第百五十七話 新たな波乱の始まり・・・
F地区内に存在する魔法警察署の入口前には、まるでボロ雑巾の様な姿で横たわっている一人の男が居た。署員の一人がそれを発見し、すぐさま大勢の警察が集まって来る。
その様子を離れた場所から観察している女性が一人居た。
「とりあえず、命だけは助けてやるわよ」
河川レイヤーは創始に対してそう告げると、その場を立ち去って行った。
離れて行く彼女の後ろでは、大勢の警察の人間の驚きや戸惑いの声が飛び交っていた。
「はあ・・・」
警察署から離れた人気の少ない公園を見つけ、そこに腰を下ろし、ため息を吐くレイヤー。
ため息の理由は自分でもよく分からない。これで自分に対するウザい襲撃もなくなった。これでようやく自分は自由になることが出来た。
ならば、自分は何に対してため息を吐く必要があるというのだ? それともこれは安堵の息とでもいうのか?
「違う・・・わよね・・・」
すぐにその考えを否定するレイヤー。
かつて、世界から魔法を消そうなどと考えていた自分が、誰かのためにここまで骨を折る思いを自分の意思で行うとは思いもしなかった。
切っ掛けは、かつて仲間であったエクスの・・・センナのせいだ。
あの女が自分を生かしたりするから、見逃してこの世界を見て回れなんて言うからその気になってしまった。黒川ミサキの情報を売る気にならなかったのも、あの女のせいだ。
「あぁ~、イライラする」
言いようのない苛立ちにレイヤーは公園のベンチから立ち上がると、足元に転がっている石ころを蹴飛ばした。
空中へと蹴られ、やがて重力に従い彼女が軽く蹴り飛ばした石ころは地面へと落ちた。
「はあ・・・」
その様子を見て再びため息を吐くレイヤー。
黒川ミサキの力を狙う輩を撃退したので、これで自分を助けた黒川センナに対する義理は果たせただろう。
だが、今の彼女には新たな問題が発生していた。いや、問題と言っても別段不味い事ではない。
「これから、どーしよ・・・」
今の彼女には目的がもうないのだ。
このまま平穏な日常でも楽しんでみようか、などと考えていたが、自分が犯そうとした所業を考えるに、今更自分が温かで平穏な日々を求める資格などあるのだろうか。
「久藍タクミはE地区に戻ったわよね・・・」
何故あの男のことなど今更考えているのだろう?
あの男は所詮、創始ケイを倒すまでの関係でしかない。しかし、あの男は自分たちや創始ケイの様な、いわゆる非日常に関わりやすい体質に思える。でなければ自分と再び遭遇して、しかもドンパチしようと戦いの場に赴くはずもない。
僅かながら、久藍タクミに関して興味が出て来るレイヤー。
「どうせ行く当ても目的もないし、もう一度足を運んでみようかしら?」
もしかすれば自分のしたい事が見つかるかもしれない。そう思いながら彼女は脚を動かし始めるのであった。
E地区へと――――――
その頃、タクミはE地区へと戻ってきており、街中を当てもなく歩いていた。
まさか朝早く散歩に出かけて、戦いの中に自分から望んだとはいえ身を置くことになるとは予想もしていなかった。
だが、ミサキを狙う存在を野放しになどしておけるわけも無い。
「まっ、なんとか終わったな・・・」
ほうっ、と息を吐くタクミ。先程レイヤーが吐いていたため息とは違い、彼のこれは安堵の息であった。
だが、今回の一件でタクミには新たな不安が胸の中に渦巻いていた。
「(ミサキの力を狙っての襲撃はこれで二度目だ。もしかするとこの先も・・・・・)」
何かしらの対策が必要なのではないだろうかと考えるタクミ。
この先もミサキの〝不死鳥の炎〟を狙っての襲撃が無いとは断言できない。
「もう一度、花木先生に相談してみるか」
自分たちの担任であり、〝転送〟の個性魔法の使い手である花木先生。
彼女がかつてミサキに渡した転送の指輪、それを再び貸してもらおうかと考える。備えあれば患いなし、用意できるものは用意しておいた方が良いだろう。
「月曜日に先生に相談するか・・・ん?」
タクミがそんな事を考えていると、自分の視線の先に見知った二人組の姿が映った。
タクミの見ている二人組、それはタクミの恋人であるミサキと友人であるレンの二人であった。
「偶には女同士で買い物もいいもんでしょ」
「ふふ、そうだね」
買い物袋を手に下げながら、会話をするレンとミサキ。
今日はレンからの誘いで二人は買い物に来ていたのだ。
タクミと付き合い始めてからはこんな風に女同士で買い物をする機会も減ってしまっていたので、レンが久々に女同士で羽目を外さないかと誘ってきたのだ。
もちろん、タクミのことを蔑ろにしたわけではないが、やはり同性同士の買い物は気兼ねなく出来るところがあるので楽しかった。
「また無駄遣いしちゃったねぇ~」
「レンは少し買い過ぎだよ」
ミサキの言う通り、彼女が片手で買い物袋を一つ持っているのに対し、レンは右手に二つ、そして左手にも二つと計四つの買い物袋を持っているのだ。
友人のお金の使い方に少し問題を感じるミサキ。
「結局レンは予定より無駄遣いしちゃったし・・・あっ!」
すると、ミサキはここでようやく自分たちを見ている人物の存在に気が付いた。
「タクミ君!」
自分の恋人の姿を確認したミサキは、小走りでタクミへと駆けて行った。
自分の存在に気付いたミサキがこちらにやって来たので、タクミは軽く手を上げて彼女の名前を呼んだ。
「おーい、ミサキ!」
タクミに名を呼ばれ、顔をほころばせながらそばに寄って来るミサキ。
そんな愛らしい姿に、内心では愛しく思い、タクミの口元が思わずにやけそうになってしまう。勿論、ミサキにそんな情けない自分の表情を見せたくはないので堪えてはいるが。
「やっぱりタクミ君だ♪」
そう言って自分の目の前までやって来たミサキ。
その後を追ってレンも駆け寄って来る。
「タクミ君じゃん、奇遇だね~」
「おお、そうだなレン」
レンにそう返事を返すタクミ。
そしてやはりというか、休日に偶然にも出会った恋人同士の二人にレンが口元を隠しながらクスクスと笑い、案の定からかってきた。
「いや~、約束していなくてもこうして休日にばったりとは・・・やっぱり二人は運命の赤い糸で結ばれていますな~♪」
「も、もう・・・」
レンの言葉でミサキとタクミの顔が僅かに赤くなった。
こうして、いつもの三人組が偶然にも合流したのであった。
一面が白一色に彩られている空間。
その世界には二人の人間が立っていた。一人は白い髪をしたオカッパ頭の少年、そしてもう一人は片目に眼帯を付けている金髪の女性。見た感じでは女性は少年よりも年上と思われる容姿をしている。
「では、行きましょうか・・・」
白髪の少年、久藍タツタが隣に居る女性にそう言った。
それに対し、女性は腰に備え付けている自分の愛用の武器を一度撫でながら頷いた。
「警告は一度しておきましたよ・・・黒川ミサキさん・・・」
これから自分がすることは、今、名前を出した女性を苦しめる事になるだろう。
だが、警告は前もってしていたのだ。たとえ恨まれようが自分はこれからしようとすることを止めはしない、躊躇いはしない。
「今からそちらに行きますよ・・・兄さん・・・」
タツタのその一言の後、彼と隣に居る女性は一面白の世界から姿を消したのであった・・・・・。