第十六話 勉強会2
タクミ達が勉強会を開き、ミサキの部屋で勉強をしていた頃、黒川家の玄関の扉が開いた。
「ただいまぁ~」
ミサキの妹のユウコが帰ってきたのだ。
玄関で靴を脱ごうとするユウコだったが、玄関に置いてある靴の数が多い事に気づく。
「あれ、お客さん?」
居間の方へと足を運ぶユウコ。
居間には母親のモエがソファーに座っていた。
「ただいま。ねえお母さん、誰かお客さん来てるの?」
「おかえりなさいユウコ。今、ミサキのお友達が来て勉強会を開いているのよ」
「へ~お姉の友達」
この時、ユウコは僅かにその友達に興味を示した。
靴は二人分多く置いてあった。
一人は恐らく自分も知っているレンであろうが、もう一人は誰なのだろう。
「お客さん、今はお姉の部屋?ちょっと見てみようかな」
「だめよユウコ。みんな真面目に勉強しているんだから」
「・・・・はーい」
素直に返事をしたユウコであったが、隙あらば見てみようと考えていた。
すると、二階の階段から下へと降りて来る足音が聞こえてきて、居間の扉が開く。
「あ、ユウコ。帰ってたの」
やって来たのはミサキ。休憩のため、飲み物を取りに来たのだ。
ユウコがミサキに今来ている人物の事を聞こうとする。
「ねえお姉、友達来てるらしいじゃん。一人はレンさんでしょたぶん。もう一人って誰?」
「別に誰でもいいでしょ」
冷蔵庫を開け、そこからオレンジジュースを取り出し、ガラスのコップへと注ぐミサキ。
「もしかして彼氏とか?」
冗談のつもりでそう言ったユウコ。
だが、ミサキはその言葉に大きく動揺した。
「か、べべ、別にそういう関係じゃないよ!?」
「お姉・・・・ジュースこぼれてる」
「へ、ああっ!」
「あらあら」
慌てて布巾でこぼれたジュースを拭きとるミサキ。
ユウコはそんな姉の姿を見て思った。
「(来てるのは男か・・どんな人かな)」
姉の動揺している姿を見た事でますます興味が惹かれるユウコ。
「(あとでこっそり見にいこ~っと)」
こぼれたジュースを拭き、二人が待つ部屋へと戻るミサキ。
部屋に戻るとレンが笑顔で出迎えてくれた。
「おかえり~、さっ、ジュースジュース♪」
・・・・どうやらあの笑顔は自分ではなく飲み物に対してのものだったようだ。
ため息を吐きながら机の上にコップを置くミサキ。その時、タクミの表情が微かに変化がある事に気づいた。
何かを思い悩んでいるような、そんな感じがするのだ。
「・・・・タクミ君?」
「あ、悪い。少しぼーっとしていた」
ミサキが声を掛けると、タクミは元の落ち着いた表情に戻っていた。
「・・・・・・」
そんなタクミの様子をレンが黙って見ていた。
小休憩のその後、三人は再び勉強を再開した。
ミサキはタクミが数学で疑問に思う箇所や解らない箇所の説明をし、レンにはタクミとミサキの二人で教えていた。
タクミは数学以外の教科はそれなりに出来る為、レンに解らない箇所の説明も行う事が出来た。
そしてしばらく時間が経過すると、ジュースを飲み水分補給をしたため尿意を催すタクミ。
「ミサキ悪い、トイレ借りてもいいか?」
「あ、うん。部屋を出て右側の通路にあるよ」
「すまない」
そう言って一旦部屋を出るタクミ。
トイレで用を足し終わったタクミ。
ミサキの部屋へと戻ろうとすると――――
「あっ・・・・」
「ん・・・・?」
ミサキの部屋の隣の部屋の扉が開き、そこからユウコが出て来た。
「キミは、ミサキの妹さんか?」
「はい、黒川ユウコと言います」
「ミサキの友人の久藍タクミだ。お邪魔している」
初対面の者同士、挨拶を交わす二人。
ユウコはまじまじとタクミの事を見る。
「(くわ~、イケメン!お姉もやるなー)」
「・・・・どうかしたかな?」
自分の事をなにやら注視している様に思ったタクミが疑問を投げかける。
タクミに声を掛けられはっとするユウコ。
「あっ、すいません!」
「?、じゃあ俺はミサキの部屋に戻るよ。勉強の途中だからな」
そう言ってタクミはミサキの部屋へと戻って行った。
「お姉、案外あの人と言い感じなのかな?」
そんな事を考えながらユウコは下の階へと降りて行った。
タクミが部屋に戻った後も勉強を続け、時刻は夕方の五時半あたりまで経過した。
窓の外から差し込む光も暗くなり始めたため、そろそろ終了する事にする三人。
「もういい時間だし、あとは自分の家で各自する事にするか」
「そーだね。ミサキの家に泊まるわけにもいかないし」
帰り支度をするタクミとレン。
荷物を全て持ち運び、下の玄関まで歩いて行く三人。
「あらミサキ、勉強会は終わりかしら」
「うん、もう時間も時間だし」
居間からモエが玄関にやって来て、ミサキと一緒に二人の見送りをする。
「じゃあねミサキ」
「お邪魔しました」
それぞれ別れの言葉を口にする二人。
こうして、黒川家での勉強会はお開きとなった。
ミサキの家から出てタクミとレンはしばらくの間、二人で並んで歩いていた。
その間、二人は一言も言葉を交わさなかった。
「じゃあタクミ君、私の家こっち方向だからここで・・・・」
「ああ、じゃあな・・・・」
二人は必要最低限の言葉を交わすとそのまま別れた。
一人となったタクミ。彼は足を進めながらある事を思い返していた。
ミサキが飲み物を取りに部屋を出た時のことである。
『あのさタクミ君・・・・あなたは、ミサキの事をどう思っている?』
『え・・どうって』
『別に難しく考えなくてもいいって。頭の中でぱっと浮かんだ想いを教えてほしいの』
普段とは別人の様に真面目な顔をするレン。
いつもの様なおふざけではない事が強く伝わってくる。
『俺は、正直な気持ち・・・・分からない』
『分からない?』
『あいつの事は友達とはもちろん思っている。でも、それ以上に少しなにか、他の者とは違う感情が僅かにあるんだ・・・・でも、それが何かよく分かっていないんだ』
『そう・・なんだ』
そう言うと、彼女はそれ以上はなにも言わなかった。
そのやりとりのすぐ後、ミサキが戻って来た。
ミサキが帰って来た後のレンの様子はいつもの様に戻っていた。まるで、先程までのやり取りなどなかった様に。
「・・・・レン、どうしてあんな事を聞いてきたんだ」
この場に存在しない彼女へ向けて、タクミは静かに呟いた。
日はもうほとんんど沈みかけ、辺りは暗くなり始めていた。
それから二日後、いよいよ中間テストが行われた。
自分の勉強の成果を発揮しようと生徒達は高得点を目指し取り組む。
そしてすべてのテストが終わり――――
「終わったね~テスト」
レンがほっとした顔でミサキとタクミに言った。
ミサキは少し不安そうな顔でレンにテストの手ごたえを聞いた。
「レン、どうだった?」
「なんとか赤点は回避できそうだよ。タクミ君は?」
「俺も大丈夫そうだ」
「そう、よかった」
二人の言葉にほっとするミサキであった。
ちなみに、ミサキは全教科のテスト、全て終了十分前に余裕で終わらせていた。
「勉強会していてよかったね」
笑顔を浮かべながらそう言うレン。
タクミはそんな彼女を見ながらあの日の質問の事を思い返していた。
『あのさタクミ君・・・・あなたは、ミサキの事をどう思っている?』
自分はあの日、レンの質問に対して分からないと答えた。だが、ほんとに分からなかったのだろうか?
もしかしたら、ほんとは答えが出ていたのではないだろうか?
そんな事を考えながら、タクミは一瞬そっとミサキに視線を向けた。