第百三十話 違和感
翌日の朝、ススムは綾猫から指定された部屋までくるように言われていた。
彼は綾猫が指定した部屋までやって来て、その部屋の扉を開いた。
そして、そこには――――
「おはよう・・・ご主人様」
「「「おはようございます!」」」
綾猫や他の皆がメイド服を着て、ススムに朝の挨拶をしてきた。
彼女達のその服装にススムが驚いた様な表情をする。
「キミ達、その恰好は・・・」
「昨日、全員で話し合ったのよ・・・」
綾猫は一歩前に出てススムに自分たちの今の恰好についての説明をした。
「貴方はずっと私たちの為、身を粉にして働いていたんでしょ。だから今度は私たちがその恩を働いて返していくわ」
「綾猫・・・」
「あ、あの、これまで失礼な態度を取ってごめんなさい!ご、ご主人様!!」
綾猫に続き、他の子達も次々に頭を下げ、謝罪を述べる。
そんな彼女にススムはすっと手を上げ、皆に顔を上げるように言う。
「みんな、どうか顔を上げてくれ。キミ達に魔物の力を植え付けたのは事実なんだ。そして、その結果キミ達は・・・」
「でも、そのお蔭で私たちは助かったんでしょう」
綾猫が今までの様な冷たい声ではなく、温かな声でススムの肩に手を置いた。
他の者達も皆、優しい表情をススムに向けていた。
「・・・ありがとう、僕を許してくれて・・・」
ススムの言葉に目の前の綾猫は小さく首を横に振る。
「私たちこそ、ごめんなさい」
綾猫たちも改めてそれぞれが謝罪の言葉を口にした。
そこで、ススムは皆の恰好について質問をする。
「それにしても、そんな服、いったいどこから?」
「私だよ」
犬耳と尻尾を生やした少女が手を上げて答える。
「アンタのお蔭・・・てっ言うのも変な話だが、私たちは魔物の力を植え付けられた事で魔力が強化され、私の様に個性魔法に目覚めた奴もいるからな。これは私の個性魔法で作り出したんだ」
この少女の目覚めた個性、それは〝生地〟を作り出すものだ。
布や織物などの物を生産、戦闘には向いてはいないが、衣服などを作り出す、このような事にはとても役立つ魔法だ。
「それにご主人様って?」
「うっ、私は嫌だって言ったんだよ」
犬を模した少女は恥ずかしそうに頬を染めてそっぽを向いた。
そして、彼女の代わりに兎を模した少女が元気よくススムに疑問に答える。
「それは私の提案です。貴方は私たちを助けてくれて、この屋敷の所有者でもある訳なので、私たちもこういう服装なのでこの呼び方が一番しっくりくると思ったからです!」
「はははは・・・別にそんな畏まった呼び方をしなくてもいいんだよ?」
「いえ、命を救ってくれた貴方にこれまで取り続けた失礼な態度を考えると今更これ以上の失礼な態度は取れません!」
勢いよく詰め寄る兎に模した少女に苦笑を浮かべるススム。
そして、綾猫が最後に話を締めた。
「この屋敷も広いわけだし、今後は恩を返す意味で仕様人の様な感じで私たちは生活していくつもりよ。それに、今までも正直何もやることが無くて暇だったから丁度いいし・・・・・」
こうして彼女達はススムに対して信頼を持つようになり、この日から彼の事を主人として扱う様になり、そして日を増すごとにその信頼は強くなり、そして中には好意を抱く者達も現れ始めた。
「(私もあの人に対して今は胸が熱くなる事もある・・・私も他の子の様にご主人様に対して好意を抱くようになった・・・・・)」
綾猫は先程とは別の部屋の掃除をしながら過去の出来事を振り返る。
そして今居る部屋も綺麗になったため、また別の部屋へと移る綾猫。
「さ・て・と・・・」
次に彼女が訪れた区間はこの屋敷に住む自分たち一人一人の個室が密集しているエリアだ。
綾猫や他の子達は全員、一人一人に個室が設けられている。しかし、この屋敷の大きさゆえに一人一人に個室が与えられてもなお、空き部屋は存在する。
「・・・あら?」
そこで彼女は一つ不自然さを感じた。
今居る区間の部屋は全て埋まっているはずだ。だが――――
「ここ・・・扉に名札が無いという事は空き部屋?」
部屋の扉の前には一つ一つその部屋の持ち主である名札が架けてある。そしてこの区間には全て利用者が居るはず、にも拘らず、一つ名札のない部屋が存在するのだ。
「空き部屋・・・でも・・・」
綾猫は名札の架かっている部屋の数を調べてみるが、自分の記憶とこの屋敷に住んでいる子達と数がぴったりと合う。
ならばこの空き部屋はどういうことなのだろう。自分の記憶ではこの区間に空きの部屋は存在しなかったはずだが・・・・・。
「・・・・・・」
――がちゃ・・・――
部屋の扉を開き、部屋の中を確認する綾猫。
だが、中を改めてみるが特に何もなく、完全な空き部屋であった。
「どういう事かしら? この区間に空きの部屋は無かった・・・・・まるで突然現れたかのような・・・」
頭を捻らせながら彼女は部屋の扉を閉ざした。
「(後でご主人様に聞いてみましょうか)」
少し気にはなるが別段害がある訳でもない為、掃除を再開する綾猫であった。
それから数時間後、掃除が終わった綾猫は休息を取ろうと、紅茶でも飲もうかと給仕室に足を運ぶ。
すると、そこには先客が居た。
「あら・・・あなた」
「あっ、そっちも掃除終わった?」
給仕室に居たのは兎を模した少女、玉兎という名の少女が冷たい麦茶で喉を潤していた。
綾猫は紅茶の準備をしながらも、先程気になっていたあの空き部屋について玉兎に聞いた。
「ねえ玉兎、私たちの使っている個室のエリアに一つ空き部屋があるけど、あの部屋について何か知っている?」
「え・・・」
玉兎は不思議そうな表情で自分のことを見つめて来た。
その反応にどうやら彼女も何も知らないと思う綾猫。
だが――――
「何言っているの綾猫、あそこは元々空き部屋だったでしょ」
「え?」
玉兎の言葉に綾猫の手が止まる。
「何言っているのよ? あそこに空き部屋なんてなかった筈でしょ」
「いや、初めから空き部屋だったでしょ」
玉兎の言葉に綾猫は首を傾げる。
あそこは元々空き部屋だった・・・・・いや、そんな筈はない。あそこに空き部屋なんて存在しなかった。自分の記憶では確かに全ての部屋が埋まっていた。
「(いったいどういう事なの?)」
玉兎と自分の認識の違いに何やら違和感を感じる綾猫。
自分の記憶ではあそこは突然現れた空きの部屋、しかし玉兎の認識では最初からあの空き部屋は存在していたとの事。
そこへ新たな犬耳の子が給仕室へとやって来た。
「あ、ねえ、私たちの利用している個室の中に一つ空きの部屋があったけど、アレっていつからかしら?」
「え、なに急に・・・」
やって来て突然の質問に怪訝な顔をする犬に模した少女。
彼女は冷蔵庫まで歩きながら彼女の質問に答える。
「それって私たちの部屋の中のポツンとある空き部屋のこと? あそこは元々空室だったでしょ」
「・・・・・」
綾猫は彼女の言葉に固まってしまう。
「(どういう事なのよ・・・!?)」
自分の記憶との食い違いに混乱する綾猫。
彼女は言いようのない不安と苛立ちを覚えながら手元に用意したカップを見つめていた。