第百七十二話 襲撃者の謎
室内へと入って来た予想外の人物を見て、ミサキは思わず口を小さく開けて硬直してしまっていた。
決して友好的とは言えない人物が突然やって来たのだ。ミサキのこの反応も無理からぬものなのかもしれない。いや、友好どころかむしろ敵対関係として自分たちと目の前の彼女の関係はかつて成り立っていた。
ミサキは思わず立ち上がり、タクミを庇う様にレイヤーへと立ちはだかる。
「何の…用ですか……」
睨み付ける様にレイヤーの事を見つめ、警戒するミサキ。
その反応にレイヤーは思わず小さく噴き出した。まるでバカにでもしてるかの様なリアクションにミサキは小さく唇を噛んだ。対して彼女は特に敵意を向ける事無く落ち着いた雰囲気で話し掛ける。
「落ち着きなさいって…以前にも言ったはずよ。もうアンタを狙う理由は無くなったと……」
「………」
確かに以前、ミサキは自分を狙う事件終息後に彼女と再開している。その際、もう自分を狙う理由が無くなった事も確かに話してはいた。だが、だからと言ってすんなりと信用出来る事でもない。しかも今のミサキはタクミが襲われた直後故にわずかばかり警戒心が強まっている状態であった。
疑心暗鬼を籠めた瞳を向けたまま、目の前の少女は自分を問い詰める様に再度、何様でここへやって来たのかを問う。
「もう一度聞きます。何をしにここまでやって来たんですか……」
「(恋人が傷つけられてずいぶんと心をかき乱されてる様ね…はあ、メンドクサ……)」
とりあえずまずは自分は敵ではないという事を証明した方が良いのかもしれない。
だとすれば、今日のF地区であったあの戦いの事を話してやろう。そう思いレイヤーはミサキに、つい数時間前まで自分と共に彼女が庇っている銀色の少年が一つの戦いを繰り広げていた事を話してやった。
暗い暗い世界、そこで一人の少年は目を開ける。
――――何処だ……此処は……?
一面闇世界、その中に一人ポツンと佇んでいる自分。再度周囲を確認してもやはり自分以外の存在は確認できない。だが、そこで彼は思い出す。過去にも自分はこの場所に来たことがある。この暗闇に放り込まれる直前、自分は命がけの激闘を繰り広げていた気がする。
以前はたしか爆発使いの魔法使いとの激闘の後、意識を失ったと思えば自分は此処に居た。
――――そうだ、俺は確か……。
そして今回はこの暗闇に堕とされる前、自分の弟と名乗る人物に斬られ……その後………?
ここまでは憶えているのだが、その後の記憶が途切れている。
だが、途切れ欠ける意識の中で聞こえて来た……。
――――そうだ、闇の中に堕ちる前に彼女の声が聴こえて来た。
それは、自分の最愛の人物の悲痛な叫び声。
――――ミサキ……。
倒れて意識が沈んでいく中、確かにミサキの悲鳴が聞こえていた。
――――早く…起きないと……。
そうだ、自分がこの暗闇に落とされる前には友人のレンもあの二人組にやられていた。そして今はミサキは独りっきりの状態だ。もしかしたら今、彼女は自分よりも危険な状態に陥っているのかもしれない。その考えが頭に浮かぶと、自分の周囲の闇が晴れて行く。
――――待っていろミサキ…今…起きるから……。
周囲の闇はどんどん晴れて行き、その光につられて自分の意識もドンドンと晴れて行った。
ミサキは口元を抑えながらショックの余り言葉を失っていた。
「そんな……」
彼女は今、自分の隣で眠っている少年が自分の知らないところでまた自分のことを守る為に戦っていた事実を河川レイヤーから聞かされた。しかもソレは今日の出来事だと言うのだ。
「じゃあタクミ君は…」
「そう、私と共にアンタの為に戦っていたわ。まあ、私はアンタの姉に借りを返す為に動いていたわけだけど」
ミサキは未だ眠りについているタクミへと視線を向ける。
自分の為に彼はまた…またしても戦ってくれていた。
「もう…無茶しすぎだよ……」
先程までとは違い、怒りや不安とは違うまた別の感情がミサキの瞳から涙をあふれさせる。
「本当…いつもいつもボロボロになってまで……」
ミサキはそう言いながらそっとタクミの頬に手を伸ばす。
そして、その手は頬に添えられる前に優しく掴まれる。
「ははは…おはよ…」
力ない笑みを浮かべながら、タクミは涙を流す恋人を安心させようと彼女の手を握る。自分はちゃんとここに居る事をまるで表すかのように。
ミサキは涙を流しながらも、その手をしっかりと握り返す。
「おはよう…もう、病院で何度も寝すぎだよ…タクミ君……」
そう言って彼女はタクミへと抱き着いた。
ミサキは目覚めたタクミへと抱き着くと同時に、これまで必死に抑え込んでいた感情が溢れて大きな声を出しながら泣いた。その声を聴き外で待機していたレン達も何事かと部屋の中へと入って来たが、タクミが目覚めてることを確認すると安堵した。
そして、タクミも目覚め場が落ち着くとシグレはタクミ達にいったい何があったのかを問い始めた。
「さて、そろそろ教えてもらえるか。一体お前達に何があった? あの二人組は何者なんだ?」
場の雰囲気も落ち着いてきたことで先程の二人組についての詳細を求める。しかし、その問いに対してタクミは頭を片手で押さえながら困り顔をする。
「正直…あの二人が何者なのかは俺にも解らない。むしろ、俺が説明をしてもらいたいくらいだ……なあミサキ、お前はあの刀を持っている男のことを知っていたよな。アイツと面識があったのか…?」
タクミがミサキに尋ねると、彼女は以前に少年と対峙した時の話をタクミを含めたこの場に居る四人へと話した。
ミサキからの話を聞き終わると、タクミは頭をガシガシ掻きながらため息を吐いた。
「つまり、以前アイツはミサキに俺とはもう関わらない方が良いと警告して来たって事か……あのオカッパ頭は俺についていろいろ知っているみたいだがその逆、俺はあいつについては何も知らないんだよな……そもそも俺を〝兄さん〟と呼んでいた意味も分からんし……」
「タクミ君に兄弟は居ないんだよね?」
一応は念のためにとレンがタクミへと確認を取る。
それに対し、頷いて返事を返す。
「ああ…俺には兄弟なんて居ないはずだ……」
「じゃあアイツはどうしてタクミ君を兄さんなんて呼んだのかな…?」
「……」
レンの疑問に首を横に振って分からないとアピールを示すタクミ。
現状、タクミを襲ってきた二人組についての情報は無いに等しかった。
完全な行き止まり、襲撃者に関する手掛かりが一切ない手詰まり状態に部屋には沈黙が訪れる。そんな中、その空気を払拭するかのようにレイヤーからタクミに一つの打開案が出された。
「久藍、アンタの親から話を聞いてみたらどうなの? 自分には兄弟が居るのかどうかってことをさ……」
レイヤーの言葉にその場に居たタクミ本人以外がハッとした。
確かにその手段を取れば、タクミの弟を名乗る襲撃者について何か分かるかもしれない。しかし、この提案を聞いたときタクミは僅かだが表情を歪ませた。それはつまり仕事の鬼である父親と対話をしなければならないという事。自分や死んでいった母のことを蔑ろ気味にしていた人物、それがたとえ実の父親であったとしても……いや実の父親だからこそ余り面とメン向かって話したいとは思えなかったのである。
「(でも…そうもいっていられないよな……)」
少しでも情報が欲しい彼は、レイヤーの言った通りに父親とのコンタクトを取る事とした。
――――そして、少年は真実を聞かされる………。