第三十二話 気まぐれ
七月二十八日――――
夏休みもまだまだ残っている学生達は皆、大勢が家族や友人と遊びに出かけている。しかし、一人で休みを過ごしている生徒の数も少なくはない。
場所はアタラシス学園の図書室、夏休みに指定された日は解放されている場所の一つだ。図書室にはちらほら人が存在する。その中にはCクラス、桜田ヒビキの姿も在った。
「(読み終わった・・)」
手元の本を読み終わり席を立つ。
時刻はもうすぐお昼時、一旦食事でも取ろうと読んでいた本を本棚の中に戻し、図書室を出るヒビキ。
学園の近くにも複数の飲食店があり、その内の一つのファミレスへと入店するヒビキ。図書室の静寂な空気とは正反対で騒がしい空間に内心不快に思う。
店員に席を案内され座り、メニュー表を手に取り何を食べようかと選ぼうとすると・・・・・・。
「アアッ!!テメェのせいで汚れたじゃねえか!!」
「ひぃっ、す、すいません」
耳障りな声がヒビキの耳に入って来た。
声の発信源に視線を向けるとそこにはスキンヘッドの筋肉質な男がひ弱そうな青年に食ってかかっていた。青年は震えながら必死にスキンヘッドの男に謝る。
「す、すいません。わざとではないんです」
「わざとじゃなきゃ許されんのか?オオッ!!」
スキンヘッドが絡んでいる理由は彼の濡れている服にあった。青年がスキンヘッドとぶつかり男の手に持っていたコップの水が服に付いたのだ。しかし、正直あそこまで怒り心頭になるのは大げさといえるだろう。こぼれたといってもほんの僅かな水だ。青年だってちゃんと謝っているのだから許してやればいいものを・・・・・・。
周りの客達もそこまで怒る事かと思いながら非難の目をスキンヘッドに向けていた。
しかし、男の迫力に周りは直接口には出さずに見て見ぬフリだ。
そこへ・・・・・・。
「おい」
「あぁん?」
ヒビキが二人に近づきスキンヘッドの男に言った。
「耳障りだ、揉めるなら外に行け」
男の迫力に冷めた態度を取りながらヒビキはそう言った。
男は一瞬呆けたがすぐにヒビキのセリフにぶち切れる。
「クソガキッ!!もう一遍言ってみろぉッ!!」
ヒビキの胸倉を掴もうとする男だったが、その手は途中で止まった。
よく見ると、今までとは打って変わって男の顔は青ざめていた。
絡まれていた青年や周りの客達は突然静かになった男の様子を不思議そうな顔で見ている。
「はあっ、はあっ・・・・」
男の顔からは大量の汗が流れる。
ヒビキの胸倉を掴もうとした時、彼の生存本能が働き、警告をした。
――これ以上目の前の男に踏み込めば死ぬぞ――
理由は解らないが、目の前の少年は威勢のいいだけの自分などとは次元が違う。
彼の本能がそう知らせるのだ。そして、それは大正解といえるだろう。
「失せろ」
「・・・・・・」
ヒビキがそう言うと男は何も言わず黙ってその場を離れる。
理由は不明だがとりあえず助かった青年はヒビキに礼を言う。
「キ、キミ、ありがとう」
ヒビキは青年の言葉を無視して席へと戻って行った。
彼は再びメニューを開き昼食選びを再開した。
昼食を取り終わった彼は再び学園へと足を運んでいた。
学園までの道のりの途中、彼は足を止めた。彼の視線の先にはあるものがいたからだ。
「にぃー」
「・・・・」
視線の先には一匹の黒い猫が居たのだ。
黒猫はその場に座り込んでぺろぺろと左の後ろ脚を舐めている。毛づくろいかと思ったがそこからは血がにじんでいた。どうやら足を怪我したようで思う様に動けないようだ。
「ふん・・・・」
ヒビキは無視して学園に行こうとする。
黒猫の横を通り過ぎるヒビキ。黒猫は近づいて来たヒビキにまるで助けを求めるように小さな声で鳴いた。
「にぃ、にぃ」
「・・・・・・」
無視するヒビキだったが、黒猫は離れていくヒビキになおも鳴き続ける。
黒猫から少し離れた地点で足を止めるヒビキ。
「ちっ・・・・」
ヒビキは舌打ちをしながら黒猫の元へと引き返した。
ヒビキは学園の図書室ではなく自宅のマンションへと戻っていた。
彼は現在ある事情により親とは離れ、マンションで一人暮らしをしていた。彼は自室で本を読んでおり、彼の隣には先程の黒猫が居た。
黒猫の怪我した足には包帯が巻かれており、治療が施されていた。
「にぃ~」
「うるさいぞ、黙れ」
ヒビキは黒猫にそう言うがすぐに無駄なことだと悟る。猫相手に人間の言葉が通じるわけもないのだ、何を言ってもこいつには通じないだろう。
彼は自分のした行動に改めて思った。
「(どうかしている・・こんな猫を捕まえてどうする・・・・)」
ただ、この黒猫に対してヒビキは一つ興味が惹かれる事があった。どうゆうわけかこの猫からは小さな魔力を感知できるのだ。これが魔物ならばわかるが見たところこの生き物は普通の猫にしか見えない。当の黒猫は部屋の中をうろうろとしている。
「まあいい・・・・おい、怪我が治れば消えろよ。お前の怪我を治療したのは気まぐれだ。ここで飼うつもりはない」
通じないとは分かっていながらも黒猫に話しかけるヒビキ。黒猫は「にぃ」と小さく鳴いた。
舌打ちをしながら本を置いてその場で昼寝でもしようとするヒビキだったが、仰向けとなったヒビキの上に黒猫がトコトコとやって来て丸くなる。
「おい、邪魔だ」
「スゥ・・・・」
「ちっ・・・・」
黒猫はヒビキの上で眠った。
ヒビキはもう一度舌打ちをして、黒猫を放置し眠りについた。
「ん・・・・」
短い眠りから目覚めたヒビキ。
小さなあくびを一つし辺りを見回す、だが、あの黒猫の姿が見当たらない。
「あいつ、別の部屋に行ったのか?」
溜息を吐きながら探そうとするヒビキだったが、それと同時に部屋の扉が開かれた。
そして――――
「あっ、おはようございますご主人様♪」
「・・・・は?」
突然部屋に入って来たツインテールの黒髪の少女。彼女は満面の笑みをヒビキに向ける。
しかし、彼が一番気になったのは彼女の体から生えている物だった。
彼女には・・・・・・猫の耳と尻尾が生えていたのだ。