第七話 迫る闇
辺り一面が闇に包まれた夜の世界。しかし、そんな時間にアタラシス学園から少し離れた森には二人の人間がおり、なにやら会話をしていた。
「・・・・しくじったようね。黒川ミサキの始末に」
全身が黒装束に包まれ、顔もフードで隠れてはいるが、声の質から女性と思われる存在がもう一人の人間に言った。
「く・・、あの転校生が乱入しなければ・・・・」
「言い訳なんて男らしくないわね」
「ぐぅ!」
唸り声を上げたのはアタラシス学園の教師――――金沢コンゴウだった。
悔しそうな顔をしている金沢に女は続けて言った。
「今度失敗したら・・・・分かるわね?」
――ゾクゥッッ!!――
女性から放たれる冷たい魔力に、金沢の心臓が早鐘を打つ。自分とは比較にならない程の強烈で強大な魔力に金沢の背中には冷や汗まで流れ始めた。
「だ、だ、大丈夫だ!つ、次は確実に・・・・!!」
一学園の教師とは思えないほど、今の金沢の姿はみっともないものだった。女はそんな金沢に呆れた目を向けながら言った。
「そう・・・・オネガイネ」
「ッ!!!???」
言葉が口からうまく出せず、ただ頷く金沢。女はそのまま森から姿を消した。
「くッ・・・・はぁはぁ・・」
女が居なくなった事で緊張の糸が途切れた金沢はその場で膝を地面に着いた。
「くそ!・・・・あの女・・今に見てろ!!」
先程まで自分を威圧していた女に怒りを向けながら、金沢は吐き捨てるように叫んだ。金沢の言葉は森の中へと消えていった。
その翌日、タクミはいつものようにミサキ、レンの3人と登校していた。しかし、タクミは内心では警戒をしながらの登校だった。ミサキが狙われている可能性がある以上、ただいつものように過ごすわけにもいかなかった。
しかし、タクミの若干の違和感をミサキは敏感に察知した。
「タクミ君、どうかしの?なんだか少しいつもと様子が違うような・・・・」
「え・・、いや、気のせいだろ」
「・・・・そう」
タクミの様子が何か変な事を察っするミサキ。そんなミサキをやはりからかうレン。そして赤くなるミサキ。
この日常を壊されてたまるか。その想いをタクミは胸に改めて強く刻んだ。
学園の屋上。そこからタクミ達を見下ろす存在が在った。
「・・・・・・・」
金沢コンゴウだ。彼は眼下に映るミサキの姿を見ながら呟いた。
「襲うとしたら・・・・学園を出た後にした方がいいな」
そう呟いた金沢の目は教師が生徒に向けていい目ではなかった。
学園の一日が終わり、帰宅しようと帰り支度をするミサキ。ちなみにレンは真っ先に家へと帰った。なにやら用事があるようで、さっさと挨拶した後すぐに自宅へと直帰した。いったい何の用事だろうと思いながらも今日はタクミとミサキの二人で下校する事にした。
「じゃあタクミ君、また明日」
「・・・・ああ」
それぞれの帰えるべき方角は途中から別れている為、最後まで一緒の道筋というわけではない。
タクミとも別れ、今はミサキ一人となっていた。
家までの残りの道のりも短くなり、自宅が視界の中に入るまで家へと近づくミサキ。しかし――――
「おい」
「へ?」
突然の背後からの声に振り返るミサキ。するとそこには・・・・
「・・・・金沢先生?どうしてここに・・」
声を掛けてきた人物は学園の教師である金沢コンゴウだった。
何故こんな所にと思うミサキ。すると金沢はミサキに近づき言った。
「・・・・実はお前に用があってな」
「・・?なにか御用でしょうか?」
ミサキがそう返した時、突如ミサキの足元に魔法陣が現れる。
「なっ!これは!?」
「一緒に来てもらうぞ!!」
そしてその場には誰もいなくなった。
ミサキが目を開けると、ミサキと金沢は森の中に二人で居た。
「ここは・・・・魔の森?」
「いや違う。そこよりも更に離れている森林の中だ」
金沢の言葉にミサキが疑問の声を上げた。
「せ、先生!いったい何を・・・・」
「ここなら学園からも離れているし、見られる心配はない」
ミサキの中に得体の知れない不安感が募る。そして、そこにアナハイムの言葉が脳内で再生された。
『黒川さん・・・・今回の1件、私はあなたを狙った可能性があると思うのです』
ミサキの中の警戒信号が音を立てて鳴り響く。自分を狙う襲撃者。それが今目の前に居る人物に間違いない。
ミサキはすぐに指輪に魔力を流し込む。しかし、どういう訳か転送の力は発動しなかった。
「ど、どうして!?」
指輪の力が使用出来ない事に焦るミサキ。そんなミサキに金沢が説明をした。
「無駄だ。この森にはあらかじめ特殊な結界を張ってある。外からの介入は可能だが、俺達の様に中から外への特殊な移動は不可能だ。お前の指に着けている物には見覚えがあるからな」
金沢はミサキの指に着けてある指輪を見ながら言った。
「お前の担任の花木は俺と同じ個性の使い手・・・・その特殊な指輪を造りだしているところも見たことがある。万が一の為対策用の結界を造っておいてよかったよ。まあ本人は対抗策が用意されている事は知らないと思うがな」
ミサキは後ろへ下がりながら金沢に理由を問う。
「先生、どうして・・何が狙い何ですか!」
「何も知らなくていい・・・・お前はおとなしく死んでろ!!!」
金沢がミサキへと迫っていく。金沢の拳がミサキに当たる直前――――
――バシィッッ!!!!――
何者かがミサキに迫る金沢の拳を受け止めた。
「何ィ!?」
突然現れ、自分の拳を受け止めた第三者の介入に驚く金沢。しかし、ミサキは金沢の様に驚きはしなかった。
以前にも同じ経験をしているからだ。
窮地に立たされる自分。そんな時、まるでヒーローの様に助けに来てくれた銀色の少年。ミサキの瞳は安心感から潤んで一筋の涙が零れ落ちた。
「タクミ君ッッッ!!!!」
「ああッ!!!!」
そこには銀色の友人、久藍タクミがミサキを守る様に金沢に対峙していた。
「久藍、貴様!?」
「よお・・金沢先生」
突然現れたタクミの存在に驚きの声を上げる金沢。
「馬鹿な!どうやってここに!?」
「ミサキと歩いている最中妙な気配をずっと感じていたからな。別れた後、こっそりと後についていったんだよ。そしたらアンタがミサキに迫っている現場を捉える事ができた」
「違う!俺が聞いているのはこの場所にどうやって現れたかについてだ!!」
金沢の言葉にタクミは口元に笑みを浮かべながらポケットからあるモノを取り出した。それはミサキの持っている物と同じ銀色の指輪だった。
「それは・・・・」
「そう、転送の指輪だ。花木先生にもう一つ用意してもらっていたんだよ」
「ちっ、あの女!」
忌々しそうに舌打ちをする金沢。自分達が転移する際、タクミも魔力を捉え、こちらに転移して来たという事だろう。
「だが、この結界内ではそれを使って逃げる事はできんぞッ!!」
「逃げる?」
金沢の言葉にタクミが眉をひそめて言った。
「そんな必要はないだろ・・・・ここでアンタを仕留めるつもりなんだから」
「笑わ・・・・・・」
――ドゴォッッッ――
金沢は最後までセリフを言いきる事が出来なかった。その前に強制的に黙らせられたからだ。
「お・・・・ぐ・・・・?」
金沢の腹にはタクミの拳が深々と沈んでいた。
「あ・・がぐぅっ・・・・」
「お前に・・・・教師の資格はない」
タクミの声はとても冷たいものだった。
「守り、育む生徒を襲う奴に教師の名を語る資格なんてあるものかよ」
「ぐっ、舐めるなぁ!!!!」
肉体に膨大な魔力を宿し、攻撃を繰り出す金沢。だが、タクミはその攻撃を全て受け止める。
「おりゃぁぁぁぁぁぁッッ!!」
――ドムゥゥゥゥゥッッッ!!!!!!――
「あぼぉ!!!???」
遥か後ろへと吹き飛ばされる金沢。口からは殴られたダメージが大きすぎる余り、吐瀉物や血を吐き出していた。
「ぐ、ぐぞ~ッ!!」
「ミサキを狙っている理由はとりあえずふん縛ってからゆっくりと聞かせてもらう」
金沢にゆっくりと歩みながら近づくタクミ。しかし、不意に足を止める。
「タ、タクミ君?」
突然歩を止めた事に疑問を感じるミサキ。すると、タクミがミサキに向かって言った。
「ミサキ、離れていろ・・・・コイツから感じる魔力が何か、変なモノに変わっている」
「え、どういう・・・・ッ!?」
言葉の途中でミサキの表情が驚きに染まった。突然、金沢から感じる魔力がタクミの言う様に変化したのだ。しかもその魔力は・・・・・・
「これって・・・・魔物に似ている?」
人間と魔物はそれぞれ魔力を持っている。だが、その質は違うのだ。人間から感じ取れる魔力は魔物から感じ取れる魔力とは同一のものではない。だが今、金沢から放たれている魔力はどう考えても魔物のそれなのだ。
「アンタ・・・・いったい?」
「できればコレは使いたくはなかったが、仕方がないッ!!」
そして、魔力だけではなく、その容姿までもが変容していく。
金沢の体は獣の様な体毛に覆われ、猛獣の様な牙が口からはみ出て、尻尾まで生え始めた。
「なんだ・・・・これは・・・・」
「ひっ・・・・」
タクミからは静かに驚きの声が出て、ミサキの口からは小さな悲鳴が漏れた。
その姿はさながら魔物、人型をした魔物であった。
そして金沢、否、魔物が口を開いた。
「転送魔法、≪魔物肉体転移≫自らの体内に魔物を宿し、魔物の魔力、そして獣の戦闘力を上乗せする魔法だ」
そして、金沢は大量の魔力を放出してタクミへと叫んだ。
「いくぞッ!殺してやるぞ久藍ッ!!」
そして、タクミ達から少し離れた場所。森に生えている巨樹の一本の頂点に立ち、その様子を黒装束の女が観察していた。
「さて・・・・どうなるかしら」
女の瞳には金沢に対峙する少年、久藍タクミを映していた。