸してもらえると聞いたんですけど」
「ああ、釣り用の道具ですね。すぐにお持ちします」
そう言うと芝は小屋の中へと戻って行き、釣り竿と魚を入れる為のバケツを二つ持ってきて、タクミとミサキにそれぞれ一組ずつ渡していく。
「ありがとうございます」
「いえ、それでは存分にお楽しみください」
釣り用の道具も用意してもらい、早速二人は川の方へと歩いて行った。その後ろ姿をしばらく眺めた後、小屋の中へと戻って行く。そして小屋の中で芝は先程のタクミとミサキを見て中々に初々しいカップルだと思いながら昔の自分を思い出す。
「ふふ・・・・私も昔は妻とキャンプ場であんな風に一緒に釣りをしていたもんだなぁ」
芝が昔の自分を先程のタクミと重ね、青春時代の思い出を振り返っていると、小屋の扉が再びノックされた。何かまだ必要な物でもあったかなと思いながら扉を開けると、そこに居たにはタクミ達とはまた違う予約をしていたお客達だった。
「おや・・・・」
「初めまして、予約していた神保という者ですが・・・・」
残り一組の予約を入れていたシグレ達もようやくこのキャンプ場へと辿り着いたのだった。
一方道具を手に入れたタクミたちは大自然に囲まれた川で釣りを楽しんでいた。
二人は丁度座り心地の良い岩場に並んで腰を掛け、釣竿を垂らしながら仲良く釣りを楽しむ。周りの穏やかな風景で二人っきりのため、タクミとミサキの二人の空気もなんだか甘いものとなっていく。
「中々釣れないね」
「ああ、そうだな。・・・・でも」
「でも?」
「俺は・・・・魚は釣れないけど、今の状態でも満足している。その・・・・ミサキが居るから」
顔に僅かな赤みを差しながらそう言うタクミ。その言葉につられてミサキの頬にも薄い赤色が差す。
「わ、私も十分満たされてるよ。タクミ君が隣に居るから」
そう言うとミサキは体を傾けタクミに軽く寄りかかる。お互いの心臓の鼓動音は高まりを見せ、二人の心はポカポカと熱を持ち始める。魚が一匹も釣れていないにもかかわらず、二人はとても満たされた感覚になっていた。
このままこの時間が続かないだろうか・・・・。そんな想いを胸に抱きながら釣りを続ける二人。だが、その甘い空間に別の人間の声が二人の耳に聴こえて来た。
「この辺りで始めるとするか」
「ん、一杯釣る」
そこに現れたのはタクミも知っている人物。
アタラシス学園の風紀委員、神保シグレであった。
「お前、神保じゃないか!」
タクミたちの存在に気付いたシグレも、声を出して驚いた。
「久藍タクミ!何故ここに・・・・」
こうしてキャンプ場で顔を合わせることとなったAクラスとBクラスの生徒達。二組の生徒の間ではまさかの出会いに驚きの強い空気が流れていた。
一方、シグレたちとは別行動を取ったネネは緑多い森林の中を歩きハイキングをしていた。周りの風景を楽しみながら歩いていると、前方からなにやら話し声が聞こえて来た。
「あら、他にも誰かいるのかしら?」
少し早歩きで先に進むネネ。すると彼女の視界の先には三人の人間の姿が見えた。うち二人は自分と同じ位、あるいは少し下といった年齢だろう。もう一人はおおよそ小学生といったところだ。
三人はとても楽しそうな顔をしており、まるで親子の様にすら見える。
「(そういえば管理人の人が高校生のお客さんが他にもいると言っていたわね。すると彼らが・・・・)」
そんな事を考えていると向こうもこちらの存在に気付いた。
ネネは彼らに近づいて行き挨拶をする。よく見れば学園で見かけた二人だ。
「こんにちわ、貴方たちアタラシス学園の生徒よね?」
「あなたは・・・・もしかして風紀委員長ですか?」
マサトは学年も違う事でうろ覚えなのだが、メイの記憶にはちゃんとネネのことが記憶されており、彼女が自分たちの通う学園の風紀委員長であることに気付く。
ネネは笑顔を浮かべて三人に改めて挨拶をする。
「アタラシス学園三年生の天羽ネネよ、よろしくね」
タクミ達と遭遇したシグレとカケルは現在四人そろって釣りをしていた。
そしてタクミは初めて直接顔を合わしたカケルと話をしていた。
「そうか、お前も俺と同じく転校してきた生徒か(なんだこの猫の恰好は?)」
「ん・・そう」
タクミの言葉に頷くカケル。そんな彼を見て内心彼の恰好に疑問を抱くタクミ。やはり変わった服装であるため初見の人間は大抵彼の恰好を見て同じような事を考える。現にミサキも彼の服装を見て同じことを考えていた。・・・・・・それとは別に二人共少しカワイイとも思っていたが。
「ではお前たちもクラスの者達とこの場所でキャンプに来ていたと?」
「うん、私の友達が思い出作りにって・・・・」
シグレは彼らがここまできた経緯を聞いてきて、それに答えるミサキ。その言葉に納得を示すシグレ、思いで作りにキャンプとはある種定番ともいえるだろう。現に自分達も似たようなものなのだから。
そんなことを話しているとカケルの竿がヒットした!
「きたっ・・・・!」
目を輝かせながらカケルが竿を引くと中々にでかい魚が引いた竿と一緒に付いてきた。自分の釣り上げた獲物に目を輝かせるカケル。その眼はさながら本物の猫のように思えた。
「大きいっ・・・・!」
魚を両手で持ちながらキラキラした眼をするカケル。その様子を見ている三人は全く同じことを考えていた。
「「「(まさか・・・・生でかぶりつかないよな(よね))」」」
彼らのそんな心配そうな目を受けている張本人のカケルは口元に微かな涎を垂らしながら魚を見ていた。白猫の手の中では魚クンも危機感を感じているのか激しく揺れ、抵抗をしていた。
水辺の方で一人散歩をするユウコ。彼女の目の前には大きな湖が広がり、その美しい風景を眺めながら歩を進めるユウコ。やはり姉に頼み込んで来てよかったと思いながら散歩を楽しんでいると・・・・・・。
「ん?」
ユウコの視線の先には一人の少年が立っていた。
白色の髪をしており、身長は自分よりも少し高いが男性にしては低めだろう。綺麗に長さを整えられた短髪、いわゆるオカッパヘアースタイルの少年が湖の近くの芝生の上に立っていた。
そして、ユウコが特に一番目に付いたのは彼が手に持っているある物であった。
「あれ・・・・刀だよね」
少年の下げている右腕には一本の刀、日本刀が握られていたのだ。
しかしそんな物騒な物を持っているにもかかわらず、湖の前に佇む少年の姿はとても絵になっていた。
「(きれい・・・・)」
すると、少年は湖に背を向け林の中へと消えて行く。
「あっ・・・・」
ユウコはおもわず小走りで少年の後を追う。
だが――――
「・・・・あれっ?」
ユウコが少年の歩いて行った方に移動し目を向けると、そこにはもう誰も居なかった。
辺りは見通しが良く、少年の姿は何処にも確認が出来なかった。
「どこに行ったの?」
ユウコのその言葉は誰も居ない森林の中に静かに響き、木々から千切れた葉がユウコの頭の上に落ちてきた。