第六話 亡き姉
「ミサキ、起きなさい」
いつも朝の弱い私を優しく起こしてくれた。
「テスト満点だったんだって、頑張ったわね」
優しく私をよく褒めてくれた。
私の憧れであり、目標にしていた人。頭もよく、魔法使いとしても一流。そして、とても優しかった・・・・・・・・でも・・・・あの人はもういない。
もう一度会いたいよ・・・・お姉ちゃん。
「はっ・・・・・・」
目を開けるミサキ。その瞳にはわずかな涙が零れていた。
「夢か・・・・・・」
上半身を起こし、目元に残っている涙を拭くミサキ。
黒川家は現在4人家族だ。だが、2年前までは5人家族だったのだ。今は亡き姉が居た頃は・・・・
学校へと足を運ぶミサキ。しかし、朝に見た夢が頭から離れず少し足が重く感じる。時々見る姉の夢、その日の朝の気分はいつも少し重い。
「みさき~、おっはーっ」
そんなミサキとは裏腹に元気よく挨拶するレン。
「あ・・おはよう」
若干いつもより声の張りが小さいミサキにレンが少し心配そうな顔をした。
「どうしたの?なんか元気なくない」
「ううん、そんなことないよ」
親友を心配させまいと笑って返すミサキ。そんなミサキを見てレンはそれ以上の追及はしなかった。彼女には大よその理由が解かったからだ。
「(またお姉さんの夢かな?)」
ミサキの姉が死んだ事はレンも知っている。そして、その姉の夢を時々見るようになったことも。
「(その度にこんな顔するからなぁ~)」
どこか気まずさを感じるレン。そこに――――
「よお、二人共おはよう」
ミサキ達に近づき挨拶をするタクミ。彼が来たことで場の空気が少し和らぎ安心するレン。
「タクミ君・・・・おはよう」
「・・・・・・」
どこか元気のないミサキの様子に、タクミはレンの傍により小声でどうしたのかを聞く。
「なんかあったのか?」
「ん~、どう言えばいいのかな・・・・後で話すよ・・」
さすがにミサキの前では堂々と言えず、後で事情を話す事を約束するレン。タクミもとりあえず納得し、それ以上の追及はしなかった。
学園に着き、クラスに入る3人。そしてレンはミサキには聞かれないよう、タクミにこっそりと事情を説明した。
「あいつに姉さんがいたのか。・・・・知らなかった」
「まあ、ミサキも亡くなったお姉さんの話は自分から語りたくはないでしょ」
それはそうだ。死んだ肉親の話を自分から話題には普通は持ってこない。
「ミサキが中3の頃、この学園で事故にあって・・・・」
「この学園の生徒だったのか」
「うん、いいお姉さんだったよ。優しかったし・・・・」
そう言ってミサキに視線を移動するレン。ミサキは机に頬付きをして窓の外の景色を眺めていた。その瞳からは何を考えているかはレンには分からなかった。
すると教室の扉が開き、チユリがやって来た。担任が来たことで各自、それぞれの席へと着席する生徒達。
「では、朝のホームルームを始めます。その前に、黒川さん、赤咲さん、久藍君の3人はお昼休みに学院長室へと来てください」
「・・・・・・?」
「(もしかして・・・・)」
「(魔の森での事についてか)」
突然の指名にミサキとタクミの二人はその理由を察した。・・・・レンは分かっていないような顔をているが。
「突然の呼び出し、申し訳ありません」
昼休みとなり、3人は学園長室へと集合していた。一緒には担任のチユリもいる。
アナハイムは軽い謝罪の後、本題に入った。
「皆さんをお呼びしたのは以前の森での1件についてです。あの後調査の結果、あの森には魔物は現在住み着いていないことが判りました」
「えっ、でも・・・・」
「はい、現実には魔物が現れました。それは間違いありません」
ミサキの声を遮るように、アナハイムが答える。
「黒川さん・・・・今回の1件、私はあなたを狙った可能性があると思うのです」
「なっ、なんでミサキがっ!?」
ミサキではなくレンが強く反応する。親友の身が危険となれば当然の反応ではあるが。
「突如として現れた魔物の存在。黒川さん以外の生徒は誰一人として魔物を目撃していない。久藍君は別とし、黒川さん以外が魔物と遭遇していないのです。まるで・・・・黒川さんを狙いピンポイントで魔物を送りこんだかのように・・・・もちろん、これはまだ可能性の話ですが・・・・」
「そ、そんな・・」
アナハイムの憶測の話を聞き、ミサキの顔に不安がともる。
すると、チユリがミサキに近づきなにかを手渡す。
「黒川さん、これを」
「これは・・指輪ですか?」
チユリが渡したのは銀色の指輪だった。よく見ると指輪には何か小さな魔法陣のような模様が刻まれている。
「それは転送の指輪と言って私の作りだした魔道具です。それにあなたの魔力を込めると、私の個性、転送の力の一部を使うことができます。いざという時は、それを使い避難できます」
「!・・ありがとうございます!」
身を守る為の道具を用意してくれたことに感謝するミサキ。
「・・・・・・・・」
その隣では、タクミがなにやら思索的な顔をしていた。
話が終わり、学院長室から退出をしたタクミ達。そして、二人きりになったところでチユリがアナハイムに言った。
「よかったんですか学院長?・・・・
金沢先生が犯人の可能性があることを伏せて・・・・」
「まだ可能性の話です。それに、黒川さん本人が知ったら学園生活も満足に送れないでしょう・・・・ですから――――」
扉の方を見てアナハイムが言う。
「彼女の代わりにあなたが警戒してくれませんか?」
「え・・・・?」
突然扉に向かいそう言うアナハイムにチユリが疑問の声を上げると、扉が開きタクミが入って来た。
「久藍君・・・・」
「ばれていたか・・・・魔力は消していたんだけどな」
ばつの悪そうな顔をして頭を掻くタクミ。
そんなタクミにアナハイムがお願いをする。
「久藍君、話を聞いていたならお願いがあります。彼女のことを出来る限り見守ってあげてくれませんか?」
「何を言っているんですか学院長!?彼は黒川さんと同じ学生ですよ!!」
チユリはアナハイムの言葉に異議を唱える。それは当然だろう。命の危険が伴う事を守るべき生徒に託しているのだ。
しかし、アナハイムは落ち着いて答える。
「もちろん、完全なボディーガードをしてくれとは言っていません。唯、それとなく彼女を見守る程度には気にしてほしいという事です」
「しかし・・・・」
「いいですよ」
チユリの言葉を遮りタクミがはっきりとした声で了承した。
「友人が狙われてると知って黙ってられるほどおとなしくないんで」
タクミの顔を見て、何を言っても無駄だと悟ったのかチユリはそれ以上は引き留める気にはならなかった。
しかし、担任として最低限の忠告はしておいた。
「でも久藍君、何かあればすぐ私を頼ってくださいね。私はあなたの先生なんですから」
チユリの言葉にタクミは静かに頷いた。
「失礼します」
学園長室から退室するタクミだが、その顔には険しさが宿っていた。自分の教室へ戻ろうとするタクミ。すると後ろから声を掛けてきた生徒がいた。声に反応して振り返ると黒髪の生徒が立っていた。
その生徒はタクミの見覚えもある生徒だった。
「お前は確か・・・・津田だったな」
「よお久藍。こうして直接話すのは初めてだな」
声を掛けてきた生徒は自分と同じクラスの生徒。名は津田マサトといい、タクミも名前は記憶していた。
「何か用か?」
「いや、そういう訳じゃねえけどな。ただなんか険しい顔してたからよ」
マサトの言葉にタクミは内心少々焦った。
「(まずい、顔にでてたか・・・・)」
「別になんでもないさ・・・・それより、俺まだ昼食を取ってないんだよ。これから学食行くんだけどお前もどうだ?」
少し強引な話題の変え方だが、マサトは特に疑問を持たずに了承した。
「おお、丁度いい。俺もまだなんだよ」
うまく誤魔化せたことに安堵し、二人は学食へと足を運んだ。
学園の廊下を体格の良い教師が歩いていた。その教師は金沢コンゴウ。
彼は現在廊下を歩きながら何かを考えるかの様、思案顔をしていた。
廊下の曲がり角を曲がる瞬間、一人の生徒とすれ違った。金沢はそのまま通り過ぎて行ったが、すれ違った生徒は振り返り金沢を見ていた。
「・・・・・・・・・」
その少年は以前タクミが図書室で見ていた生徒だった。栗色の髪をした美少年。しかし、その眼はどこか冷たさを宿していた。
少年は金沢から目を離すと、歩みを進めながら呟いた。
「醜い魔力だ・・・・・・」
その顔には嫌悪感が宿っていた。
マサトと昼食を食べ終わり、二人は教室へと戻って来た。そんな二人にレンが近づいて来る。
「あ、タクミ君どこ行ってたの?それに津田君もいるし・・」
「ああ、ちょっとな。男同士で食事してたんだよ」
「ああ、そうなんだ。・・・・ミサキが寂しがってたよ~、タクミ君が居ないって」
「ちょ、ちょっとレン!!私そんなこと言ってないでしょ!?」
レンの言葉に顔を赤くして抗議するミサキ。そんな様子を見てマサトがタクミのことを肘でつっつきながら言う。
「両手に花だな」
「お前もからかうなよ・・」
溜息を吐きながら疲れたような顔でタクミが言った。
しかし、こんなやり取りができる日常を、友人の黒川を壊そうとする輩が居る。
「(そんな事、させてたまるかよ・・!!)」
タクミは拳を強く握りながら、胸の内で強い決意をした。