第百五十三話 思案
「俺はお前達のリーダーに戦力の提供をする条件で、〝不死鳥の炎〟の力の一端を譲り受けるという契約を交わしていた。永遠の魔力、その力が是非とも欲しくてな」
「(はぁ・・・?)」
創始から話を聞き、レイヤーは怪訝そうな顔をする。
自分たちがかつて〝不死鳥の炎〟を欲していた理由はこの世界から魔法を消し去るためだ。だが、目の前に居る創始は永遠の魔力を求めている。もしも自分たちの計画が見事に完遂されていたのならば、この世界から魔力という力は消滅してしまっていた。にも拘らず、尽きる事の無い魔力を手に入れてどうしようというのだろうか。いや、そもそも魔力が尽きた世界では永遠の魔力も消えてなくなる筈だ。
明らかに矛盾した創始とリーダーの取引内容に思わず眉をひそめるレイヤー。
「一つ聞くけどさ・・・」
「んん?」
「アンタ、私たちの最終目的がそどんなものかちゃんと把握している訳?」
「・・・どういう意味だ?」
「ああ、はいはい・・・そゆこと」
創始の反応を見ただけでレイヤーは全て察した。
目の前の男は、要するにいいように利用されていただけの傀儡だったという事だ。その事実を知った時、レイヤーは思わず小さく噴き出してしまう。
レイヤーのそんな反応を見て、創始が僅かばかり不快そうな表情をする。
「何がおかしい・・・?」
「いや、人形を操るアンタが逆に人形の様に操られていた事実がおかしくてね・・・しかもさぁ、アンタは今でも自分が良いように利用されていた事実に気付いていないみたいだしね」
レイヤーは目元に微かに浮かんだ涙を拭い、目の前の男に現実を話し始めた。
「私たちのかつての目的はね、この世界から魔力を消滅させ、そして魔法を消し去る事だったのよ」
「な、魔法を消す?」
レイヤーがかつて、その胸に抱いていた目論見を語ると創始の顔には僅かな動揺が見て取れた。やはりこの男はリーダーの適当な条件につられて騙されていた様だ。
その後も彼女は話を続けて行く。
「そう。魔法を消し、全世界から魔法が焼失した世界を創り出す事。それが私たちの目的。アンタは恐らく兵力を集めるためにリーダーが念のために協力を仰いでいたんだろうけど」
「・・・ッ!」
しかし、何故リーダーはこの男の手持ちの人形を久藍タクミや黒川ミサキにぶつけることをしなかったのだろうか?
だが、その疑問の解答にはすぐに辿り着くことが出来た。
「(そうか、影夜の奴が久藍タクミたちとは関係の無い人物にやられていたわね。それで予定よりも早く襲撃を懸けたんだったわね)」
現在、魔法刑務所に捕まっている影夜ヌマ。メンバーが一人減った事でリーダーは焦りを感じて急遽、黒川ミサキに襲撃を懸ける事となった。その為、この男の力を結局借りる事はなかったのだろう。
彼女が一人そう納得していると、目の前で創始が小さく笑い始めた。
「・・・?」
その様子にレイヤーが微かに眉をひそめた。
顔を僅かに下げ、小さく笑っている創始の表情がどのような物かは分からないが、しばし笑った後、彼は俯きがちの顔を上げた。その顔には騙され、利用されていた事への怒りなど感じられないかのような笑みを浮かべていた。
予想外の反応に思わずレイヤーが気持ち悪そうな物でも見ているかのように、顔に嫌悪感を表す。
「なに? その笑みは・・・」
「いやいやいや・・・確かに俺は利用されていたのかもしれないが、今はもうお前達が〝不死鳥の炎〟を狙っている訳ではないんだろう。それに、お前達のお蔭で〝不死鳥の炎〟に辿り着けたんだ」
創始は頭を小さく掻きながら、クスクスと笑い声を漏らした。
「目的の物さえ手に入れば、もう何も言わないさ」
「そこまでしてあの炎を手に入れようとする理由は何かしら?」
「・・・・・」
目の前の男はそもそも何故〝不死鳥の炎〟をそこまで欲しがっているのか? どうにも人形に命を宿すだけの為にここまでするとも思えない。もしかすると、その先に何かあるのか?
レイヤーがそれを尋ねると、創始は今までにやけていた表情からどこか冷めた表情に変わった。
その突然の変わりようにレイヤーは一歩思わず後ずさった。
「なに・・・急にそんな眼をして・・・」
「なあ河川レイヤー。お前は恋をしたことはあるか?」
「はぁ?」
突然の脈絡のない話にレイヤーが眉をひそめる。
そんな彼女にはお構いなしに、創始は自らの愛について語り始めた――――――
その頃、タクミは実玖と激闘を繰り広げ続けていた。
実玖の発動した個性魔法による見えない攻撃にタクミは翻弄されていた。しかも、そこに実玖自身による攻撃も合わさり中々に難儀していた。
「(くそ・・・)」
先程から見えない何かが自分に攻撃を加えてきている。そして、肉体から感じる感触から察するにまるで人間に打撃を加えられている様に思えるのだ。
「(これはまるで透明人間に攻撃されているような・・・いや、みたいと言うよりこれは・・・)」
自分の中の浅く、どこか古くさいような考えにまさかと思ったが、しかし与えられる攻撃の感触は明らかに殴りつけてきている様にしか感じられないのだ。
「(だが、透明人間だとしたら気配を感じないのは・・・)」
目に見えないだけならばまだしも、気配すら感じ取れないというのはいささか不自然だ。
「・・・・・」
「くっ、だりゃ!」
実玖の連撃をさばき、反撃の蹴りを入れたタクミ。
だが――――――
「ぐはっ!」
またしても見えない攻撃がタクミの頬へと突き刺ささった。
「(やっぱりだ。どう考えても殴られている様にしか思えない!)」
タクミに繰り出される謎の目視できない攻撃、その正体を何とか探し当てようとする。
実玖による攻撃、そして問題の目では捉えられない攻撃、その二つの猛攻に苦戦を強いられるタクミ。
「落ち着け・・・落ち着いて考えろ」
無意識の内にタクミの口からは小声でそんな言葉が零れ落ちていた。
攻撃の感触から自分は見えない何かに攻撃、それも拳で殴られている様に思われる。しかし、姿どころか気配すら感じないというのはいささか不自然だ。もしも自分の考えている様に透明人間の類がこの場に隠れているならば、姿が見えずとも気配位は感じ取れるはずだ。
「(なにか・・・なにかヒントになることはなかったか?)」
相手の実玖の行動を、攻撃を捌きながら考えるタクミ。何か不自然な部分はなかったか? 自分が疑問に感じた部分、そんな相手の行為は本当になかったのだろうか?
「あれ・・・」
そして、タクミは一つある事を思い出した。
「(コイツは個性魔法を使う前、この辺りに魔力を放出したが・・・何故そんな事をした? 無駄に魔力を消費するだけじゃないか)」
そう、実玖の中の魔力の質が変化する前、彼女は周囲に自らの魔力を放出していた。
この行為は明らかにおかしい。何故そんな事をする必要があったのか? 攻撃に使うでもなく、ただ無駄に魔力を辺りへと放つ事に何の意味があるのだろうか?
いや、恐らくあったのだ・・・・・。
「(そこから何かヒントが得られないか? 考えろ、久藍タクミ!)」
実玖と戦いながらも、タクミは見えない攻撃の謎を解明しようと頭を働かせる。
しかし――――――
「ぐはッ!」
実玖の攻撃は躱せても、やはり見えない攻撃は上手く防げずダメージが蓄積して行く。
「(余裕こいてる暇はないな・・・)」
タクミは魔力で肉体を更に強化しながら、実玖の個性魔法の正体を掴もうと奮戦している頃、シャッターで隔たれている向こう側に居る創始とレイヤーは、こちらとは違い戦いの手を止め話をしていた。
シャッターの向こう側、そこではレイヤーは創始が〝不死鳥の炎〟を求める理由を教えてもらっていた。
そして、全てを話し終わった創始は目の前で話を聞いていたレイヤーの表情を窺いながら、感想を求めた。
「・・・・・以上が俺が永遠の魔力を求める理由だ」
創始が自らの目的を告げ、そう言った後、レイヤーは床に唾を吐きながら吐き捨てるように言った。
「変態ヤローが・・・」