第十話 白猫
アタラシス学園の昼下がり、授業が終わり、生徒達は昼休憩に入っている。そして、学園の空き教室の一つに複数の生徒達が集まっていた。その場に居る生徒達は皆、腕に風紀委員の証である腕章をしている。
「では、これより風紀委員会の定例会議を始めます」
風紀委員会会長、三年生の天羽ネネが会議の開始を宣言した。
学園には未使用の空き教室が複数あり、風紀委員会はその内の一つを使用させてもらっている。彼らは週に1度、昼休みや放課後に集まり、学園の秩序を保つ為の会議を開いている。
その中には金森シグレの姿も確認できた。
会議は進んでいき、最後にネネから学園外部についてのある出来事が話された。
「実はここ最近、私たちが居るE地区で不審者の目撃情報が多発しているそうです。時折、この学園の周辺でも目撃情報があります。ですので皆さん、自身のクラスや他の生徒達に注意を促しておいてください。私もこの件は教師陣の方々に説明しておきます」
ネネの言葉に皆が頷いた。その中で、シグレは何かを決意した目をしていた。
「・・・・・・・・」
そんなシグレにネネはそっと視線を送っていた。
会議が終わり自分のクラスへと帰るシグレ。すると途中でネネに声を掛けられて立ち止まる。
「神保さん、少しいいですか?」
「何です?」
呼び止められた事に疑問を持つシグレ。すると、ネネが言った。
「私が最後に言った件についてだけど、一人でまた対処しようとしないように・・ね」
「・・・・外部から発生する害虫駆除をするのに貴方の許可が必要だと?」
「・・・・一人で先走ってはダメと言いたいの。前回の校門付近での事件もそうよ」
「・・・・了解です」
そう言って立ち去るシグレ。しかしその顔は納得しているとは思えない様な顔をしていた。
「大丈夫かしら・・・・」
その場には不安そうな顔をしたネネだけが残された。
ネネの予感は的中していた・・・・・・翌日の土曜日。学生は部活などに所属していなければ基本は休日のこの日、シグレは学園付近の街の不審者の捜索に費やしていた。貴重な休日を使ってこのような事をしているシグレ、その胸には学園生活の不安分子を片付けるという使命のようなものが宿っていた。
しかし、その使命が僅かに歪んでいるという事は彼女自身、気づいていなかった。
「午前中では収穫はなしか・・・・」
彼女は現在喫茶店に入り、休憩のついでに軽い昼食を取っていた。結局のところ不審者の姿はおろか、有力な情報すら手に入れる事が出来なかった。
「まあ、もし見つけられたら程度には考えてはいたが」
どこにいるか分からない以上、ピンポイント見つけ、遭遇するという事はありえない。シグレはそれを承知の上で捜索している。
「もう少し位見回って打ち切るか」
昼食も食べ終わり、休憩も取ったシグレは席を立ち、その場を後にする。
その後も見回ってはみたものの、結局収穫はなし。彼女もそろそろ帰ろうと考えていた時、彼女の視界に妙な恰好をした者が入った。
「(何だ・・・・猫?)」
自分の進路方向の前方で白猫を連想させる様な恰好をした人物が映った。全身が白一色の服装で、猫耳の生えているフードを被り、尻尾も生えている。
「(何か探しているのか?)」
その白猫はなにやら地面を見ながらウロウロしている。
「どうかしたのか?」
思い切って声を掛けるシグレ。すると白猫は反応しシグレの方に顔を向ける。
白猫は服と同じ白い髪の少年だった。幼さを感じ、シグレよりも背丈が僅かに低い。
「なにやらうろうろとしていたからな、もう一度聞くがどうかしたのか?何か探しているように見えるが」
「ん、探し物」
白猫はコクンと頷く。
「何を落としたのだ?」
「・・・・家の鍵」
シグレは「そうか」と言うと、白猫の少年に言った。
「私も手伝おう、この辺りで落としたのか?」
「ん、そう。いいの?手伝ってくれて」
「ああ、構わんさ」
そう言うと彼女は白猫の少年と共に辺り周辺を捜索し始めた。
それから僅か数分後、彼の探し物はすぐに見つかった。ネコのキーホルダーが付いている可愛らしい鍵だった。
「(猫好きなのか・・)」
服装からしてそう判断するシグレ。白猫の少年はシグレに頭をぺこりと下げた。
「ありがとう・・・・」
「なに、構わないさ。これからは落とさないよう気を付けろよ」
探し物も見つかり、その場を立ち去ろうとするシグレ。
その時――――――二人の周辺が結界で覆われた。
「何だ!?」
突然の出来事に驚くシグレ。そこに不気味な笑い声を上げながら一人の男が近づいてきた。
「ふふふ・・・・久々だね、シ・グ・レ♡」
「貴様はッ!?」
その男はシグレに見覚えがある男だった。
「貴様は・・・・以前のストーカーか・・・・」
「もうっ、ストーカーじゃないよ!酷い紹介だな!!」
男のその言葉にシグレが吐き捨てるように言った。
「黙れ、それ以外に貴様の存在をどう言えというのだ」
シグレのその言葉に男はにやにやと下衆な笑みを浮かべる。
「いいねぇ~、その強気な態度。何も変わってないようで安心したよ」
男のその発言、その笑みにシグレは内心吐き気を催す程の嫌悪感を抱く。
「誰、お友達?」
そんな中、白猫がずれた質問をシグレにする。それにシグレが思わず呆れ顔で聞き返す。
「友達か・・キミにはそう見えるのか?」
「ん~~~?」
こくんと首を傾げて小さく唸る白猫。そんな彼を見てシグレは目の前の男について説明をする。
「奴は念斗エキという男だ。かつて私や他の女性に付きまとっていたストーカーだ」
ストーカじゃないと言っている念斗を無視し、シグレが続ける。
「私が中学時代、私を始め複数の女性に付きまとい多大な迷惑を掛けた屑だ。私が粛清して警察へと突き出した筈なんだがな・・」
「ふ~~ん」
白猫はどうでもいいように答えた。
「(ちゃんと聞いているのか?)」
白猫の反応に思わずそう思うシグレ。すると念斗が笑いながらシグレに言う。
「いや~、キミのお蔭で魔法刑務所に入れられるし、キミにいたぶられたお蔭で一生ものの傷を体にいくつも付けられたし・・・・ずっとキミに対する恨みを抱えながら生きてきたよ」
そう言いながら念斗は服を捲る。服の下の肉体にはいくつもの傷跡が刻まれてた。しかし、シグレはそんな体を見ても鼻で笑いながら言い放つ。
「ふん、そんな体になったのは貴様が愚かな行いを働いたからだろう。逆恨みもいいところだな」
念斗は目つきを鋭くしシグレを睨み付ける。
「キミに復讐する為、学園周辺をうろついてキミが動くのをずっと待っていたんだよ・・・・前回の時もキミは率先して僕を探していたからね。案の定、正義だの規律だのを気にして出てきてくれた」
念斗の考えにシグレが眉をピクっと動かした。
どうやらこの男の狙いは自分だったという訳だ。
「まったく、こんなゴミの様な男をこんなにも早く出所させるとは、一生牢獄に入れておけばいいものを・・」
シグレの強気なもの言いに念斗は大声で笑い声を上げる。
「ははははっ、その気丈な態度を崩してヒイヒイ鳴かせてやるよ!!」
念斗から魔力が溢れ始める。しかも、感じる魔力の質からシグレが少し驚きを表した。
「この魔力、貴様個性を・・・・」
「その通りだ、これが俺が新たに身に着けた個性の力」
念斗の体からは魔力と共に何やら液体が滲みだしてきた。その液体は水の様なさらさらとしたものではなく、すこし粘着性を感じさせる様なドロドロとしたものだった。
「み、醜い」
念斗のその姿に顔をしかめながらシグレが言った。
「・・・・キモ」
白猫もボソっと呟いた。
「くふふ、これが俺の個性〝粘液〟だ!!」
「ふん、醜い貴様にはお似合いな力かもな」
「余裕でいられるのも最初だけだ!喰らえ!!」
念斗の体から粘液の弾幕が展開される。シグレは魔法、換装を使い自らの愛用している刀を展開する。
「キミは下がっていろ!」
白猫にそう言うと彼女は弾幕を躱しながら突撃した。
「鈍い弾幕だな!これで私を仕留めるつもりか!!」
飛んでくる弾幕を躱し、刀を振るい放つ斬撃で切り捨て、徐々に接近するシグレ。しかし念斗は焦りもせず次の手を打ってくる。
「これならどうする。いでよ、≪粘液人≫!!」
念斗の体から大量の粘液が排出され、その粘液が人の形へと変容する。
「ふん!そんな木偶人形など!!」
シグレは刀に魔力を集中し目の前の異形へと切りかかる。
「七連斬ッ!!」
シグレの高速で振るわれる刀による7連続の斬撃技。粘液怪人は一瞬の内にバラバラに切り裂かれ、切り刻まれた破片が地面へと散らばる。
「次は貴様がこうなる番だッ!!」
続けて念斗へ切り込もうとするシグレ。しかし、次の瞬間――――
――ヌメェ――
「な、何だ!?」
シグレの刀に切り刻まれ、地面に散らばった粘液の破片が飛びつき、絡みついてきたのだ。張り付いてきた粘液には自分の意思があるようにシグレの体を侵食していく。
「ぐ・・あぁっ・・!?」
全身が粘液に包まれるシグレ。口も塞がれ呼吸が出来なくなる。しかもそれだけではなかった。
「(これは、魔力が吸収されている!?)」
自分の魔力がどんどん低下していく事に気づくシグレ。どんどん抵抗が弱まっていく。
念斗はそんなシグレを見て高笑いを上げる。
「ハハハハハハっ、ざまあみろ!!このまま身動きが取れなくなるまで吸収してやる。そして・・・・」
念斗が舌なめずりをしながら下衆な目でシグレを見る。
「その後はた~っぷりと可愛がってやるよ。性格はアレでも、体や顔立ちは最高級だからな~~」
「(く・・い、意識が・・薄れて)」
絶体絶命に陥るシグレ。だが、その時だった。
――ボシュゥゥゥッ――
シグレの体に纏わり付いていた粘液が音を立てて消滅した。それだけではなく、辺り一帯の粘液もきれいさっぱり消えているのだ。
「なんだとッ!?」
驚きを表す念斗。すると自分に声を掛けてくる人物がいた。
「そこまでにしたら」
そこには自分に向かって手をかざしている一人の白猫が居た。