第四十三話 決断
ミサキの偽りの姉として過ごすエクス。初めはミサキの命と魔法を奪う事が目的であった。しかし、殺すべき対象を彼女は愛おしく思い始めてしまい、その想いは一日おきに強まっていった。
そして彼女は、ミサキを守る為にある決断をする。
アタラシス学園での一日が終わり、彼女は黒川家へと帰宅していた。
催眠魔法により、彼女は現在はアタラシス学園の生徒という事になっている為、学園で生徒として授業を受けている身だ。
自宅となっている黒川家へと向かう途中、エクスに声を掛けて近づいて来る者がいた。
「お姉ちゃん!今帰り?」
「ミサキ・・ええ、そうよ」
中学校が終わり、偶然鉢合わせする偽りの姉妹。
しかし、ミサキにとっては疑う余地もなく本当の姉妹であった。
二人は並んで仲良く家へと帰る。その道中ミサキは今日一日の出来事を語る。ミサキの話を笑いながら聞いているエクスであったが、表情とは裏腹にエクスの心はきりきりと痛みを伴っていた。
自分はこの子の姉などではない。そして、その資格すらないのだから。
自分はミサキを殺す事を最終目的として近づいた非道な女だ。最初は目的のための仕方がない犠牲だと考えていた。魔法を世界から消す為には彼女の力が必要なのだ。でも、その場合彼女の人生はどうなる?
「(私たちの悲願成就の為、事情も知らず罪もない彼女の命を捧げる・・・・それが正しい事なの?)」
エクスはそう考えるが、すぐにそれが言い訳である事に気付く。
私は純粋にこの子に死んでほしくないだけだ。小難しい理由など一切いらず、ただただこの子に笑っていてほしいのだ。
「ねえ・・・・ミサキ」
「何?お姉ちゃん」
「ミサキは・・・・今幸せ?」
「え、どうしたの急に?」
姉の突然の質問に疑問を感じるミサキ。
エクスは・・・・センナはミサキの顔を見て呟く。
「私は幸せよ・・・・だって――――」
――貴方の存在が昔の私を思い出させてくれたから、妹と過ごしていた昔の自分を・・・・――
センナの言葉にミサキは疑問を感じながらも答えた。
その顔に満面の笑顔を宿しながら・・・・・・。
「そんなの私だって同じだよ、お姉ちゃん・・・・」
「そう・・・・」
自分を姉だと信じ、慕い、好きでいてくれる。
こんな・・・・薄汚れている自分の事を・・・・・・。
――ぽた・・ぽた・・――
「えっ、どうしたのお姉ちゃん!?」
センナの瞳からは・・・・涙が零れていた。
突然涙を流す姉に驚くミサキ。センナは涙を拭くとミサキに笑いかける。
「ごめんなさい、目にちょっとゴミが・・・・もう大丈夫」
ミサキは心配そうな顔でセンナの事を見ている。
センナはそんなミサキを安心させようと笑いかける。
この時、センナは進むべき道を変えた。奪う道ではなく、救う道を選択したのだ。
その夜、センナは催眠を掛けている者達に新たな情報を上書きした。
黒川センナ、アタラシス学園で不慮の事故に巻き込まれ死亡・・・・と。
その情報を植え付けた後、彼女は黒川家を出て行った。そして、ミサキを守る為にアジトに戻り新たに催眠を掛けた人物がいた。
「黒川ミサキを狙う為とはいえ、無関係の人物を巻き込むことはできないわ」
「何を言って・・・・いや、そうだな」
エクスの言葉にリーダーは一瞬怪訝な顔をしたが、すぐにその意見に賛成した。
エクスはリーダーにある催眠を掛けたのだ。それは一般人には極力手を出さないように、という催眠。こうすることでミサキの家には魔法使いではない両親が居るので直接家に襲撃に行く可能性は薄くなる。
だが、ミサキの襲撃そのものを中止にする催眠は掛けられなかった。相手が格下ならまだしも、同等、もしくはそれ以上の相手に大きく矛盾する洗脳を掛けてしまえば相手が気付く可能性が出て来るからだ。
世界から魔法を消すという強い信念の元にミサキの犠牲は成り立っている。それをいきなり取り消すなどと催眠を掛けてしてしまえば相手はその矛盾が元で催眠が解けてしまいかねない。
「リーダー、私はもうしばらく黒川ミサキを観察するわ」
「そうか、では引き続き頼む」
こうして、ミサキが今日まで生き延びられたのはエクスの催眠が理由であったのだ。
途中出会ったメンバーもリーダーの命令という事でしぶしぶ納得をした。
その後も彼女は裏で様々な行動をとる。
アタラシス学園の教師、メンバーの一人、金沢コンゴウが魔獣を使いミサキを襲撃する際、魔物に襲われるミサキを助けたタクミ。
しかし彼はセンリに影から催眠魔法を受け、魔の森まで誘導されていた。
その後、再びミサキを狙う金沢。ミサキの家の途中まで尾行し、転送魔法で別の場所に飛んだがそこでもタクミに阻止される。あの時、タクミは妙な気配を感じると言ったが、その気配は金沢ではなくエクスのものだったのだ。
エクスはタクミに自分の気配をあえて察知させ、金沢の気配だと思い込ませた。結果、またしてもミサキは助かった。
その後、金沢を始末したのはあの場に居合わせたのは自分と金沢、そしてその頃は何も事情を知らないタクミとミサキの四人。リーダーに気付かれる事がないと判断し、ミサキを狙う不安要素を消すため、金沢を始末した。その他にも、金沢が捕まりタクミ達から正確な目的が聞き出されると、リーダーが今回の様にミサキ抹殺の実行を移しかねないと判断したからだ。
こうしてエクスは他の者達の目を欺き、ミサキを救うため裏で工作を働いていた。
そして今回も彼女はある人物に強い催眠を掛けていた。
ミサキを救うために・・・・・・。
舞台は夜の森林へと戻る。
その場所で名も無き男はエクスに向かって言った。
「エクス、お前は恐らくあの久藍という男に強い催眠を掛けたんじゃないか?」
「タクミ君に・・催眠・・・・あっ!」
男のその言葉にミサキがある事を思い出す。
センナから電話をもらう前、タクミから架かってきた電話。その内容はタクミの中に漠然とミサキが危険だと思った、という内容だった。
「(そうか・・お姉ちゃんがタクミ君に魔法で無意識にそう思わせたんだ)」
ミサキの考えている通り、センナはタクミに魔法を掛け、タクミをミサキの元へと向かわせようとした。だが、ここで一つの誤算が起きた。
それは、リーダーに掛けた魔法が薄れ、そして解除されてしまったのだ。
「お前の魔法は対象を複数指定できる。だが、人数が多ければ多い程に一人に注ぐ魔法の力は薄れていく。そして今回、久藍に力を注ぎ過ぎ俺の催眠が薄れてしまった」
名も無き男の言葉にエクスは顔をしかめる。
男は笑みを浮かべながら話を続ける。
「俺が黒川ミサキを襲う段階まできてしまい、お前は彼女の身を守る為に久藍に最大限に〝催眠〟の個性の力を集中、代わりに俺の催眠が薄れ、そしてお前のして来た事にも感づけた」
名も無き男は〝消滅〟の魔力をその身に宿しながらエクスへと告げる。
「俺が疑問を持った時、俺は自分に魔法を掛けた。俺の個性は〝消滅〟・・・・。その力を使い、この身に漂っていた魔力を完全に消し去った。そしてようやくお前の目的にも気付けたという事だ」
エクスは名も無き男の話を最後まで聞き、すぐに言い返した。
「気付いていたわよ。貴方が私の催眠を解いたことは・・・・だからこそ私はミサキだけではなく、彼をこの場所に呼んでいるのだから」
「そうか・・・・だが残念だったな」
エクスの言葉を聞き、名も無き男はにやりと口元に笑みを浮かべる。
エクスは男の態度に疑問を感じながら、その笑みの真意を尋ねる。
「何がおかしいの?」
「お前がこの場にあの銀の男を誘っていることは想像がつく。今頃奴はレイヤーが率いる魔物達とレイヤー自身にやられているだろう」
エクスとミサキの二人へそう告げる名も無き男。
だが、その時――――
「誰がやられているって?」
背後から声が聞こえて来た。
振り向く名も無き男。そこに居たのは銀色の髪をした少年。
「ミサキ、待たせたな」
足止めをしていたはずの久藍タクミであった。