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魔法ができてしまったこの世界で  作者: 銀色の侍
獣人世界からの刺客編
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第百六十二話 羽車ツナギの過去


 綾猫が扉のドアノブを掴み、そして回すと部屋の中へと入って行った。それに続き、ヒビキは軽く顎で部屋を示していくぞと促した後、同じく部屋の中へと入って行く。


 「・・・・・」


 猫香は一度ごくりと唾をのむと、最後に部屋の中へと足を踏み入れた。

 その場に居た三人が部屋の中へと入って行き、扉の外には誰も居なくなった。




 部屋の中には一人の女性が座っており、やって来た三人はその女性に目をやった。

 綾猫はすでに顔を合わせている為、特に表情の変化はない。ヒビキは初対面の人間には少し失礼とも思われかねない警戒の色が籠っている目を向けている。

 そして、猫香は――――――


 「(この人が・・・・・)」


 失われた自分の記憶、それを呼び覚ましてくれる手がかりを持っているかもしれない女性。


 「猫香・・・」


 女性はそっと口を開き、自分の名前を呼ぶ。

 今まで緊張していた自分だったが、不思議とその声を聴いて落ち着いた。何故、記憶がない自分にとっては初対面であるこの女性の声にここまで落ち着けるのだろか? もしかしてそれは、例え自分の記憶が彼女を忘れていても、心の奥底は彼女を覚えていたのかもしれない。


 「はじめ・・・まして・・・」


 自分の名前を呼んでくれた女性に頭を下げる猫香。

 その反応は至って初対面の人間に対してとる当たり前の行動だろう。しかし、その行為は逆に言えば自分にとっては目の前の人間は本当に初めて会う、もしく――――――忘れられているという事となる。

 自分は憶えているが、相手は何も憶えていない・・・・・・それはとてもとても悲しい事だろう。


 それを実証するかの如く、猫香が挨拶をした女性はどこか寂しそうな表情であったのだから・・・・・。


 「そうよね・・・初めましてよね・・・」


 女性は少しの間寂し気な表情を浮かべていたが、すぐに曇っていた表情を払拭して、猫香に微笑んだ。


 「初めまして猫香・・・そして、久しぶりね・・・」


 そう言って、彼女は自分の名前を告げた。


 「私の名前は羽車ツナギ・・・あなたとは・・・繋がりを持っていた人間よ・・・」







 客室に設けられた席、中央のテーブルを挟んで猫香とツナギは座っていた。

 その二人の様子を見守るように、ヒビキと綾猫は猫香の後ろの壁側で待機している。しかしヒビキは、ただ二人の様子を黙って見守っているだけではなかった。


 「・・・・・」


 彼は彼女を見た時から感じていた。

 彼女の魔力の違和感を・・・・・。


 「あの・・・」


 一方で、猫香は僅かに躊躇いながらも目の前に居るツナギに勇気を振り絞って声を掛ける。 


 彼女が振るった勇気、それはツナギと話す事ではなく、自分の消された過去、そしてその正体を聞き出すことに対しての勇気であった。自分と繋がりがあったと言う時点で、ツナギは自分と何かしらのかかわりがある人物である事は確実である。


 「アナタは・・・私を知っていますか・・・?」


 正直、もう少しまともな質問の仕方はなかったのだろうかと内心で思ったのだが、上手な伝え方がよく分からずに、それ以上は猫香は何も言わず、いや、言えずに相手の答えを待ち続ける。


 すると、相手は自分の出したいい加減な質問に対して答えをくれた。


 「ええ・・・知っているわ」


 ツナギは猫香のことを知っていると小さく頷いた。

 彼女の答えに猫香の肩が小さく震える。


 「あなたには・・・謝らなければならないわ・・・」

 「え・・・?」


 ツナギは猫香に諭すように、一からの説明を始める。


 「まず・・・あなたが記憶を失っている事は私はちゃんと知っているわ・・・あの男、探朽ススムによって記憶が消された事を・・・・・」

 「(やっぱり・・・)」

 「あの日、私は――――――」







 それはまだ、探朽ススムが壊滅させた研究所が健在していた頃まで遡る。彼女、羽車ツナギがまだ研究所に居た頃、彼女は研究者として様々な研究、実験を行っていた。しかし、それらは間違っても探朽ススムの様な非人道的な物ではない。


 『ふう・・・』


 研究所の外では、ツナギがため息を吐いていた。

 研究者として彼女は日々、膨大な量の仕事をさばいていた。そして今は、数分前まで行っていた書類作成が片付いたので外に出て一休みしていたのだ。

 右手には眠気覚ましのコーヒーが備わっており、外の景色を眺めるツナギ。


 『結局、朝までかかっちゃったわね・・・』


 書類作成を開始した頃はまだ日が昇っておらず、外の景色は一面暗闇であったが、今は朝日が世界を照らしていた。

 しかし、ツナギにはまだ仕事が残っており、その為に眠気覚ましのコーヒーを飲んでいるのだ。


 『まぁ・・・後は簡単な仕事の片づけだけ・・・多分三十分もかからないだろうけど・・・』


 しかしそれでも今すぐに布団の中に潜り込む事が許されるのならば、実行に移したいものだ。

 

 『(まあ・・・〝この世界〟に来る前までは、いつ眠れるかも分からない環境だったから今はまだ幸せなんだろうけど・・・)』


 そんな事を考えながらツナギは朝日を眺めながら、コーヒーを口に含む。

 

 『ふう・・・』


 程よい苦みが、襲い掛かって来ている睡魔から意識を覚醒してくれる。

 コップの中のコーヒーを全て飲み終えると、彼女は一度体を大きく伸ばし、その後に研究所の中へと戻って行った。




 「あら・・・?」


 研究所の中に戻り、残りの仕事を片付けようとしたツナギであったが、その足がふと止まった。

 移動の最中に偶然、視界の端に研究所入口に数人の同僚が集まっていたのだ。


 「何かあったのかしら?」


 こんな朝早くから入口を塞いで集まっている同僚たちにささやかな疑問を感じ、目的の部屋から方向を転換して自分も正面入口へと歩いて行く。


 「何かあったの?」


 ツナギは歩きながら、遠くにいる入り口でたむろっている者達に声を掛けると、そのうちの一人、自分と同じ女性研究者が小走りで自分に近づいてきた。


 『た、大変ですツナギさん!!』

 『どうしたの、そんなに慌てて・・・』


 コーヒーのお蔭で少しは眠気が払しょくされたが、それでも完全に意識を覚醒が出来ている訳ではない為、朝から大きな声を掛けられると少しだけだが鬱陶しく感じてしまう。しかし、そんな彼女の事情などお構いなしに、同僚の女性は自分の腕を引いて入口まで引っ張って行く。


 『見てくださいあれを!』

 『わっ、分かったからそんな引っ張らないで・・・!』

 

 眠気の残った状態で走り、いや走らされてツナギの気分が少し悪くなる。

 しかし、そんな彼女の気持ち悪さ、そして眠気すらも数秒後には完全に吹き飛ぶこととなる。


 『一体何なの・・・!?』


 同僚に手を引かれ、そして入り口に居た物を見て彼女は思わず声を失った。

 

 ツナギが見た物・・・いや、者はそれは一人の少女であった。


 男性研究者の一人に腰を支えられ、眠りについている女性。だが、その女性は普通の人間ではない事は一目見ただけでもよく分かった。


 何故ならその女性の頭部には猫を連想させる耳が、何故ならその女性の臀部からは猫を連想させる一本の尻尾が生えていたのだから・・・・・。


 


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