第六十一話 過去の記憶3
それはアタラシス学園に入学する時よりも前、メイが小学生の頃であった。
彼女がマサトと深く接点を持ったのは小学三年生の頃からである。彼女が通っていた学校は一年置きにクラスが変わり、一年生、二年生ではマサトとはクラスも違い面識もほとんどなかった。
そして、メイはマサトと出会う一年前、小学二年生の頃からいじめられるようになっていた。
約七年前――――
「・・・・・・・・」
一人の少女、八神メイが暗い顔をしながら自分の通っている小学校へ登校していた。
小学校に近づくにつれ、メイの気はどんどん重たくなっていく。
三年生となり一週間ほどが過ぎたメイ。クラスも変わり、始めてみる人がたくさんいたが、去年と同じクラスの人も何人かいた。そして、それがメイの気を重くする原因であった。
「はあ・・・・」
小学校の校門前まで辿り着いたメイはため息を吐きながら自分のクラスへと足を運ぶ。そして自分のクラスの前まで到着し扉に手を掛けるが、そこで扉を開くのを一瞬ためらうメイ。しかし、入り口前で佇んでいる訳にもいかず、彼女はクラスの中へ入って行った。
クラスの中は賑わっており、皆が楽しそうに談笑している。
「・・・・・・」
しかしメイはその空気に馴染もうとはせず、自分の席に座っておとなしくする。そこに複数の男子生徒がやって来た。
「よお八神、今日も相変わらず暗いなぁ~」
「朝から辛気臭い顔すんなよな!俺らまで萎えちまうぜ」
彼らはメイが二年生の頃に同じクラスだった生徒であり、メイをいじめてくる集団であった。
彼女がいじめられたきっかけはホントに些細な物であった。それはクラスの担任教師が急な都合で授業に出られなくなり、クラスの授業が自習となった時の事であった。クラス内で各自が勉学に励む時間の最中、席を立ち騒ぐ男子生徒が数人いた。メイはその行動に対し、軽い注意をしたのだ。
そこからであった、彼女が目を着けられたのは・・・・・・。
その日以降、彼女は日々彼らに不快な思いをさせられ続けた。その影響でメイの性格は少し暗くなってしまい、それをますます彼らは嘲笑った。
「おい、根倉女。じめじめしてキノコでも栽培してるのかぁ?」
「ぷっ、キノコって!!」
「おもしれ、これからは呼び名をキノコちゃんにするか?」
「「「はははははっ!」」」
子供という者は無邪気である。その為、このようないじめという行為を働く際、相手が傷つく事を深く考えず思ったことを口に出し、不快な発言をする者達もいる。勿論、幼くとも相手の痛みを理解し接してくれる者だって大勢いる。だが残念ながら、メイの前に居る少年達は今の例でいえば前者に近かった。
「おーいキノコちゃん!」
「・・・・・・・・」
この様な時は彼女は黙り込んで相手が飽きるまで待つことにしているメイ。反抗してしまえば余計にいじめられると思っているからだ。少しの間からかった後、彼らはメイの席から離れて行った。
「(はあ・・・・)」
彼らが離れたことで内心ほっとする反面、朝から嫌な思いをさせられた事に対してのため息も出て来る。
「・・・・・・」
そんな彼女を離れた席で眺めている一人の男子生徒が居た。
学校が終わると、すぐに帰り支度をし教室を出るメイ。彼女はいじめられるようになってからはいつも学校が終わるとすぐに家に帰るようにしていた。今日もまた、そうしようとしてると・・・・・・。
「おい」
「え・・?」
一人の男子生徒が自分に話しかけて来た。
彼は三年生となり始めて顔を合わせる人、つまり今年初めて同じクラスになった子だ。
黒髪の男の子はメイに聞く。
「お前、いつも色々イヤミ言われてるだろ。何で何も言い返さないんだよ」
「・・・・それは」
「それは?」
「・・・・・・えっと」
「あーッ!はっきり言えよ!!」
歯切りの悪い言葉にいらいらする男の子。
その反応にメイの体がびくっとする。
「あぅ・・・・」
「あっ、いや。別に怒こってるわけじゃねーよ」
委縮してしまったクラスメイトにそう言う男の子。彼は頭を掻きながらメイに言った。
「お前、嫌なら嫌ってはっきり言った方がいいぜ。じゃないといつまでも笑われ続けるぞ」
男の子はそう言うと教室の中に戻って行く。
メイは彼が教室に戻ると同時に学校を出ようと歩き始めていた。
「(簡単に言って・・・・そんな事したらもっと・・・・)」
メイはそんな事を考えながら学校を出た。
以前の彼女ならそう言われたらそうしていたかもしれない。だが、いじめを受け続けたことによって気弱な性格へと彼女はなっていた。
男の子からのアドバイスも空しく、彼女は暗い表情のままだった。
翌日、再び学校へと足を運ぶメイ。
だが、この日の登校はいつもと違った――――
「よおキノコちゃん、朝早くから登校ですか?」
通学路の途中、いつものいじめっ子集団と鉢合わせしてしまったのだ。メイはいじめられるようになってからはなるべく遅く登校するようになっていた。だが、今日は彼女がクラスの日直であったため、いつもよりも早く登校せざる負えなかった。その為、今日は彼らと遭遇してしまったのだ。
「・・・・・・」
メイは無視して学校へ行こうとする。だが、それを面白く思わない彼らはメイにつっかかる。
「無視すんなよ!」
――ドンっ――
「きゃっ!」
背中から押されふらつくメイ。更に他の男の子も彼女を軽く小突く。
「そらっ!」
「きゃあ!」
体を押され、地面に軽く転んでしまうメイ。今までは口で何かを言われていただけだったが、今回は手を出された事で彼女の堰は切れ、涙を流す。それを見て男の子達は笑い出し、彼女はますます泣き出した。
「やーい、泣き虫女!」
「お前いつもうじうじしてウザいんだよ!」
「ひっく・・・・ひっく・・・・」
複数の男の子に囲まれ、言葉の暴力を振るわれるメイ。
だがそこへ――――
「やめろよテメェら」
昨日メイに帰り際の時、話しかけて来た黒髪の男の子が仲裁に入って来た。
横やりを入れて来た男の子に彼らが喚く。
「はっ、何だお前。こいつの味方でもする気か?」
「正義の味方気取りかよ!」
彼らの言葉に男の子は鼻を鳴らして答える。
「そんなんじゃねぇ、群れてくだらないことしてるお前らが気に入らないんだよ」
そう言って男の子はいじめっ子達の元へと歩を進めた。
「たく、想像どーりの情けない奴らだな・・・・」
黒髪の男の子の前では――――
「うぐぅ、殴られたぁっ!」
「ぐす、ちくしょう・・・・」
いじめっ子達が地面に座り込み泣いていた。
彼が止めに入り、彼といじめっ子達の喧嘩が始まったのだ。そばにいたメイはおろおろしていたが、それは最初だけ。というのも彼ら、彼に一発殴られただけで泣いて戦意を喪失したのだ。対する黒髪の男の子は複数人相手に何度か殴られたがぴんぴんしている。
「お前ら、もうこんな陰湿な事すんじゃねえぞ」
「ぐす・・わ、わかったよ」
「よし、じゃあもう行け」
そう言うと彼らは学校にそそくさと走っていく。
その後ろ姿を見て呆れる男の子。
「たく・・・・どっちが泣き虫なんだか」
「あ、あの・・・・」
「ん~?」
振り返るとメイがもじもじしながらそこに立っていた。彼女は男の子に小さな声でお礼を言う。
「あ、ありがとう・・」
「おう。でもお前も見ただろ、あの情けない連中の姿。これからは一言強く言えば何もしてこねえよ。だからお前もはっきり言えよ」
「う、うん・・・・」
「とっ・・早く学校行かねえと、今日俺日直だし」
「あ、私も・・」
「よし、行くぞ!」
「きゃっ!?」
メイがそう言うと、男の子がメイの手を引いて走り出す。
それに驚くメイだったが、繋がれた手は温かく、嫌な感じはしなかった。
「そう言えばまだちゃんと自己紹介してなかったな。俺は津田マサトってんだ。お前とは今年初めてのクラスメイトだな」
「わ、私は八神メイです。よ・・よろしく津田君」
「おう!」
津田マサトと八神メイ、これがこの二人の出会いの始まりであった。