第五十七話 彼氏と父親
ミサキを巡る戦いが終結しその後、時間が経過し今は八月十五日。おおよそ夏休みも三分の二が終了した頃だ。
そして今日ミサキの自宅、黒川家の空間は異様な緊張に包まれていた。母のモエ、妹のユウコはいつも通りであるのだが、あと一人の人間が原因であった。
「アナタ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ」
「な、何を言っているんだ。僕はいつも通りだよ」
モエが声を掛けた人物は黒川リキ。モエの夫、すなわちミサキの父だ。
リキはソファーに座り新聞を広げている。だが、正直新聞の内容はほとんど頭に入ってはいなかった。
今日はついに、娘が彼氏を家に連れて来るのだ。ミサキは現在タクミと待ち合わせをした場所まで行き、タクミの出迎えをしている頃だろう。
――カタカタカタカタッ――
「お父さんさぁ~、少しは落ち着いたら?」
「だ、だから僕は普段通りだと・・・・・・」
「・・・・その割にはすごい貧乏ゆすりしてるんだけど?」
「えっ、あっ!」
無意識に膝を鳴らしていたリキ。慌てて膝を揺するのを止め、軽く咳払いをする。
「お姉ちゃん、そろそろ帰ってくるんじゃない?」
壁に掛けられている時計を見ながらユウコが呟いた。
リキはそれに反応してチラチラと時計を何度も確認する。時計の針の進む音がやけに大きく聞こえる・・・・・・リキだけ。
「少し散歩してくるよ・・・・」
「あら、また?」
ミサキがタクミに会いに家を出た時も、その後すぐに家を出て散歩をしていたリキ。少しでも緊張を解そうと考えての行動だったが効果は無し。戻ってからもずっと緊張したままであった。
そしてまた、散歩でもして気を紛らわせようとするリキ。居間を出て行き二人となったモエとユウコ。ユウコはモエに話しかけた。
「ねえ、お父さん大丈夫かな?」
「そうね、すごい緊張しているみたいだけど・・・・」
口ではいつも通りなどと言っているが、どう考えてもガチガチに緊張しているのは丸わかりだ。
果たして彼氏の前で父親としてちゃんと振る舞えるのだろうか?そんな一抹の不安を感じる二人であった。
自宅の近くをぶらぶらと散歩するリキ。その顔は浮かないモノだった。
「はあぁ~っ」
小さなため息を吐くリキ。
自分の娘に彼氏ができた。正直いずれはその時が来る事は覚悟していたが、予想よりもその時が早く来たとリキは感じていた。
「大切に育てて来た娘にもついに彼氏ができたか。・・・・はあぁ」
リキとて交際を反対する気などは無い。しかし、やはり寂しく思ってしまうのだ。
なんだか娘が遠い場所に行ってしまった様にすら錯覚するリキ。
「モエの話ではとても感じの良いまじめそうな子だったらしいが・・・・」
黒川家で自分だけはまだタクミと顔を合わせたことがなく、妻やユウコの話を聞いて変な人間でない事は分かったが、それでもリキにとっては未知の相手。
とにかくミサキの父として恥ずかしくない振る舞いをせねば。そう思うリキであった。
もっとも、今のこのうじうじしている状態では説得力もないが・・・・・・。
ミサキは現在、タクミと待ち合わせに指定していた場所まで足を運んでいた。
待ち合わせ場所はアタラシス学園の校門前。そして今、その場所に到着するミサキ。目を凝らすと校門前にはタクミの姿が在った。
「タクミ君!!」
タクミの姿を目で確認し、小走りで近づいて行くミサキ。
ミサキの声に反応し、タクミはこちらに近づいて来るミサキに軽く手を振った。
自分を巡る戦いで重傷を負っていたタクミの怪我も完全に完治し、今では元気に過ごしている。
「お待たせっ!タクミ君」
「おお・・・・」
タクミの返事に違和感を感じるミサキ。
何というか・・・・普段と違い覇気が感じられないのだ。
「どうかしたの?もしかして具合でも・・・・」
「あっいや、その・・・・緊張していてな。今からお前のお父さんと会う訳だし」
「なんだ、大丈夫だよ。お父さんも反対したわけじゃないんだから」
ミサキの反対の意思はなかったという事実を聞き、とりあえず少しは気持ちが軽くなるタクミ。しかし、やはりまだ多少の緊張はしていた。
どうにもこういう場合、女性よりも男性の方が緊張するようだ。
「ヨシっ・・・・じゃあ行くか」
「ふふっ、そんな気合入れなくても」
ミサキは軽く笑うがタクミはそうはいかなかった。
もしミサキのお父さんの機嫌を損ねでもしたら大変だ、という思いが頭から離れなかった。
そして二人は黒川家へと向かった。
そして黒川家では――――
「ただいま・・・・」
リキが散歩から帰って来て、再び居間のソファーに座る。その顔は出かける前と全く同じ、緊張が張り付いていた。そんな父の姿にユウコはため息を吐き、モエは少し心配そうな顔をする。
タクミとミサキはもう家から五分もかからない場所まで迫っていた。