第百二十八話 半魔獣
「(う・・・ここは?)」
意識を失いヒビキが住んでいるマンションの近くで倒れていた謎の女性。彼女は途切れた意識が少しずつ浮き上がって来た。
「~~~~~~」
「~~~~~~」
・・・・・何やら話し声が半ば寝ぼけている意識の中から聞こえてくる。
どうやら男女が何やら話しているようだ。
「・・・・・」
意識が少しずつ回復した女性は現状を確かめる為、体は寝かせた状態のままゆっくりと薄く瞳を開けて様子を窺う。
「それにしてもこの人の怪我、誰かに襲われたんですかね?」
「まあ、そう考えるのが妥当だろうな」
「(あれ、あの子・・・・!)」
薄目で見ている視界に映る二人組の内の一人の少女の容姿に内心で大きく反応する女性。
その少女は自分と同じ獣の耳と尻尾・・・自分と同類の存在であった。しかし、彼女の事をよく観察すると、女性は思わず息を吞んだ。
「(嘘! あの子は・・・!)」
「それで・・・いつまで狸寝入りを決め込むつもりだ?」
「!?」
「え?」
ヒビキがすでに女性が目覚めている事を看破して、彼女に話しかける。
猫香の方は未だに気付いておらず、ヒビキの言葉に疑問の声を出す。
「・・・気付いていたのね」
「ああ、随分とくさい芝居だったがな」
「(私は見抜けませんでしたけど・・・)」
女性は寝ていた体制を起こし、ヒビキと向き合い自己紹介をする。
「助けてくれてありがとう、私の名前は綾猫というわ。そして・・・久しぶりね、猫香」
「え・・・・・」
「記憶がない?」
「はい・・・」
「なるほど、道理で不思議そうな顔を・・・」
猫香の反応に納得をする女性。
そこへ、ヒビキが女性に話しかける。
「それで、肝心のお前は一体どういう存在なんだ? 人間・・・ではないだろ」
ヒビキの質問に綾猫が彼と向き合って答える。
「私は半魔獣と呼ばれる存在・・・人間とも魔物とも違う存在よ・・・」
そして彼女はより深く語り出した。
自分の存在について・・・・・。
「私は元々魔物の一体だったのよ」
彼女の衝撃の事実に二人は驚いた。
目の前にいる女性の正体がまさか魔物であったとは思いもしなかったのだ。
しかし、次の一言がさらに二人を混乱させる。
「そして・・・人間でもあったわ」
「えっと・・・?」
今しがた自分を魔物だと語ったはずが、次には人間だと言い僅かな混乱に陥る猫香。しかし、ヒビキは冷静に彼女の発言を分析し、そして結論へと至る。
「魔物だった・・・人間でもあった・・・二つとも過去形」
「・・・・・」
「最初に自分を半魔獣と言っていたな。人と魔物が組み合わさり一つの新たな生命体となった、という事か・・・・・」
ヒビキの推測に綾猫は感心したような表情をした。
「その通り・・・二つの命が一つとなり、そして生まれた存在、それが私・・・いや、私たちよ」
そう言った綾猫の視線はヒビキではなく猫香に向いていた。
彼女の話を聞き、猫香は僅かに心音を高めながら綾猫へと質問をする。
「あの・・・貴女は私のことを知っていた。つまり・・・私も・・・」
「ええ、そうよ」
猫香の言葉に綾猫が頷いた。
彼女から告げられた突然の自分の正体に猫香は思わず呆然とする。
「私が・・・魔物と人間の掛け合わせ?」
猫香は自分の両手を見つめながら一人呟いた。
記憶の無い彼女にはこの事実をどこか受け入れられない部分があるが、それでも質問を続けていく。薄れている記憶を取り戻し、全てを思い出す為に・・・・・。
「教えてください、私たちはいったい・・・?」
「・・・・・私たちはこのE地区内で活動しているある科学者によって創り出された実験体よ、平たく言えばね」
「実験体・・・」
綾猫は顔を伏せて話を続けていく。
「この地区内には表だっては存在を明かされていない実験を行っている場所があってね。私やあなたはそこで生み出されたのよ」
「そ、そんな・・・でもどうして私の記憶が・・・」
「恐らく・・・意図的に消されたのね」
綾猫は気の毒そうな目を猫香へと向ける。
彼女が言うには、製作者であるマッドサイエンティストの科学者はこれまで何人もの失敗作を作り出してきた。魔物と人間を交えた生命体など簡単に創り出せるものでもない。多くの失敗作の果てにようやく僅かな成功体が完成する。
そして、失敗作は記憶を消され、廃棄される。
ここにいる猫香の様に・・・・・。
「そんな・・・じゃあ私は・・・」
綾猫から話された内容に猫香は息を吞む。
そんな彼女のことを横目にヒビキが疑問を綾猫へと投げかける。
「理解できないな・・・廃棄といっても外に放り捨てるだけでは危険だろう。こいつがもし記憶を思い出した場合、非合法な実験の事実が明るみに出る可能性がある」
「・・・恐らくだけど、猫香、あなたは廃棄の直前に逃げ出したのだと思うわ」
「・・・・ちょっと待て、コイツの記憶は製作者に消されたんだろう。そんな状態でここまで実験場から逃げ出したというのか?」
「それは分からないわ、でも、この子は廃棄リストに載っていたのも事実」
「・・・・・・」
現状の情報だけでは矛盾している点が見られる。
廃棄される者は記憶を奪われ、処分される。しかし、猫香は記憶を失った状態でそこから逃げ出したという事らしい。
「とりあえず、猫香の事は置いておいてお前がここまで来た経緯を話してもらおうか」
「・・・そうね、私は生みの親の屋敷・・・いえ、研究所から逃げ出したのよ。私を始め、あの男に創りだされた子達は皆、製作者であるあの男の事を信頼している。表向きはニコニコと笑って私たちを可愛がっていたからね」
綾猫は拳を握りしめ、消え入りそうな声で呟く。
その声にはとても強い悲壮感が漂ってた。
「今も、あの男に皆はたぶらかされている・・・!」
わなわなと握りしめた拳を振るわせ、悔しそうな声を絞り出す綾猫。
「私たちを創り出したあの男は己の欲望、そして研究心を満たす為に私たちを自分の都合で創り出し、不要になれば廃棄する。生み出されたばかりの私は外面の良さに欺かれ、そしてその本質に中々気付けなかった・・・!」
彼女達は生まれてからすぐ使用人として働かされていた。自分たちを産み出した親であるあの男は中々に大きな豪邸に住んでおり、自分たちはそこで彼の命に従い生きていた。
自分を産み出してくれた主人に仕える事自体は綾猫を初め、皆が従順に従っていた。それはあの男が常に自分たちに甘い顔を見せていたからだろう。
だが、此処にいる彼女は真実を知る。
その屋敷に存在する地下室、彼女はそこの入り口を偶然にも見つけてしまったのだ。
「~~~~♪」
鼻歌交じりにたくさんある部屋の内の一つを掃除する綾猫。
俗にいうメイド服を身に纏い、掃除を続ける綾猫。
「よしっ綺麗になったわね・・・ご主人様、褒めてくれるかしら」
彼女が次の部屋の掃除へと向かおうとすると、そこに愛しの人物からの声が掛かって来た。
「掃除ご苦労様、綾猫」
「あら、ご主人様♪」
彼女に話しかけて来た人物は、探朽ススムと呼ばれる男性。
自分たちの生みの親であり、この屋敷の主人であった。
そして――――狂気に身を宿した科学者であった・・・・・。




