第百五十六話 結ばれるとは・・・
身勝手な理由で実の妹を殺し、全てを手に入れようとした創始ケイ。そんな彼の考えに怒りを感じたタクミであった。だが、タクミは気付いていなかった。自分が一番怒りを感じた部分が何かであることに。
実の妹を勝手な理由で殺したことにも当然怒りを感じたのだが、創始の話を聞き、タクミが無意識化の中、最も怒りを感じた部分はこれらのセリフの中にあった。
『止められない愛は、俺に一つの結論へと辿り着かせた』
このセリフがタクミにとっては最も逆鱗に触れた部分の一つであった。
創始ケイが妹に対して愛情を抱く、それはタクミが口を挟む部分ではない。だが、それを受け入れてもらえなかった彼は妹を殺した。そして、自分の愛を押し付け、それで結ばれるなどと信じている事が許せなかったのだ。
結ばれるという事は決して一方が押し付けて出来る関係ではない。互いに心の底から想い合い、愛し合うからこそ結ばれると言えるのだ。
『私はあなたと出会えてすごく幸せ』
『あなたの痛みは私の痛みでもあるの』
自分が愛している女性が言ってくれた言葉。
そしてその言葉を心の底から嬉しく思えた自分。
互いに結ばれているからこそ、このような言葉が送られる。互いに想い合っているからこそ、こういう事を言われると胸が温かくなる。
だから、目の前の男の言葉に腹が立った。
コイツのこんなものを〝愛〟などと言わせるものか。
その否定の想いと共に、タクミの拳は創始の顔面へと深く、ふかく、突き刺さった――――――
「ぶげっ!?」
間抜けな声と共に、創始の口と鼻から赤い血が零れる。
そのまま吹き飛ばされる創始。地面へと体を激突させ、転がって行く。
「うぐ・・・くそっ!」
鼻を抑えながら立ち上がるが、彼は顔を上げるとタクミの姿は消えていた。
「なっ、ど、何処に!?」
タクミの姿を見失った創始だが、その数秒後に背筋から寒気が走った。
「・・・・・」
恐る恐る後ろを振り返ると、遥か後方には壁に寄りかかり傍観を決め込んでいるレイヤーと――――――
「よう・・・」
真後ろには腕組をして自分のことを睨み付けているタクミの姿が在った。
「(まったく見えなかった! なんて迅さだ!!)」
完全に自分の力が及ばない程の力を誇っているタクミに、創始は思わず実玖へと援護を求めてしまう。
「実玖! 分身を使い三人でコイツを・・・・・」
助けを求める創始の姿はよりタクミの怒りを買った。
自分で妹を殺して人形に創りかえておきながら、その妹に縋る姿はタクミの怒りを膨らませ、気付けば創始の頭部に蹴りを叩き込んでいた。
そのまま床に倒れ込む創始、そんな彼の体を思いっきり蹴り飛ばすタクミ。
「ごッ、はぁッ!!」
口から空気と共に、少量の血を吐きながら彼の体は実玖の足元まで転がって行った。
「ぐっ、はぁはぁ・・・実玖・・・」
「やめろよ」
実玖に助けを求める創始の姿にタクミはぎりっと歯ぎしりをしてしまう。
「お前の妹はお前が殺したんだぞ。そして死んだ妹を人形に変え、その上にまだ救いを彼女に求めるのか」
ダンッ、と地面を一度強く踏みつけるタクミ。
その衝撃で踏み込んだ箇所の床が若干陥没した。
「実玖、俺を助けろ! お前は俺の理想の妹なんだから!!!」
――――――ぶちっ・・・
創始の叫び声にタクミの中の何かが切れる音がした。
どこまでこの男は自分の妹を苦しめるつもりなんだろうか。自分の一方的な狂愛で命を奪い、その上に人形として作り替え、挙句あの実玖という少女の全てを手に入れようとする。そして、それをあの男は愛情だと言うのだ。
「言わせるか・・・」
タクミが全身から魔力を放出する。
「お前のその感情を愛情だなんて――――――」
タクミの姿が消える。
実玖に縋りついている創始目掛けて最大速度で迫って行き、拳を強く握る。
「――――――死んでも言わせるかぁぁぁぁッッ!!!」
創始がタクミの声に反応して振り返った時、彼の目と鼻の先にはタクミの怒りの籠った鉄拳が迫っていた・・・・・。
「すぐに終わったわね・・・」
床へと倒れている創始のことを見つめながらレイヤーがそっと呟いた。
顔面が血濡れとなり、完全に意識を飛ばしている創始。そんな彼のことなどお構いなしに、タクミは実玖のことを優しく壁へと寄りかからせていた。
創始を倒したその後、実玖は特に手を出して来る様子はなかった。その理由は単純、製作者である創始が倒れてしまい、実玖は今後どのように動けばいいか分からなかったからだ。
そのまましばらくすると、実玖は魔力が切れてそのまま瞼を閉じてしまった。そこからは一切の動きを見せる事はなかった。
「自分の妹をこんな風に出来るなんてな・・・」
倒れている創始を睨んだ後、タクミは壁に寄りかかっている実玖に気の毒そうな目を向けた。
そこにレイヤーが近寄って来る。
「とりあえず、コイツは魔法警察まで連れて行けばいいとして、彼女や他の人形は処理しておきましょうか」
「! ・・・殺す、のか・・・」
実玖のことを見つめながら、タクミは小さな声でレイヤーに聞いた。
「殺す、というのは語弊があるわ。その子は、もう・・・」
レイヤーは実玖を見つめながら、その先の言葉は敢えて口には出さなかった。わざわざ彼女に最後まで言われずとも、タクミだって解っているのだ。
ここに居る人間は自分とレイヤー、そして倒れている創始だけだ。その他に居る者達は全員人形でしかない。
今、ここで眠っている実玖と呼ばれる少女もだ・・・・・。
「とりあえず、一度地上へと出ましょうか」
そう言ってレイヤーは倒れている創始の足を掴むと、そのまま引きずって行く。
「・・・・・じゃあな」
眠りについている実玖にタクミはそう言うと、レイヤーの後へと着いて行った。
地下から出て来た二人。外に出ると降り注ぐ空からの光に思わず目を微かにつむってしまう。そのまま地下へと続く入口へレイヤーは視線を向けると、そこに手をかざす。
「おい、何を・・・」
タクミが、何をする気だと言い終える前にレイヤーは入口を爆撃した。
激しい爆発音と、爆風に思わず目元を手で覆うタクミ。
「ぐ・・・」
しばらくすると、辺りの爆煙は晴れて行き、地下へと続く入口は完全に破壊されてしまっていた。
「これで道は塞がった訳だし、もう誰もこの地下へと入る事も出来ないでしょう」
そう言って掴んでいる創始の足を離すレイヤー。
タクミは地下へとつながる塞がった入口を暫し眺めた後、彼女に向き合い地面で倒れている男をどうするか尋ねる。
「それで、コイツはどうする?」
「さっきも言ったでしょ。魔法警察に引き渡してそれで終わりよ」
「お前がか・・・?」
過去に中々に大きな罪を犯そうとした目の前の女が警察に突き出すというのはいささか不自然に感じるのは恐らく気のせいではないだろう。だが、彼女はタクミの考えを解っているようで、付け足すようにこう言った。
「私の罪は公にはなっていない。証拠がないから大丈夫よ」
「だが、ソイツがそれをしゃべったら・・・」
「だから少し脅しをかけておくわ。こいつが雇ったゴロツキの様にね」
口元をニヤリと歪めるレイヤー。
ただでさえボロボロなのに、そこに彼女からの拷問を受けると思うと少しだけだが不便に思えてしまう。
「あまりやり過ぎるなよ・・・」
「善処するわ。じゃ、アンタはもうE地区方面に戻りなさい」
「最後まで付き合わなくていいのか? 俺も関わった訳だから・・・」
警察に突き出すまでは自分も付き合った方が良いのではないかと思うタクミであったが、そんな自分に対してレイヤーはしっしっと手を振った。
「もうアンタとの共闘も終わったのよ。別に私たちはなかよしこよしじゃないでしょうが」
「ああ、そうだな・・・」
タクミは短くそう答えると、それ以上は何も言わずに後ろを向いてそのまま歩いて行く。自分の元の居場所へと。そんな彼の後ろ姿を黙って見届けるレイヤー。
互いに何も言わず、どんどんと距離が開いて行く。
そして、タクミの姿が見えなくなる寸前、彼は一度振り返った。距離が開きすぎて表情すら分からなかったが、不思議と彼が何かを言った事は分かった。そして、そのセリフが何かも何故だか予想が出来た。
――――――「ありがとう、ミサキの為に」
その言葉と共に、タクミの姿は見えなくなってしまった。
「ちっ・・・」
地面に転がっている創始を見ながらそっと舌打ちをするレイヤー。
本当は彼女はこの男を警察などに引き渡さず、ここで殺していくつもりであったのだが、タクミの最後の言葉で彼女の中の何かが変化したのか、レイヤーは創始の足を掴むと、この地区内の魔法警察署を目指すのであった。