第百七十話 援軍
目の前の少年の言葉をミサキは頭部の痛みに耐えながら聞いていた。そして、その少年は衝撃の事実を口にした。
「お…弟……?」
「はい」
白髪の少年、久藍タツタは頷いた。しかし、それを否定するかのようにミサキは首を横に小さく振りながら否定の言葉を口にする。
「ふざけ…ないでよ……タクミ君に弟なんて……そんな話、聞いたことも無い」
ズキズキと痛み続ける頭部の激痛に耐えながら、目の前で訳の分からない妄言を語る少年にそう言うミサキ。しかし、そんな彼女に対してタツタは至って冷静に答える。
「兄さんが俺の存在を知らないのは無理も無い事なんですよ。色々と事情があったので……」
その時、微かに少年は寂し気な目をするが、目の前で倒れている少女がその変化に気付くことはなかった。
「今言った通り、色々と事情があったんですよ。大よそあなたでは理解できない事情がね……」
そう言うと彼は地に付しているタクミへと歩みより、彼の腕を掴んで体を起こし背中へと背負った。
それに慌ててミサキが声を上げる。
「タ、タクミ君をどうする気なの!?」
「…連れて帰るんですよ。俺達の〝世界〟へ……」
ミサキには正直、目の前の彼が何を言っているのか全てを理解しきれていない。しかし、これだけははっきりと分かる。
――ここで彼を連れていかれると、もう二度と彼とは逢えなくなってしまう!!
「ぐぅ…うう……!」
殴られた頭部の痛みなど無視し、懸命に立ち上がろうとするミサキ。
「……」
しかし、そんな彼女に無情にも眼帯女は背中に脚蹴りを入れる。
「あうッ!?」
無様に再び地面へと倒れ込むミサキ。
「申し訳ないんですがそこでしばらく寝ていてくれますか? こちらとしては別にあなたにこれ以上危害を加えるつもりはありませんので……」
「そんな…わけには…いかない……ッ!!」
目の前に居るタツタを涙目になりながらも懸命に睨み付けるミサキ。
だが、その程度で怯むわけもなくタツタは倒れているタクミを背負ったまま背を向き、眼帯女へと顔を向ける。
「では、行きましょうか」
タツタがそう言うと、眼帯女はコクリと頷く。
「まっ、待って!!」
地に伏しながらも懸命にタクミに向かって腕を伸ばすミサキ。
「……」
タツタは自分の背負っている男に懸命に縋っている少女の姿を数秒眺めた後、彼女から視線を外しこの場から立ち去ろうとする。
その時、タツタと眼帯女目掛けて大量の白い羽根が降り注いだ。
「「!?」」
二人はその場から跳躍し、突然降り注がれる白い豪雨を回避する。
タツタはタクミを背負ったまま突如として攻撃をしてきた第三者へと視線を向けようとするが、背後から新たな気配を感じ取った。
「シィッ!!」
「!!」
掛け声と共に、自分と同じく刀を持った少女が自分へと斬りかかって来た。
斬撃を回避するタツタだが、連続による不意打ちにより背負っているタクミに対する意識が薄れてしまい、思わずタクミのことをその場に落としてしまう。
斬りかかって来た少女は地面へと落ちたタクミの襟首を掴み、倒れているミサキの元まで移動する。
「あ、あなたたちは……」
地面に倒れながらも、突如としてこの場に乱入して来た人物たちに目をやるミサキ。
そこに立っていたのはミサキも知る人物たちであった。
「貴様等、うちの学園の生徒に何をしている?」
「ん…さすがに見過ごせない」
そこに立っていたのは、猫を連想させる服装をした幼さを感じる少年と凛々しさ溢れる少女――――星野カケルと神保シグレであった。
シグレはタツタたちを警戒しながらも、意識を失っているタクミのことを気にかける。見た感じでは中々に深く斬り付けられているが息はある。病院へと連れて行けば助かるだろう。
「黒川ミサキ、立てるか? もし立つことが出来るのならば久藍の奴を病院へと連れていけ。今連れて行けばまだ助かる」
シグレがそう言うと、ミサキは痛む頭を抑えながら立ち上がりタクミの体を支える。
「神保さん…どうしてここに……?」
「ここに居たのは正直偶然だ。そんな事よりまずはその男を医者の元まで運んでやれ。私もこの状況についての詳細は後で求めるとしよう」
刀を構えながら、対面するタツタと眼帯女へと構えを取る。その隣に居るカケルも白き翼を展開する。
突然現れた乱入者にタツタは思わずため息を吐く。その隣では眼帯の女がトンファーを構える。
「……」
乱入者に対して飛び掛かろうとする眼帯女。
「待ってください」
しかし、それをタツタが制する。
無言でタツタに顔を向ける眼帯女。
「これ以上の戦闘は更なる乱入者が現れるかもしれません。余り大勢に目撃されるのも不味いでしょう」
「……」
タツタの言葉に無言で頷いて返事する眼帯女。
「逃がすと思うのか?」
二人だけで話を進めている事にシグレの顔には微かに苛立ちが生じる。
「ええ、ここは逃げさせてもらいますよ」
タツタがそう言うと、彼と眼帯女の姿がその場から〝消える〟。
「なっ!?」
まるでテレポートでもするかのようにその場から一瞬で二人の人間が消えていった……。
一面が白一色で染め上げられた世界。
そこへ、二人の人間が突如として現れる。
「……結局連れてこれませんでしたね」
二人組の内の一人、久藍タツタが残念そうに呟いた。それに対して彼と共に行動していた眼帯女は特に何をいう訳でもなく黙っている。
「すいませんでしたね、わざわざ同行してもらったにも拘らず結局あの人を連れてこれませんでした」
頭を下げるタツタ。それに対して眼帯女は小さく首を横に振った。
「……日を改めてまた〝あちら側の世界〟へと赴きます。あなたも再び同行してくれるとありがたいのですが……」
タツタが再び共に同行してほしいと頼むと、彼女は相も変わらず無言を貫いたまま首を縦に振った。
「兄さん、次こそは必ず……」
広々とした空間に一人の少年の呟きが小さく響いていた。
タツタが消えた直後、周囲を警戒しながら見渡すシグレであったが、やはり先程まで存在していたはずの二人組の姿も気配も全く感じられず、魔力を探知しても感知する事も無い。隣に居るカケルもキョロキョロと辺りを見回しているが、彼も自分同様何も感じられないようだ。
「ん、シグレ…やっぱりあの人たち、もうどこにもいないみたい」
「みたい…だな…」
手に持っている刀を鞘へと納めるシグレ。
「黒川ミサキ、早く久藍を病院へと連れて行くぞ」
そう言ってシグレは近くで倒れていたレンを担ぐ。
ミサキは血に染まるタクミの体を支えながら、涙目で頷いた。
「(タクミ君、すぐに病院へと連れて行くからね!!)」
ミサキは気を失っているタクミに心の中でそう言うと、彼を病院へと連れて行く。それにシグレたちも後に続いて行く。
タクミを狙ってきた二人組の正体も気になるが、今は血に濡れている大切な彼の身の安全の方が優先だ。
「タクミ…くん…」
泣きそうになるのを必死にこらえながら、彼女は病院へと急ぐのであった。