第三十話 私がいるから
病室で重なり合っていた二つの影・・・・それはゆっくりと離れていく。
タクミとミサキの頬は赤く染まり、照れながらも互いに笑みを浮かべる。
「ねえ・・タクミ君」
「何だ・・・・」
「もう一度・・・・」
「ああ・・・・」
再び二人の唇が重なり合った。
先程よりも長く、深く、二人の唇が重なった・・・・・・。
その頃、転送魔法を使い目的地の河原へと辿り着いたチユリとレン。
その戦闘現場を見てレンの口から驚きの言葉が漏れた。
「何これ・・・・どんな戦いを繰り広げたらここまで荒れるの?」
チユリもレンと同様の想いであった。
河原は荒れ果てており、周囲は焼け焦げ、直接目撃していたわけでなくともここで行われた戦いの凄まじさが一目で分かった。
だがすぐに意識を戻し、辺りに人が居ないか捜索を開始した。
結果として二人は誰も見つける事が出来なかった。
万が一気絶してるならばこの現場にタクミの言った女が居るはずである、居ないという事は敵はこの場から逃げたという事が考えられる。だが、ここでチユリは気になる点が浮かび上がる。
「(黒川さんに連絡を入れた人物は久藍君の状態を知っていた。つまりこの場で倒れていた久藍君を発見して黒川さんに連絡・・・・だったら、久藍君の傍で倒れていた敵の女性はどうしたの?久藍君を助けるように黒川さんに促した後、敵の女性も助けた・・・・病院には久藍君以外の人間は運び込まれていない。別の病院に引き渡した?)」
考えても正解と思える答えが浮かび上がらないチユリ。
久藍君を救った人物はどういう立ち位置の人物なのか。
黒川さんと久藍君が接点がある事を知っていた。ボイスチェンジャーを使ったのは何故?自分の性別、声を聴かれると不味い事でもあるのか?では敵となった女性はどうしたか?
「分からない事ばかりですね・・・・」
ある廃墟の中、そこには二人の人間がいた。
一人は黒装束を身に纏い、もう一人はタクミと戦った女性、河川レイヤーであった。
レイヤーは廃墟に付いてから約一時間の間死んでいるかのようにぐったりとしていたが、ようやく目を覚ました。
「うぐ・・・・痛ッ・・はっ!!」
「目が覚めたかしら?」
目が覚めたレイヤーに声を掛けた黒装束は声の質から女性であった。
以前ミサキの家に攻め入るレイヤーの案を反対していた女性だ。
レイヤーは痛む体を無理やり起こして黒装束の女性に質問する。
「何でアジトに戻っているの、何が・・・・説明してくれる・・いっ!?」
全身に走る痛みをこらえながら説明を求めるレイヤー。
質問された女性はおおまかに説明をした。
「貴方が久藍タクミと戦っている現場を偶然目撃したのよ。貴方は彼に敗れ、彼は貴方を拘束しようとしたわ。そこに私が乱入して貴方をアジトまで運んだのよ」
「ちょっと待ってよ。アンタはじゃあ私が必死で戦っていた時に高みの見物を決め込んでいたってわけ?」
「それは違うわ、貴方と彼の戦闘が行われて魔力の高まりを感じ取れたのよ。貴方も知っている様に私はこのE地区内で黒川ミサキを張り込んでいるからね。貴方が本気を出して戦ってる様子が魔力の質から分かったわ。私が駆け付けたとほぼ同時に戦いは終わっていたわ、貴方の敗北で・・・・」
女性の言葉にレイヤーは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「それにしても、どうして彼と戦っていたの?」
「アンタが言ったんじゃない、銀髪の子が邪魔だって・・・・」
「その結果、苦い思いをしたわね」
――ドッカァァァァァァァンッ!!――
黒装束の女性の足元が爆発する。
レイヤーが手をかざして爆破したのだ。
「アンタ、喧嘩売ってるわけ?だったら買ってあげるわよッ!ええッ!?」
自分から仕掛けた勝負に敗れた事で、ただでさえ怒りが溜まっているところに女性の馬鹿にするかの様な言い方に怒りが爆発しそうなレイヤー。
女性は冷めた目を向けて言った。
「今の消耗しきっている貴方に勝ち目があるとは思えないわね。無駄に魔力を使うよりも回復に専念しなさい」
「ははっ、本当に嫌な女よねアンタは・・・・ええっ、摩龍エクスさん」
エクスは彼女の言葉に反応せず、廃墟の奥へと消えて行った。
タクミとミサキは二人並んでベッドの座っていた。
タクミはミサキの肩を掴んで、ミサキはタクミの肩に頭を預けていた。
すると、ミサキがある事に気付きタクミに質問する。
「ねえタクミ君。タクミ君のご両親には連絡は取った?」
「ああ、いいんだ、放っておいても・・・・」
「えっ?」
タクミは遠い目をしながらその理由を説明をした。
自分の家族について・・・・・・。
「俺の母さんは俺が五歳の頃に死んだんだ・・・・重い心臓の病気だった。母さんは命尽きる最後の時まで自分よりも息子の俺の事を想ってくれた」
「・・・・優しいお母さんだったんだね」
「ああ、・・・・でも」
タクミの顔はそこで僅かに怒りが滲みだした。
「父さんは、俺や母さんとはほとんど向き合ってはくれなかった。今だってそうだ」
「・・・・・・」
「仕事の鬼ってやつさ、俺はともかく病気の母さんにもほとんど会いに行かず、母さんが死んだ後も一に仕事、二に仕事、三四仕事だ。連絡するだけ無駄さ」
タクミの顔には怒りの中に微かな悲しみが宿っている事をミサキは感じた。
彼の悲しい姿は見たくない、そう思った彼女は自分がよくされていた事をタクミにする。手を伸ばし、タクミの頭に手を乗せるミサキ。
―――なでなで――
ミサキは優しくタクミの頭を撫でる。
「・・・・ミサキ」
「大丈夫だよタクミ君。貴方のお母さんはもういないけど、レンや他の皆が・・・・・・私がいるから、ちゃんと、貴方を見てるから・・・・」
「・・・・ありがとう」
タクミから一筋の涙が流れ落ちる。
そして――――
「ん・・・・」
「んむ・・・・」
二人は気付けばどちらからともなく、今日三度目のキスをしていた。
今まで胸の内に秘めていた想いが溢れ出しタクミはミサキを、ミサキはタクミを互いに強く求めていた。
二人の心は強く結びつき、そしてそこには強い愛情が生まれていた。