第二十一話 夏休み開始!
時間は流れ、今は夏の真っただ中の七月。そして今日から学生達にとっての最高の日の幕開けとなる。
アタラシス学園では現在、学園講堂に生徒達が集まり学院長アナハイムの言葉を聞いていた。
「・・・・では、これで私の話は終わりにします。それでは皆さん、二学期に元気な姿でまたお会いしましょう」
今行われているのは1学期終了の合図である終業式。そしてそれも終わり明日からは皆が楽しみにしている長期休み、つまり夏休みが始まるのだ。
講堂を出て、全生徒はそれぞれのクラスへと戻った。
そして一年Aクラス内では――――
「よ・う・や・く・夏休みだぁー!!」
レンが嬉しそうな声ではしゃいでおり、周りの生徒達も夏休み突入に盛り上がっていた。
それぞれがこの夏の過ごし方を頭の中で予定し、楽しみにしていた。
期末テストでは赤点を取った落第点者はおらず、補習を受ける生徒もAクラスにはいなかったため担任のチユリも内心でひとまず胸を撫で下ろしていた。
ちなみにレンを始め、複数の者が最低点数が赤点ぎりぎりの者もいたが・・・・・・。
「さてと・・・・さっそくだけど、明日どうする?」
「まだ夏休みに入ってもいないでしょ」
レンの言葉にミサキは呆れながら言った。
「いーじゃん。今日は終業式で午後の授業もないしさぁ~」
「盛り上がるのはいいけど宿題だってちゃんと「こーら」・・ん」
ミサキに向けて人差し指を立てるレン。
彼女はミサキに笑みを向けながら言った。
「せっかくの休みに水を差すようなこと言っちゃだーめ、宿題なんて長い休みの間に暇なときちゃちゃっと片付ければいいんだから」
「中学時代、私に三年連続で泣きついてきたの誰だっけ?宿題が終わらないって言って・・・・」
「大丈夫!私も高校生だよ。さすがにもう泣きついたりしないよ♪」
「・・・・・・・・」
この時、ミサキがレンに向けていた瞳は百パーセントの疑念であった。何しろ、三年連続で泣きつかないと言っているのだから・・・・・・。
そこへタクミも二人の輪に入って来た。
「二人共、今のところこの夏に何か予定はあるのか?」
「ん~、今のところは・・・・あっそうだ」
タクミの質問でレンが何かを思いついたように声を上げた。
「そーいえば最近、近所で出来たプールがあったじゃん」
「ああ・・あったな」
学園の少し歩いた場所に最近、巨大なプール場が建設されたのだ。巨大プールや流れるプール、ウォータースライダーなど多くの種類があり、建設されてからまだ間もないが大勢の人間が訪れていた。
この学園の大勢の生徒達も夏休みの間に一度は行ってみようと考えていた。
「プールかぁ、夏ならではの場所だしいいかもな」
「でしょ」
「(プール・・・・当然水着だよなぁ)」
タクミの頭の中で、可愛らしい水着を着けて遊ぶミサキの姿が思い浮かぶ。が、すぐに顔を赤くしぶんぶんと内心で首を振る。
「(てっ、何を考えてるんだ俺はッ!!)」
「じゃあ決まり。近々そこにみんなでいってみよー!!」
「レン、私まだ行くとは・・・・」
「え、行かないの?」
「う・・それは・・行く・・」
実はミサキもその施設には興味があり行ってみたいと思っていた。ただ、ひとつその前にやる事がある。
「(新しい水着買わないと・・・・明日、〝マジック〟に行ってみよう)」
タクミと一緒に行くという事で水着を新調しようと考えるミサキ。実はバストサイズも去年よりも僅かに大きくなり、どのみち新しい水着は買わなければならなかったので丁度よかった。
ミサキと同様、レンも明日は予定があったのでプールに行くのは二日後となった。
次の日、新しく水着を買うために〝マジック〟へと訪れたミサキ。
レンも一応誘ったのだが用事があるとの事で今回はミサキ一人でやって来た。
しかし・・・・・・。
「レン、用事があるって言っていたけど・・具体的な事は何も言わなかったな」
思えば親友がこの頃、用事があると言う事が多くなった気がするが、具体的な事は何も言わない。
正直、何かを隠しているように思えるのだが・・・・・・。
「まあいいや、今は明日のための水着を選ばないと」
親友に対する疑問はおいて置き、店の中へとミサキは入って行った。
店内は賑わっており、特に若い女性が大勢来ていた。
どうやらミサキと同じく彼女達もこの夏のため、水着を吟味しに来ているようだ。
水着コーナーへと辿り着いたミサキ、そこには大勢の女性で溢れていた。
「わー、大勢来ているな~」
辺りを見ながらミサキも自分自身の水着選びを開始する。
しばらく見て回り、一つの水着が眼に留まった。それはフリルの付いている白い水着。
「これ、可愛くていいかなぁ」
その水着を持って眺めるミサキ。彼女は一度試着してみようと更衣室の方へ足を運ぶ。
更衣室には先客が試着している最中のようで、近くで中が空くのを待つミサキ。
――ガラッ――
数分後、試着室のカーテンが空き人が出て来る。交代で入ろうとするミサキであったが、出て来た人を見て驚く。
「あれ、八神さん?」
「く、黒川さん!?」
試着室から出て来たのはクラスメイトの八神メイであった。
「八神さんも来ていたんだね」
「う、うん・・み、水着を買いに・・」
水着を購入し、近くのベンチに腰を掛ける二人。
余り接点がない者同士、会話も長く続かず二人の間では静寂が訪れる。そして、沈黙を破るようにミサキが気になっているある事を質問する。
「八神さんはその、津田君の事が・・・・好きなの?」
「ふえぇぇぇぇっ!?」
なにやら可愛らしい声を上げ驚きを表すメイ。
メイの反応を見てミサキはある相談をした。
「私、好きな人がいるんだ・・でも、中々勇気が出なくて、今の関係が壊れるんじゃないかと思って・・・・」
「・・黒川さん、その好きな人って・・久藍君?」
コクンと頷くミサキ、そんな彼女を見てメイは理解した。
彼女は自分と同じであると。
想い人がいるが、関係が壊れる事を怖れ一歩を踏み出せずにいる。そんな姿が今の自分と重なった。
「私もだよ・・・・」
気づけばメイはミサキに語っていた。
自分の胸の内を・・・・・・。
「黒川さんみたいに、悩んで、迷っている。でも、それって必要な事だと思うの」
「必要な事?」
「うん、それはつまり必死に考えてちゃんとした答えを出そうとしているんだと思う。中途半端な気持ちでなく、自分が一番だと思う答えを模索し答えを見つけ出す。そのために必要な事」
メイは今までのおどおどした様子とは違い、落ち着いた様子で言った。
彼女の言葉にミサキは思わずこの言葉が出た。
「・・・・すごいなぁ」
「え?」
「八神さん、そんな言葉が出て来るなんて、うじうじしている私とは全然違う・・・・すごいよ」
「・・黒川さんだってすごいよ・・・・」
「え、どうして?」
自分の一体何がすごいのかがミサキには分からなかった。
そんなミサキに答えるよう、メイが言った。
「私と違って、自分の想いを誰かに相談できる事が・・私は胸にため込んでしまって、そんな事できないから」
「・・・・難しいよね」
何が、とはメイは言わなかった。お互い恋をしている者同士、なんとなく分かるのだ。
――恋って難しいよね――
恋は人を好きになるだけではなくむしろその後、自らの恋心をどうしたらいいのかについて悩んでしまう。想いを伝えるべきかそうでないべきか。
ミサキとメイは自分達が今日、巡り合った事に感謝した。
同じ思いに悩む者同士、胸の内にある〝恋〟について語り合い、共感できたのだから・・・・・・。
そんな今の二人の心はどこか軽やかであった。