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魔法ができてしまったこの世界で  作者: 銀色の侍
兄弟、巡り合い編
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第百七十六話 二人の逃避行


 ドリーからの一か月ぶりの呼び出しに再び巡り合うことが出来たことを喜ぶ半面、まさか彼女が屋敷を飛び出していた事にヒトシは驚いていた。というよりも焦っていたという方が良いだろう。


 『お前…大丈夫なのか!? 屋敷を飛び出したりして!!』


 狼狽えるヒトシに対し、当の本人は軽い口調で答える。

 

 『いや~…少しまずいかも…』

 『だいたい、お前は病気持ちなんだぞ! それなのにこんな無茶をして!』

 『うん…でも――――』


 ドリーはヒトシにゆっくりと正面から抱き着き、小さな声で呟いた。


 『ヒトシと…もっともっと一緒に居たいの……』

 『! そうか……』


 愛しい女性にそう言われた彼には、それ以上何かを言うことは出来なかった。







 「こうして俺は再びドリーと巡り合うことが出来た」

 「……」


 父から告げられる話を黙って聞き続けていたタクミ。

 しかし、ここまで話を聞いたタクミには納得できない事があった。


 「どうして……」


 話が終わるまではおとなしくしていようと思っていたタクミであったが、我慢できず思わず口を挟んでしまっていた。

 

 「どうして父さんは母さんを蔑ろにしたんだよ……」


 布団を強く握りながら、絞り出すような声でこらえきれない想いをぶつける。

 今の話しを聞く限り、母さんは勿論のこと父さんも母さんのことを強く想っていたことは分かる。だが、ならなぜ自分の知る父は自分だけならばまだしも母さんのことまで放っておいて仕事ばかりに打ち込んでいたのだ? 今の話に出て来るヒトシと自分の目の前で過去を語るヒトシ、この二人が別人のように思えて仕方がなかった。


 「……それから俺は――――」

 

 自分の疑問に答えることも無く話を続けようとした父の態度にさすがに腹が立ち、少し大きめの声でタクミは怒りをぶつける。


 「質問に答えろよ!!」

 「……」


 怒りを隠そうともせず、父のことを睨み付けるタクミ。


 すると、そんな彼の背中を優し擦り何とか気分を落ち着かせようと努めるミサキ。


 「タクミ君、落ち着いて。ね…」

 「ミサキ……」


 恋人になだめられ、何とか気を静めようとするタクミであったが、やはり完全には興奮の熱も収まらずヒトシに向けて敵意にも似た視線をぶつけている。だが、どうやらまずは話を全て聞くことにしたのか無言のまま話の続きを待ち続ける。

 息子の様子が落ち着いたことを理解すると、ヒトシは話を続けた。


 「屋敷を出たドリーは俺を呼び出し、そして俺とドリーは屋敷を離れはるか遠くの街で二人で生活を始めた。その際、俺も元の世界にはもう戻らないと決意した」


 ドリーは自分の為に屋敷を出てまで自分との再会を選んだのだ。ならば、自分も最後まで彼女と共に生きようと決意し、ドリーには元の世界には戻さなくてもいいと告げた。その言葉にドリーは驚きの反面、嬉しさがこみ上げ溢れた。

 ドリーは最後にもう一度だけでも逢いたいと思い、満足するまで話をした後は再びヒトシを元の世界へとお送り返そうと思っていたが、それを受け入れずヒトシは自分と共に彼にとっては別世界であるこの世界で障害を共にしてくれることを約束してくれたのだ。


 こうして、二人は貧しいながらも幸せな生活を送り続けた。


 「そして、俺とドリーは結婚してその過程でお前が産まれた」


 二人で慎ましく暮らしながらも子供が生まれ、二人は幸せを謳歌していたのだが、その幸せは長くは続かなかった。


 「ドリーは知っての通り心臓病を患っていた。屋敷を出て俺と二人で生活をするにはドリーは今までの様に恵まれた生活は望める筈も無い。俺は向こうの世界では稼ぎは少なく、質素な生活を送る事となった。その事はドリーも気にしてはいなかったのだが、体の弱い彼女が恵まれた屋敷暮らしの時の様に飲んでいた病気の悪化を防げるほどの薬を俺は用意することが出来なかった」


 ヒトシも彼女の病気を抑える薬を少ない稼ぎからなんとか用意しドリーに与えていたのだが、少しづつ彼女の容体は悪くなっていった。しかも悲劇はそれだけにとどまらなかった。

 

 「しかも、ドリーの両親は俺達を捜索し続けていてな……内から外からと問題に挟まれてしまった。そこで俺はドリーにある提案をしたんだ」

 「その提案って……」

 「俺がドリーと共に俺の暮らしていた方の世界へと赴くこと…そうすれば彼女の両親が差し向けた追手からは逃げられる」

 

 病気が重くなっていくドリーにこれ以上無理はさせられないと判断したヒトシの最後の策であった。なにより、この時のドリーには病気の他にもう一つ大きな問題を抱えていた。

 この時の彼女は二人目の子供を身ごもっていたのだ、しかも出産間近であった。タクミもまだ一歳児の赤ん坊であり、小さな赤ん坊を連れ、病気を抱えてしかも二人目を身籠っているドリーに逃げ続けられるとも思えなかった。そして、それはドリー自身も同じ想いであった。

 

 『ドリー…俺の居た世界に逃げよう。そうすればお前がもう追われることはない』


 ドリーの召喚魔法はあくまでドリー自身が自分の元へ生物を呼び出す魔法であるが、魔法使いとして大きな才を持つ彼女はその力を応用する事により、転移魔法の様に自分自身を別の場所へと飛ばす事も出来るのだ。これまで、その力を使う事で今までは彼女の両親が差し向ける追手から逃れ事が出来ていた。そこでヒトシはドリーに自分が住んでいた世界へ逃げることを提案した。そうすれば、少なくとも追手に追われ続けることはない。

 だが、それはつまり彼女に自分の世界を捨てろと言っているようなものであった。


 『すまないな…こんな方法しか思いつかなくて……』

 

 この時のヒトシはドリーに対して強い罪悪感を感じていた。


 彼女が自分に恋をしていなければこんな事にはならなかったのではないか……と………。そして、この世界から離れようなんて言わなくてもよかったのではないかと。

 ヒトシがそう悔やんでいる中、ドリーは優しい声でそっと言った。


 『気にしないで』

 『え…?』

 

 俯き気味だった顔を上げると、そこには笑顔のドリーが映る。


 『あなた、自分のせいでこんな事に…なんて思ったでしょ』

 『それは…事実だから――――』


 仕方がない、そう口にしようとするヒトシであったがその言葉は文字通り塞がれる。ドリーの唇によって……。数秒間のキスの後、ドリーはヒトシの頭を撫でた。


 『私が屋敷を出てあなたと共に逃げたのは全て私の意思…想いなのよ』


 目の前に居る彼は恐らくこのような慰めの言葉を掛けたとしても奥底では自分のことを責め続けるだろう。だがそれでも、彼が自らの心をこれ以上自傷する事を防げるのであれば……。


 それに何より――――


 『この子やお腹の子…もうあなたはこの子たちの立派なお父さんなんだから……』


 自分の傍で安らかに眠っている赤ん坊、そしてお腹の中にいる子供を撫でながらドリーは言った。


 『そうだな…ああ、その通りだ……』


 妻であるドリーの言う通りだ。今の自分は二人の子供の父親なのだ。愛すべき妻と子が自分に存在するにも関わらず、守るべき三人の前でウジウジと悩んでいていいわけがない。

 一度小さくため息を吐き、吐き出される空気と共に自らの後悔の念を一緒に外へと排出するヒトシ。

 

 『俺はお前の夫であり、そしてこの子たちの親父だからな』


 そう言った彼の表情には最早、先程見せた弱みは微塵も感じられなかった。




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