第四十四話 元凶
暗い夜の森林に現れた銀色の少年。
その存在は命を狙われているミサキにとって、この上なく光り輝く存在であった。
自分が危険な時に必死で守ってくれ、自分が泣いている時に優しく慰めてくれ・・・・・・自分のことを強く、強く愛してくれる存在。
ミサキは大声でその少年の名を叫んだ。
「タクミ君ッ!!」
ミサキの叫びにタクミは彼女を安心させようと優しく微笑み、彼女の名前を呼ぶ。
「待たせたな、ミサキ」
「お前・・・・レイヤーや魔物達をどうした?」
十分な戦力を投入したにもかかわらずこの場に現れたタクミの存在に小さく驚く名も無き男。
タクミの体には僅かな傷が所々あるが、致命傷は見られない。
男の質問にタクミが答える。
「あの爆発女なら今頃寝ているよ。ついでに一緒に居た魔物達も揃ってな」
どうやら自分は目の前の男の力量を計り間違えていたようだ。レイヤーだけでなく大量の魔物達をたった一人で片付けられるとは思っていなかったのだ。そんな事を考えている自分のことなどタクミは気にせず、ミサキの元へと一瞬で駆け寄る。
「ミサキ、どうやら怪我はないようだな」
「うん、今のところはね・・・・」
「ところで・・・・あなたは?」
タクミはミサキの隣に居るエクスの存在に疑問を持つ。
ミサキはタクミにエクスの説明をする。
「この人は・・・・私のお姉ちゃん、センナお姉ちゃんだよ」
「!?」
「なっ、ミサキのお姉さん!?えっ、でも確かミサキのお姉さんって・・・・」
ミサキの放った言葉は二人を大きく驚かせた。
タクミは事故で死んだと言われていたお姉さんが生きていて、この場に居る事に。そしてエクスは自分をセンナお姉ちゃんと言ってくれたことに・・・・。
エクスはすぐに首を横に小さく振り、ミサキの言葉を否定する。
「私は・・姉なんかではないわ・・・・そんな資格なんてあるはず――――」
「お姉ちゃんだよ・・・・」
ミサキは優しくエクスの手を取った。
「ミサキ・・・・」
「たとえ最初は目的があって近づいてきたとしても、貴方と過ごした日々は本物だから」
「くっ・・・・」
エクスの瞳から微かな涙が零れる。
タクミは状況が把握できずに戸惑いを見せる。
「えっと・・・・とにかく貴方は味方と考えていいんですね?」
「当然だよタクミ君。だって・・・・私のお姉ちゃんなんだから!!」
ミサキのその言葉にエクスは・・・・センナは吹っ切れた。
そうだ・・・・この子に生きてほしいからこそ私は目的を捨ててでも彼女の事を選んだ。ならば今は彼女を守る為に戦おう。
センナは涙を拭い、二人の前に立つ。
「久藍タクミ君、私の詳細については後でちゃんと説明してあげる。だから――――」
センナはタクミに頼み込むように言った。
「一緒にミサキを守ってちょうだい」
愛するミサキを守る為、センナはタクミに協力を求めた。
タクミはセンナの言葉を聞き、わざわざ言うまでもないといった様子で答える。
「当たり前ですよ、言われずともミサキは必ず守ります」
センナの隣でタクミは構えを取り、名も無き男を強く見る。
センナはそんな彼の姿を見て思った。あの時、彼を助けて正解であったと。
レイヤーとの最初の戦闘で瀕死の重体となり、死の近くまで迫っていたタクミ。彼女はそんな彼を病院へと運んだ。それはミサキを守る為の駒としてだけではなく、彼がミサキを強く想っていたからだ。
――彼ならばミサキを支え続けてくれる――
ミサキを見守りながら同時にタクミの事を観察していたセンナ。
遠くから見ていてもよく解った・・・・・・この二人が互いを想い合っている事に。
ミサキにはこの先も笑顔でいてほしい、笑っていてほしいという強い願いを持っているセンナは彼の存在がミサキには必要だと思ったのだ。
そして、その考えは大正解であった。
「(久藍君・・貴方はやはりこの先もミサキには必要な存在だわ)」
「さて、お前もミサキを狙っているんだよな?」
「当然だ、そもそも黒川ミサキを計画の為に殺害を企てた張本人なのだからな」
「!・・・そうかッ!!」
――ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!!――
タクミから膨大な量の魔力が放たれる。
その放出される魔力の余波により周囲の木々は揺れ動き、足元の地面には亀裂が走る。
タクミから放たれる魔力からは一つの感情が伝わって来た。
それは抑えきれない怒りの感情。
自分の眼前に対峙している男が全ての元凶。
自分の大切な人を苦しめ続けていた悪の権化、それが自分の前に立っている。ならば、自分のなすべき事は一つ。
「お前はここで必ず潰す・・・・この糞野郎がッ!」
「威勢がいいな、だがそう簡単にいくと思わない事だ」
名も無き男からタクミに引けを取らない程の凄まじい魔力が吹き荒れる!
両者から流れ出る魔力の奔流が両者の中心でぶつかり合い、濃密な魔力が周囲に漂う。森林の木々はへし折れるのではないかという位に揺れ、地面が盛り上がり、地形を少しずつ変えていく。
「くぅ・・・・!」
「な、何て力の奔流なの!?」
その場に居るミサキとエクスはその強大な魔力に驚きを露わにする。
「ミサキ!お前は転送の指輪を使ってひとまず逃げろ!」
「で、でも・・・・」
「彼の言う通りよミサキ、奴の狙いは貴方なんだから」
ミサキの事を戦いの前に逃がそうとするタクミとセンナ。しかし、名も無き男は懐から四枚の札を取り出し投げる。投げられた札は地面に落ちると光だし、魔力を噴出しながら魔法陣を描く。
「これは・・・・?」
「ちぃっ、まだ魔物を忍ばせていたか!」
先程のレイヤーが使った物と同じ札。
しかし、そこから現れた魔物は別物であった。
「「「「グオオオオオオォォォォォォォォッッ!!!!」」」」
四枚の札からはそれぞれ魔物が出現する。そしてその魔物達は全てがAクラスの魔物であった。
「この魔力・・・・Aクラス並の魔物!!」
現れた魔物のレベルにミサキは思わず怯む。
タクミは怯みこそしなかったが、その内心は焦っていた。
「(くそッ!あの男、恐らくあの爆発女よりも強いぞ・・・・その上Aクラス並の魔物が四体)」
魔物だけに集中しても良いならば今のタクミの脅威ではない。だが、目の前の男がそんな自由を許すとは思えない。しかも、この四体の魔物達、AクラスはAクラスでも通常のAクラス以上の魔力を感じる。
タクミのそんな疑問に答える様に、センナは現れた魔物についての情報を述べる。
「気をつけて、こいつらは通常の魔物と違い強化されているわ!普通のAクラス以上の戦闘力を誇るわ!!」
「ちっ・・・・やはり」
タクミは魔物と男を見比べる。
魔物達も厄介ではあるが、やはりあの男の方がはるかに危険なのは間違いない。
タクミはセンナに近づき、目の前の男には聞き取れないほど小さな声で言った。
「お姉さん、あの男とは俺が戦います。申し訳ないですけどその間に魔物達の注意を引いてくれませんか?」
「分かったわ・・・・気をつけなさい・・・・貴方が相手どろうとしている男はミサキを狙う組織のリーダーよ。正直私の方が楽な役回りよ」
「分かっています。でも、貴方の方も相当危険ではある・・・・いざとなったら逃げてください」
タクミとセンナが戦いの為の会話をしていると、後ろからミサキが二人に近づき、タクミに言った。
「大丈夫、魔物の注意を引く役目は私も負うから」
「「なっ!」」
ミサキの発現に二人は驚き、そしてその案を却下した。
「だめだ、奴の狙いはお前なんだぞ」
「そうよミサキ、貴方は指輪を使い逃げなさい」
ミサキに逃げる様促す二人。
しかしミサキは首を横に振って二人の意見に反対の意思を示す。
「私だけ逃げるなんて出来ないよ!タクミ君が、お姉ちゃんが戦うなら私だって!!」
ミサキの瞳には強い意志が宿っていた。
二人は自分を守る為に戦っている。普通ならばここで逃げるべきなのだろう・・・・しかし、大好きな、大切な二人を置いて一人安全地帯に逃げ込むなどしたくはなかった。
「魔物は四体もいる。人手は多い方が良いでしょ」
「・・・・・・」
ミサキの言葉に黙り込むタクミ。
すると、センナが横からミサキに言った。
「いざとなったら必ず逃げる事・・・・約束できる?」
「・・・・うん」
センナの言葉に頷くミサキ。
彼女はため息を吐きながらタクミに言った。
「久藍君、ミサキは私が必ず守るわ。この子、こう見えて一度決めたことは中々覆そうとしないのよ」
「お姉さん・・・・分かりました。ミサキ、気を付けろよ」
「うん、タクミ君も・・・・気を付けて」
互いの身を案じ、そして健闘を祈る二人。
そこへ、名も無き男がゆっくりと歩みを進めて来た。魔物達も彼の進行に合わせて歩を進める。
「作戦会議は終わったか?では、始めようか」
こうして、ミサキの〝不死鳥の炎〟を巡る最後の決戦が今、夜の森林の中で幕を開けた。




