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魔法ができてしまったこの世界で  作者: 銀色の侍
兄弟、巡り合い編
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第百七十一話 予想外の来訪者

 

 とある病院の清潔感が溢れるとある個室、その部屋に設置されているベッドの上では銀色の髪の少年が眠りについていた。その少年は以前にもこの部屋のベッドの上で眠りについていた経験があった。そう、かつて爆発使いの魔法使いとの戦闘後や、恋人を狙った消滅の力を持つ魔法使いとの戦闘後に今と同じくこの場所で眠っていた。


 そして、この少年が眠っている部屋には他に四人の人間が同室していた。

 それは先程まで久藍タツタと戦闘をしていたタクミ以外の他四人、黒川ミサキ、赤咲レン、神保シグレ、星野カケルの四人であった。

 気絶していたレンや負傷していたミサキも一応は診てもらったが、特に大きな怪我はなかったがミサキは頭部を殴られた事で大事を取って今日一日は病院で過ごす事となった。そんな彼女の頭には包帯が巻かれている。

 

 「タクミ…君……」


 しかし、ミサキは自分なんぞよりも今現在も眠っているタクミの傍に付いていた。その様子を後ろから不安げに見つめるレン。

 声を掛けてあげたいが、中々思う様に言葉が出てこない。自分にとってタクミは大切な友人である。だが、ミサキにとってはそれ以上に大事な恋人であるのだ。自分と彼女では今の心境状態は決して同じではないだろう。


 「黒川ミサキ…久藍とお前の関係上、お前が心配する気持ちも分かるが少し休め。お前だって一応は怪我人だろう……」


 シグレはミサキを気遣ってそう言うが、当の本人はまるで自分の声が聴こえていないかのようにこちらに振り向く事も無く眠りについているタクミを不安げな瞳で見つめている。

 

 すると、シグレの服の裾をカケルがクイクイっと引っ張った。


 「ん…」


 首を小さく振るカケル。 

 彼の言いたいことをシグレは察すると、レンに一声かけて病室を出て行く。


 「ミサキ…私たちさ…しばらく外に居るから……」


 レンはミサキにそう言うと、二人に続いて同じく病室の扉を開け退出した。

 

 「(今は…二人だけにしておいた方が良いよね……)」


 ミサキを気遣い一度部屋から退出した三人。

 そして、病室はミサキとタクミの二人だけとなった。


 「……」


 無言のままタクミの手を握るミサキ。

 彼女は顔を俯かせたまま、眠り続ける愛すべき彼の目覚めを待ち続ける。


 「……」


 気付くと、タクミの眠っているベッドの上に何かが点々と零れて出来たであろうシミが憑いていた。



 その正体は――――ミサキの瞳から零れ落ちている涙であった……。

 


 「タクミ…く、ん……」


 目の前で眠っている彼の名を消え入りそうな声で呼ぶミサキ。

 すると、自分でもよく分からず涙が零れる。瞳から涙の雫が止めどなく零れ落ち続ける。


 「ひくっ…ひっ…」


 声を押し殺して忍び泣く少女。

 その涙は彼女の中にある様々な感情が込められていた。


 タクミ君が傷つき、悲しい感情。


 タクミ君が襲われ、怒りの感情。


 タクミ君が眠り続け、不安な感情。


 それらが胸の中でごちゃ混ぜにされ、涙となって瞳から排出され続けた。


 しかし、突然俯いているミサキの頭に温かな感触が伝わって来る。

 顔を上げると、そこには眠りから覚めていないにもかかわらずタクミがミサキの頭の上へと手を乗せていた。それはまるで、泣いている自分を心配して頭を撫でている様であった。

 

 「う…うえぇぇん……うっ…ひくっ…」


 こんな状態でも自分を心配してくれる優しい恋人。

 その優しさが訳も分からずにミサキに更に涙を流させた……。




 病室の外で待機している三人。

 彼女達の耳に聴こえて来る少女の悲痛な嗚咽。親友のレンは思わず歯噛みしてしまう。


 「(親友が泣いているのに…何もできない)」


 扉一枚隔てたすぐ傍で、親友が悲しんでいるのに自分には何もできない。だからこそ、部屋を出て彼女を眠り続ける恋人と二人にしてあげる事しかできなかった。


 自身の無力感が悔しい……。


 いま何も出来ない現状、そして数時間前の戦いで大した抵抗も出来ず無様にやられた事実。その二つの現実がレンの心に苛立ちを募らせてゆく。


 「なんでこんな事になるのよ……」


 誰に言うでもなく、独り呟くレン。

 数時間前までは楽しく買い物して自分もミサキも楽し気に笑っていた。それなのに、突然現れた訳の分からない二人組に襲撃されて…タクミ君もミサキも傷つけられて……。


 そして、ミサキは今…泣いている。


 「なんでなのよ!!!」


 ぶつけようの無い怒りを病院の壁を叩いて表すレン。

 隣では風紀委員が静かにしろなどと言っているが、そんな注意などどうでもいい。物に八つ当たりするなど幼稚な事だと理解している……。

 それでも、今の自分にはこうして少しでも怒りを外へと吐き出さなければ、内側から破裂しそうだった。

 

 「落ち着け…」


 いつもよりも穏やかにそう言い聞かせるシグレ。

 レンの気持ちを少しは察しているのか、それ以降は彼女も何も言わなかった。隣に居るカケルは何を考えているのかは分からない。廊下の椅子に座り、ぼっ~と天井を眺めている。


 「(出来れば何があったのか聞きたいところだが…とてもそんな空気ではないな)」


 この状況、今も病室の中ですすり泣く黒髪の同級生は勿論のこと、隣に居る赤毛の同級生にも不用意に話し掛けられる雰囲気ではなかった。

 だが、だからと言ってこのまま帰る訳にもいかないだろう。この様な事件に関わった以上は状況の把握位はしておかなければ……。


 「赤咲―――」


 彼女の心境状態が酷い物である事は理解しているが、何とか話を聞こうと声を掛けるシグレ。

 

 だがそこへ、新たにやって来た人物から声を掛けられる。


 「少しいいかしら?」


 三人が声の主へと視線を向けると、そこには〝この中〟では見知らぬ女性が立っていた。


 「ここ、久藍タクミの病室だって聞いたんだけど…合ってる?」

 「そうですけど…誰ですか?」


 レンが突然現れた女性に誰なのかを尋ねる。

 もしかしたらタクミ君の知り合いなのだろうか?


 「そうね…顔見知りの関係よ…久藍タクミクンのね…」


 口元に薄く笑みを浮かべながら女性はそう答えた。




 病室の中では、ミサキはまだ涙を零していた。

 自分の嗚咽だけが響く空間の中、トントンッと扉を叩く音が加わって来た。


 「ミサキ、少しいい?」


 扉の向こう側からレンに声を掛けられる。

 目元をこすり涙を拭い、扉の方に顔を向けて今度は返事を返すミサキ。

 

 「どうぞ…」


 覇気の籠っていない声で短く答えるミサキ。

 確認が取れると、閉ざされた病室の扉が開かれる。


 そして、病室に一人の女性が足を踏み入れた。


 「今日一日でまた戦いにでも巻き込まれたのかしら? 本当にトラブル体質の様ね……」


 今もまだ眠っているタクミに向かいそう声を掛ける女性。

 その人物は入室許可を求めたレンではなかった。だが、この人物に関してはミサキはよく知っていた。


 何しろ、自分はかつてこの女性に命を狙われた経験すらあるのだから。


 「河川…レイヤー…!」


 爆破使いの女、河川レイヤー。

 予想外の人物が現れたことにより、病室には不穏な空気が漂よい始めて行くのであった。

 



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