第三十一話 幸せ
現在タクミが入院している病室に戻ったレンとチユリ。そこでレンは病院内とは分かっていながらも大声を上げていた。
「ええ~~~~~~ッ!私と先生がいない間にゴールインしてるなんてさすがに予想外だよ!!!」
「赤咲さん、大きな声は・・・・でも驚きましたね」
レンとチユリの二人がタクミに病室に戻った後、彼女たちはタクミとミサキの二人を見て怪訝な顔をする。明らかに二人の距離が縮まっているのだ。そこでレンはいつものようにからかうが二人は照れながらもどこか嬉しそうな顔をしているのだ。
どう考えても違和感丸出しだ。そこで何があったかを聞くレン。
二人は顔を見合わせ、そしてタクミが全てを説明した。
そして現在に至る。
「まあ・・とりあえずおめでとう二人共!タクミ君、ミサキの事を大切にねぇ~♪」
レンの言葉に顔を赤くするミサキ。
そこにチユリもタクミとミサキにお祝いの言葉を述べる。
「おめでとうございます二人共・・・・ですがっ!!」
チユリは突然目つきが変わり二人の事を見る。
突然の雰囲気の変化に戸惑いを見せるタクミとミサキ。チユリはそんな二人に忠告をする。
「いいですか二人共、お付き合いする事自体は問題ありませんが、節度をもって健全な交際をする事!!教師として担任として不健全な関係は許しません!!そこはちゃんと守ってくださいね!!」
「「は、はいっ!」」
小柄な体格から放たれる威圧感は体格とは不釣り合いな程大きく、二人も思わず揃って返事を返す。
タクミたちの言葉にチユリは一度頷くといつもの穏やかな彼女に戻っていた。
「では、このお話はここまでにしましょう」
「「「(こ、怖かった・・・・)」」」
病室に居る三人は全く同じことをこの時頭の中で考えていた。
自分たちのクラスの担任の意外な一面を見た瞬間であった。
とある廃墟、そこには傷を癒しているレイヤーの姿が在った。
そんな彼女に近づく一人の男。
「随分派手にやられたなぁ~、大丈夫か?」
「大丈夫に見える?だとしたら眼科行きなさい」
レイヤーは皮肉を込めた言葉を近づいてきた男に吐き捨てるように言った。
彼はレイヤーと同じ黒装束の四人の一人である魔法使い、名は影夜ヌマと呼ばれる男である。
彼はレイヤーの皮肉を気にする事なく彼女に話し続ける。
「エクスから聞いたぜ、確か久藍って奴とやりあったんだろ」
「ふん、それが何よ」
「お前がそこまでやられるとはそこまでの強さだったのか」
レイヤーはその場で立ち上がると、ヌマの質問を無視して場所を移した。自分から離れていくレイヤーの後ろ姿を見ながらヌマは心の中で思う。
「(たくよ~、ツンツンしやがって。それにしてもアイツが後れを取るなんて・・・・かなりの使い手ってことか・・・・)」
爆発の個性を持つ女、河川レイヤー。純粋な強さなら自分以上の強さを誇るがそんな彼女は久藍とかいう男に敗北した。彼女が敗れた程の相手、黒川ミサキを狙えばその男ともやりあう事になるだろう。
真正面から挑めば自分に勝ち目はないだろう・・・・真正面から挑めば・・・・。
「ま、格闘試合でもあるまいし、俺は正面から挑む必要なんてないよな。俺の魔法でうまく不意を突ければ簡単に仕留められるはずだ」
そう言ってヌマは僅かに魔力を解放する。
次の瞬間、ヌマの体は地面の中へと沈んで行った。
日は沈み、外は暗くなり始めた。
タクミは病院のベッドの上で横になっていた。ミサキ達は全員帰り、チユリはこの一件を学院長に報告しておくと言った。一人になりやる事もないためベッドの上で横になっているとタクミの病室に看護婦がやって来た。
「久藍さん、先程お電話が来ました」
「電話?」
「はい、久藍さんのお父様からです」
「・・・・・・父さんはなんて」
「その、久藍さんの容態を聞いてすぐに切られました」
看護婦は困った様にタクミへと告げる。
タクミは大きくため息を吐くと報告しに来てくれた看護婦に謝罪する。
「すいません、とりあえずうちの父親は俺が無時である事を知って満足したんでしょう。気にしなくていいですよ」
「はあ・・・・では、失礼します」
看護婦は病室を出て再び一人になるタクミ。
タクミ自身、期待はしていなかった。自分の妻が死んだ時だって関心をほとんど示さないような男だ。息子が病院送りになったからといって取り乱す事もなく仕事に没頭しているのだろう、ご立派なことだ。
それに・・・・今はもう寂しくない。
『大丈夫だよタクミ君。貴方のお母さんはもういないけど、レンや他の皆が・・・・・・私がいるから、ちゃんと、貴方を見てるから・・・・』
「ふふっ・・」
ミサキの先程の言葉を思い返し嬉しそうに笑うタクミ。
彼女のあの言葉で今の自分の心はこんなにも満たされ、幸せな気分だ。
「早く退院したいな・・」
この夏、もっとミサキと思い出を作りたい・・・・愛しい人ともっと・・・・。
タクミはミサキとこの夏の過ごし方を考えながら眠りについた。
その寝顔はとても幸せそうなものであった。
両親は母が他界し、父は関心を示さず一人であった少年。だが、今の彼には・・・・・・。




