第百二十二話 目覚める弟
「何だ・・・・・?」
ホセはケシキの姿を見て疑問の声を吐いた。
ナツミを攻撃しようとしていたケシキ、だが、彼が振るった拳は彼女の目と鼻の先で停止していた。
「・・・ケシキ?」
ナツミが目の前にいる弟の名を呼ぶ。
次の瞬間――――
――ボシュウゥゥゥゥゥゥッッ!!!――
ケシキの体から赤い魔力が辺り一帯へと流れていく。
「な、何だ!?」
突然の予想外の事態にホセの表情に焦りが走る。
他に居る者達も事態の変化に人形を相手取りながらも状況を見守る。
「ケシキ・・・?」
不安そうな顔で自分の名前を呼ぶ姉、ナツミ。
そんな彼女の言葉に――――
「迷惑かけたな・・・姉貴」
ケシキが光の灯った瞳でそう返した。
「バカな! 洗脳が解除されたのか!?」
「くっ・・・この愚弟! 長々と眠っていて!!」
そう文句を言うナツミではあるが、彼女の表情は安心感に満ち溢れていた。
ようやく・・・弟が帰ってきたのだ。
「どうやらもう大丈夫そうだな」
遠巻きに様子を見守っていたタクミが人形を吹き飛ばしながら安堵の息を吐く。
ミサキとレンも人形を倒しながらほっとした顔をする。
「そんな・・・俺の洗脳が解除されるなんて・・・」
対するホセの表情には焦りの色が強く出ていた。
「(くっ、どうする!? 夏野ケシキも敵に回ってしまった・・・人形だけでは・・・!!)」
ホセは咄嗟に頭を下げる。
その直後、一発の銃弾が彼の頭上を通り過ぎて行った。
「チッ! 避けられるか!!」
ナツミの撃った銃弾は読心の力で先読みされ、やはり一筋縄には当てられない。
しかし、現状で追い詰められているのはホセの方であった。彼は元々この戦いで勝利を収めるつもりなどないのだ。人形達に足止めをさせている間にこの場を離脱し、姿をくらませようと考えていたのだ。
だが、今の状況ではそれも思う様にはいかない。この空間から逃げようとしても、周囲に人が密集しているこの場では、この場に居る者達も一緒に連れて行く事になる。それでは場所が変わるだけでここにいる連中から逃げることが出来ない。
「(どうにかこの場から・・・!)」
ホセの呪縛から解放されたケシキ。彼は周囲の確認をし、そしてその中にいるホセの姿を確認する。
そして――――
――ドゴォォォォォォンッ!!――
「がごぉ!?」
一瞬の内にホセの元まで迫り、彼のことを殴り飛ばしていた。
「なっ!?」
今しがたまで目の前にいた弟が一瞬でホセの元まで消えた様に移動した事にナツミが驚きを露わにする。
この場で彼の姿を目で追う事が出来たのは恐らくタクミくらいだろう。
しかも、今の状態のケシキにはある変化が起きていた。
それは、魔力の質が変化しているのだ。
「ケシキから感じるこの魔力の質は・・・個性魔法の物!」
彼の肉体は現在赤い魔力で覆われている。つまりあれこそがケシキの個性魔法という事だろう。
「ぐっ・・・ごばぁッ!!」
殴り飛ばされたホセは、地面に倒れ込んでいる肉体を起こし、口から血を吐き出して吐血していた。
「お・・・重い!? こ、コイツの身に何が!?」
しかし、ケシキ本人はその疑問に答える素振りも見せず、ホセの元まで走る。
迫り来るケシキの姿にホセは彼から距離を置こうとするが、離れようとした瞬間、ホセの足が銃弾に撃ち抜かれる。
「ぐわぁッ!!!」
銃弾が飛んできた方角に目を向けると、アヤネがこちらに銃口を突き付け、狙いを定めている姿が確認できた。いくら相手の心の声が聴きとれるとしても、意識を今の様に一人の人物へと向けていると、このように他の対象からの声を聞き逃す事があるのだ。
ようやく攻撃が当たった事に調子づき、アヤネはさらにホセに目掛けて連続で発砲する。
その攻撃を回避するホセであったが、アヤネに攻撃を仕掛けられ、再びホセの意識が切り替わりケシキから一瞬目を離す。
「どらあぁぁぁッ!!」
その掛け声と共に、ホセの目の前まで接近していたケシキが拳を突き刺す。
――バギィィィィッ!!――
「がうあっ!?」
再び殴り飛ばされるホセ、そして彼は、殴られながらも次のケシキが放とうとしている攻撃を読み取り顔を青くする。
心が読めるゆえ、相手の攻撃に対する恐怖心は強くなる。
ましてや、それを避けれないと悟ってしまえば尚更だ。
「魔力砲ッ!!!!!」
「ぐあああああああああッッ!!??」
特大の魔力の砲撃はホセの体を飲み込んでいき、彼ははるか遠くまで飛ばされていく。
その砲撃は周囲にいる人形達も飲み込んでいき、形成は一気に逆転した。
「・・・・・ふう」
魔力砲により放たれる魔力を収め、一息つくケシキ。
そんな彼にナツミが近づいて来て、ホセがどうなったかを聞く。
「どうケシキ・・・やったの?」
「分からない・・・少し遠くの方まで吹き飛んでいったみたいだからな」
ホセを仕留めたかどうかを確認する為、ケシキは彼が吹き飛んでいった方角まで走り始め、その行方を追う。その後ろにはナツミも付いて来ていた。
「キミたち! 少し待ちなさい!!」
ゾンビの様に立ち上がる人形を相手取りながら、吹き飛ばしたホセの元まで駆けて行くケシキたちに制止の声を投げかけるアヤネ。しかし、ケシキはアヤネに頭を下げながらもその足を止めようとはしなかった。
「スンマセン、アイツには借りがあるんで!!」
一言の謝罪と共に、ホセの元へと向かって行ったケシキ。
アヤネも軽く頭を下げながら、ケシキの後を追う。
「まったく・・・最近の子は・・・!」
アヤネは片手で頭を押さえながら、目の前の人形の処理に当たりながら、二人の後を追おうとする。
「ぐっ・・・はあっはあっ・・・くっ・・・!」
ケシキの魔力砲によって吹き飛ばされたホセであったが、彼は痛む体を無視して、ある魔道具を取り出した。
それは一定の空間を切り取る魔道具、〝空間切断〟である。ケシキ達をここに呼び寄せたこの魔道具に魔力を込め、彼はその魔道具を使用した。
そして、魔力を込めた次の瞬間、ホセの姿はこの辺りの空間から消えた。
「・・・いない」
ホセが吹き飛ばされた場所まで辿り着いたケシキであったが、彼がここまでくる直前、ホセはすでに別の場所へと移動をしていた。
「今しがたまでこの辺りに奴の魔力を感知していたのに・・・」
「やられたわね」
「姉貴・・・」
ケシキに遅れて到着したナツミ。
彼女もまた、ケシキ同様にホセの魔力を感じ取っていた。しかし、ここに到着する直前にその魔力が煙の様に消えてゆくのを感じていた。
「突然魔力が掻き消えた・・・私たちをこの森林へと連れ込んだのと同じ手口ね」
「・・・あれ? そう言えば俺はいつからここに・・・?」
「そういえば、アナタは操られていたわね・・・情けの無い事に」
「うぐっ・・・それより、今は消えたあの男だろ」
バツの悪そうな顔でホセの行方について話すケシキ。
彼女も意識を切り替え、ケシキの言う通り、ホセについての捜索に当たった。
「まだ近くにいるかもしれないわ・・・とにかく探しましょ」
「ああ・・・このまま終われるかよ!!」
鼻を鳴らしてケシキが意気込む。
しかし、その頃ホセはここから離れた距離へと退避していた。
だが、この時ホセは自ら更なる窮地へと足を踏み入れていた・・・・・。
その結果、自らの命が絶たれる事になるとは、さすがに彼でも読み切れなかった・・・・・。