第五十四話 最後の言葉
ミサキは自分が見ている光景が理解できなかった。
今、自分が見ている光景・・・・それは――――
姉のセンナが、体を消滅の槍で貫かれている光景だった。
そこから少し離れた場所で見ていたタクミも、敵である名も無き男ですらもその光景に言葉を失なっていた。
今、この場に居る誰もが予想していなかった事態が発生し、周りの時間が停止したのだ。そんな止まった時間の中、唯一当の本人であるセンナだけが動いていた。
「ミサキ・・・・だい・・じょうぶ?」
センナは振り返り、ミサキに怪我がないかを確認する。三人のうち、声を掛けられたミサキだけは呆然としながらも頷いた。その彼女の仕草を見て、センナは笑って言った。
――良かった――・・・・と。
それはとても小さい声であったにもかかわらず、近くに居るミサキだけでなく、離れた場所に居るタクミと名も無き男の耳にもはっきりと聴こえて来た。
そして、その一言を呟いた後、センナは倒れた。
「あ・・・・・・」
自分の前で体を貫かれ、倒れる姉。
ミサキはまだ放心していたが、徐々に目の前で起こった事態に意識がはっきりと付いていき――――
「い・・・・・・」
彼女の口から・・・・・・
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!??」
絶叫が響き渡った。
血だまりを作り、倒れる姉。そんな姉にミサキは一目散に声を掛ける。
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!!」
ありったけの声でセンナに自分の声を掛けるミサキ。彼女の顔は青く染まり、カチカチと歯を鳴らし、震えながらセンナに声を掛ける。
「しっかり!!お姉ちゃん!!」
「あ・・・・ミサ・・キ」
愛する妹の声にセンナは閉じていた目を薄く開いた。
視界には震えながら青ざめる妹の顔が入った。センナはミサキを落ち着かせようと彼女の頬に手を添え、優しく言った。
「ミサキ・・・・落ち着いて」
「落ち着けないよ!どうしたら!!どうしたらいいの!?」
センナの傷はもはや助かる余地があるとは思えなかった。体を貫かれているのだ。そして、そんな姉の姿を見てミサキの頭には〝死〟の一文字が浮かび上がる。
「!?、違う!!違う違う違う!!!お姉ちゃんは死なない!!!!」
ミサキは自分の頭に浮かんでくる不吉な文字を消し去るため大声でそう言った。だが、その文字がどうやっても頭から離れず、どんどん大きくなっていく。
「いやッ!!そんなのいやッ!!」
頭を左右にぶんぶんと振って必死にその文字を追い出そうとするミサキ。そこへ――――
「ミサキ」
姉の声がミサキの頭の中に染み込んで来た。
ミサキは不安で今にも崩れそうな顔をしながらセンナの顔を覗き込む。
「最後に・・・・あなたに言っておきたいことがあるの」
タクミは遠目から起こった想定外の出来事にしばし呆然としていたが、ミサキの悲鳴を聞いてようやく意識がはっきりとした。
「うそ・・だろ、ミサキのお姉さんが・・・・そんな・・・・」
ミサキに迫る死の一撃をセンナが身を挺して守った。だが、遠目から見てもその傷は深く、とても助かるとは思えない。
タクミはセンナの傍に居るミサキに目を向ける。彼女は青ざめ、どうしたらいいかわからない顔をしている。
ミサキの表情、瀕死のセンナを見て、タクミは自分の額を思いっきり地面へと打ち付けた。
――俺は何をやっているんだッ!!――
もうミサキを悲しませないと言ったそばからこんな・・・・!彼女の前で大切な姉をあんな目に合わせるなんて!!俺は、俺はなんて情けの無い男なんだ!!!。
タクミはぎりぎりと歯を食いしばり、悲鳴を上げる瀕死の体を無視してミサキとセンナの元へと駆ける。
「お姉さん!!」
タクミは今にも死にそうなセンナに大声で呼びかける。センナは駆け寄って来たタクミの姿を見て、タクミに言った。
「久藍君・・・・あなたにも最後に言っておきたいことがあるの。聞いてくれる?」
「お姉ちゃん、もうしゃべらないで!!本当に死んじゃうよぉッ!!」
泣きながら姉にそう訴えるミサキ。だが、センナはそんなミサキに言った。
「ミサキ・・・・お願いだから・・・・聞いて。もう・・私は助からない。死んでいく前に・・・・ちゃんと・・伝えたいの」
「!・・・・いやだよぉ、お姉ちゃん。死ぬなんて言わないで」
ミサキは涙を流しながら懇願する。
センナはそんなミサキの頭を優しく撫でながら・・・・・・残された時間、最後の言葉を二人に述べた。
「・・・・・・・・」
離れた位置から名も無き男はその光景を黙って見ていた。完全に隙だらけにもかかわらず、彼は手を出そうとはしなかった。
それは、自分の攻撃から妹のことを命を捨ててでも守ろうとしたセンナに対する敬意なのかは分からない。だが、今この時に手を出す気にはなれなかった。
「ミサキ・・・・私は実の妹を失い、この世界には絶望しか感じなかったわ。そんな世界に復讐すべく、世界から魔法を消し去ると心に決めたわ・・・・そのために、あなたの命も奪おうとした」
「でも、あなたはそんな私のことを姉として見てくれた。誕生日のプレゼント・・・・すごく、嬉しかったわ」
「あなたのお蔭で、私は昔の・・・・歪んでしまう前の自分に戻ることが出来た・・・・」
「あなたと過ごした時間は、とても光り輝いていたわ。ミサキ、私は――――」
センナはミサキに微笑みながら言った。
「あなたと出会えて・・・・幸せだった」
センナの言葉にミサキの瞳からは止めどなく涙が流れ、センナの頬に落ちていく。
センナは次にタクミの方に顔を向けた。
「久藍君・・・・ミサキのことをお願いね。どうか・・・・私の妹を守ってあげて」
「はい・・・・必ずッ!!」
タクミは瞳から涙を流しながら、センナの手を握って誓った。その言葉にセンナは安心した様に微笑む。
「ありがとう」
センナはもう一度ミサキへと向き直る。
「ミサキ、これから先の未来、つらい事も一杯あるかもしれないわ。でも、あなたは一人じゃない」
「・・・・うん」
「これから先の未来を、生きなさい」
「はい・・センナお姉ちゃん・・!」
ミサキは涙でくしゃくしゃな顔になりながらも、センナの言葉にちゃんと答えた。
センナはその言葉に満足し・・・・そして――――
――ありがとうミサキ、私の妹でいてくれて――
その言葉を最後に、彼女は息を引き取った。
この世を去ったセンナのその顔は、とても・・・・穏やかなモノだった。
――お姉ちゃん――
センナの耳に聴こえて来た声、それは死んだ実の妹の声であった。
――お姉ちゃんもこっちに来たんだね・・・・少し悲しいけど、でもとても嬉しいな。また、お姉ちゃんと一緒に暮らせるね――
妹の嬉しそうな言葉にセンナは、エクスは思わず笑ってしまう。
――死んでいるのに元気ね――
――うん、だってまたお姉ちゃんに会えたもん♪――
妹の弾んだ声を聴き、エクスも心が弾んだ。久しぶりに会ったが、彼女は何も変わっておらず安心した。すると、妹はある質問をしてきた。
――ねえお姉ちゃん、もう一人の妹さんと別れることになるけど・・・・大丈夫?――
――ああ、そのことは不安に思っていないわ。だって、彼女は私よりもずっと強い子だからね。それに、そばには支えてくれる人もいる。何も不安に思う事はないわ――
――そっか・・・・じゃあ行こうか、お姉ちゃん――
――ええ、そうね――
こうして、摩龍姉妹は空へと溶けていった・・・・・・。