第百二十四話 もう泣かせない、もう苦しませない
E地区内で多発していた連続暴徒事件、その真実は一人の魔法使い、名を暗夜ホセと呼ばれる男によって引き起こされた事件であった。彼がE地区でばら撒いた魔道具を利用した者達が暗夜ホセの策略により操られ、そしてその後、意識不明の昏睡状態に陥った。
だが、現在被害者であった者達の意識は全員回復し、腕にあった黒い痣の様な物も消え、魔力の搾取も行われてはいなかった。
だが、事件の首謀者、暗夜ホセの姿は現在も行方不明である。
あの日から数日後、九月ももうすぐ終わりの頃、夏野ケシキはあの日目覚めた個性魔法は現在は使用できなかった。どうやら、一時的に目覚めただけだったようだ。しかし、魔道具による副作用も消え、今では健康体へとなっていた。
もっとも、事件の後にナツミや警察からは随分と絞られ、そして学園からは二日の謹慎処分を受けはしたが、今では元気よく学園へと通っている。
警察は今でも暗夜ホセはどこかで逃げ延びていると思っている様だが、その真実は恐らく謎に包まれたままだろう・・・・・何しろ、その本人はすでにこの世に細胞の一欠けらすらも存在しないのだから。
アタラシス学園の第五訓練場には一人の男子生徒が自主訓練に勤しんでいた。
もう魔道具には頼らず、己の力だけで強くなるために、そして、自分を救ってくれた姉をもう泣かせないために・・・・・。
この少年にとっては謹慎処分まで受け、つらい経験となったのだろう。しかし、この事件をきっかけに一人の少年は一歩先に進むことが出来たのだった。
その頃、学園の廊下では二人の生徒が対峙していた。
夏野アヤネと神保シグレである。
「今回の一件は、貴女にも責任があるのでは?」
シグレは鋭い視線でアヤネの事を射抜く。
「風紀委員の弟が学園で警告までされた力に手を染める。事前に止めることが出来なかった貴女も責任を感じるべきです」
「ぐ・・・・」
「はっきりと申し上げますが、貴女の弟の行いは悪としか言いようがありません・・・今後、このような事が無いように目を光らせておいてください」
シグレはナツミにそう忠告すると、その場から立ち去って行った。
ナツミとの話の後、シグレは小さな声で誰も居ない廊下で呟いた。
「この学園の生徒にも見過ごせない悪がはびこり始めている。このまま放置しておいていい問題ではないな・・・」
そう言う彼女の瞳はいつもの綺麗な物とは違い、僅かに濁りを帯びていた。
すると、自分の進路先から白猫の少年が小走りで近づいてきた。その存在に気付いた彼女の瞳はいつもの物に戻り、近づいてきた白猫の少年と穏やかな表情で会話を始めた。
神保シグレ、〝悪〟という存在を強く嫌悪する少女。
果たして、何がそこまで彼女を突き動かすのだろう・・・・・。
ナツミはシグレに忠告を受けた後、僅かに気分が沈んでおり、特に意味も無く廊下の窓の外を眺めていた。
今回、彼女の言っていた通り、ケシキの暴走を止めることが出来なかった自分に対して少なからず負い目を感じていた。ましてや、自分は弟の様子が少しおかしい事に気付いていたのだから。
「・・・・・」
ナツミは廊下の外に映る窓の外の景色を眺めてため息を吐いた。
「(空はあんなにも青いのに、それとは裏腹に私の心は晴れない・・・)」
彼女はもう一度、外に映る青空を眺めながらため息を吐く。
すると、そこへため息の元となる弟のケシキがやって来た。
「姉貴・・・」
「あら、ケシキ・・・」
訓練場から戻って来たケシキが偶然にもナツミの姿を確認し、彼女の元まで近づいてきた。
「今から帰りか?」
「ええ、そうだけど・・・あなたは訓練の方は終わったの? ここ最近よく勤しんでいたようだけど」
「終わって今から帰りだ・・・一緒に帰るか?」
お互い同じ屋根の下で暮らしている実の兄弟。
もちろんナツミにも断る理由がないため、二人は学園に出口まで向かって行った。
学園を出て帰路につく二人。
特に会話もなく、ただ黙々と歩き続ける二人。そんな空気の中、ケシキはナツミに語り掛けた。
「なあ姉貴・・・悪かったな」
「・・・それは、何に対して?」
ナツミが謝罪に対して、それが何に対してのものなのかを問う。
ケシキは顔を僅かに俯かせながら、言葉を続ける。
「力欲しさに過ちに手を伸ばし、姉貴に色々と迷惑かけちまった・・・傷つけもした」
「・・・・・」
「だからよ、もう間違えたりしねぇ・・・今回は、悪かった」
「まったく、当然よ」
ナツミはクスリと小さく笑った。
普段は見せる事の無い素直な弟の態度に思わず小さく噴き出してしまうナツミ。
そんな彼女を見てケシキも小さく笑った。
今回の一件で、自覚はないであろうがケシキとナツミ、互いの思いやる気持ちが強くなっていた。
もう、姉を悲しませ泣かせはしない。
もう、弟にあのような苦しみを与えはしない。
夏野兄弟はそれぞれの想いを胸に、二人の暮らす自宅へと向かって行った。