第五十八話 彼氏と父親2
黒川家玄関前、そこにはタクミとミサキの二人が立っていた。
「ごくりっ・・」
「タクミ君・・そこまで」
タクミの落ち着いていた心はここに来て再び平静を失い始めていた。そんなタクミに対してミサキは珍しくタクミに呆れた顔をしていた。
多少の緊張はするかもしれないとは思っていたが、まさかここまでとは・・・・・・。
「じゃあタクミ君、中にどうぞ」
「すーはーっ、ああ・・」
大きく深呼吸し、気持ちを整えるタクミ。
ミサキは玄関の扉を開け、家の中へと彼を招き入れた。
玄関の扉の開く音が聞こえ、居間の方に居た三人は反応を示す。中でもリキの反応は一番大きかった。先程読み終わったはずの新聞をもう一度読んでおり、玄関から聞こえて来た音に反応してその新聞を強く握り、ぐしゃぐしゃにしてしまう。
こちらに近づいて来る足音が大きくなるにつれ、リキの心音も高まっていく。
そして、居間の扉が開かれた。
ミサキに導かれ、家の中へとお邪魔するタクミ。ミサキが言うには居間の方に家族が揃っているとのことだ。居間の方に近づくにつれ、タクミの心臓の鼓動は速度を上げる。
そして、ミサキが居間の扉を開いた。
「おまたせみんな。タクミ君を連れて来たよ」
「お帰りお姉~、それから久しぶりです久藍さん」
「ようこそ久藍君♪」
ユウコとモエは笑顔でタクミのことを迎えてくれた。
「お、お邪魔します」
ぺこりと頭を下げるタクミ。そしてすぐに初めて見る男性が居た。つまり・・・・・・。
「あ、あの、ミサキのお父さんですよ・・ね?」
「あ、ああ、ようこそ久藍君」
タクミはその場で勢いよく頭を下げ自己紹介をする。
「あのっ、俺は久藍タクミといいます!貴方の娘さんと交際をさせてもらっています!」
「あ、ああ・・・・そんな畏まらなくても大丈夫だよ久藍君」
タクミの勢いのある自己紹介に思わず気圧されるリキ。
だが、どうやら悪い人間ではないということはよく分かった。少なくとも変な人間と付き合っている訳ではないようで一安心するリキ。
こうして彼氏と父親の初がらみは特に悪い印象もなく、とりあえずミサキたちもほっとしたのだった。
「そうか、ではキミはC地区方面からここへ来たのか」
「はい、父の仕事の都合で」
あの後、タクミとリキは最初は多少の緊張はあったものの、今では普通に会話をしていた。その様子を見ていてユウコがミサキに話しかける。
「よかったねお姉、お父さんと久藍さん思いのほか意気投合してるみたいだよ」
「うん、少し心配だったけど」
ミサキもさすがにタクミほどでもないが少しは心配していたため、今の二人の雰囲気にほっと一安心する。
その後もタクミと黒川家族は楽しそうに談笑し、今となっては完全に打ち解けていた。
モエが時計を見ると、そろそろ昼の十二時になろうとしていた。
「そろそろお昼時ね。タクミ君、よかったらお昼食べていってね」
「あ、はい。いただきます」
「じゃあさっそく作るわね。タクミ君は何か苦手な物はあるかしら?」
「あ、いえ。大丈夫です」
いつの間にかミサキだけでなくモエとユウコもタクミのことを名前で呼んでいた。親睦が深まったという事なので良い事ではあるのだが・・・・・・。
「(む~~~~っ)」
自分の恋人に仲睦まじく名前を呼んでいる母と妹に対し、ほんのちょっぴりではあるがむくれるミサキ。
「お母さん、私も手伝う!」
ミサキも台所へ向かい料理の手伝いをしようとする。姉の行動を見てユウコは内心呆れる。ミサキが少しムキになっている理由に検討がついたからだ。
「(お姉、私やお母さんがタクミさんを横取りすると思っているのかな~、そんな訳ないのに)」
ユウコが内心でそう思っている横で、タクミはリキと話をしていた。
「それにしても初めてミサキに彼氏ができたと聞いた時はついにこの時が来たかと思ったよ。やっぱり、娘というものは何時かは親の手元から離れて行くもんなんだなぁ」
「お父さん・・・・」
「でも、キミの様な真面目な子がミサキの恋人で本当に良かったよ。ミサキもいい人を見つけた」
リキの言葉に少し照れながらタクミは答える。
「そんな・・・・俺の方こそいい子と巡り合えました。ミサキは俺には勿体ない位、すごく優しくいい子です」
「はは、ありがとう。父親として嬉しいよ」
リキは台所で料理をしているミサキに目を向ける。
彼女はタクミのために自分の作った手料理を食べてもらいたく昼食を妻のモエと一緒に料理をし、作っている。そんな娘の姿を見て、ミサキがタクミの事を本当に好きでいることがリキにも伝わってくる。
「久藍・・いや、タクミ君。これからも娘を頼むよ」
「はい、任せてくださいお父さん」
タクミはその場で頭を下げてリキの想いに答え、そんな彼の姿を見てリキは笑顔を浮かべる。
こうして、タクミと黒川家に強いつながりが出来たのだった。
タクミに娘を任せても大丈夫だと判断し、リキは二人の関係を完全に認めた。そこへミサキとモエの自分たちを呼ぶ声が聞こえてくる。
「タクミ君、お父さん、ご飯出来たよ」
「ああ、タクミ君、食べようか」
「はい」
こうしてこの日、黒川家の食卓には新たに一人の人間が加わった。
そんな黒川家の今日の食卓の場はいつも以上に楽しそうであった。