第百二十一話 力を求めた原点
暗く光の届かない闇の中を彷徨うケシキの耳に聴こえて来たのは姉であるナツミの声であった。
「姉貴・・・どこだ?」
姉の声に反応して辺りを見渡して見るが、ナツミ本人の姿は確認できない。
すると、ケシキの目の前に光が灯り出した。
その光の中には幼き頃の自分と姉の姿が映っていた。
『ああぁぁ~~ん!!』
『もう、そんなに泣かないの』
大声で泣きわめく自分、そして、そんな自分をなだめている姉。
よく見るとケシキの膝の部分が赤くなっている。恐らく転んでしまい、そして大泣きしたと言うところだろう。
その光景を見ている現在のケシキの顔が赤く染まる。
「って・・・何だよこの映像・・・過去の物か?」
正直、この光景が過去に起きた事実の出来事かどうかは覚えていない。
しかし、思えば昔の自分は大層な泣き虫であった。
「今更こんな自分の姿を見るとは・・・」
ケシキは恥ずかしさから顔を紅く染めながらも、目の前の光に包まれている映像を見る。
『痛いよぉ~!』
『少し擦りむいたぐらいでしょ、大げさよ』
ナツミはしゃがんで擦りむいたケシキの足を見る。
少し擦り傷が見られるが、そこまで大げさに騒ぐほどの怪我ではない。
『ひぐっ、ひっく・・・』
『ほら、泣き止みなさい』
ナツミがハンカチで擦りむいてわずかに出血している箇所を拭ってあげる。
『おんぶぅ・・・』
『もう・・・しょうがないわね』
ナツミはぐずっているケシキを背負ってあげる。
そのまま帰路へと着く二人。
『ありがとう、お姉ちゃん』
『まったく・・・世話が焼ける子ね』
「・・・そういや、こんなこと・・・あったっけな・・・」
光に宿っている映像を見てケシキが呟く。
すると、目の前に映る光景が変化して、別の映像が流れる。
『くぅ・・・ッ!』
『お、お姉ちゃん!!』
切り替わった映像の中では、ナツミが肩を押さえて唸っていた。
彼女が押さえている箇所は、まるで何かに引き裂かれた様に切り裂かれていた。
『グルルルルルルルッ!!』
二人の目の前には低い唸り声を上げながらこちらを見ている魔物がいた。
その魔物の爪には赤い血が付着していた。
『ぐ・・・まさかこんな場所に魔物が・・・!?』
『お姉ちゃん、血・・血がっ!!』
「これって・・・・・」
今見ている映像には心当たりがある。
これは、昔、買い物の最中に逃げ出した魔物に襲われていた時の物だ。確か・・・動物園へと移送している最中に逃げ出したんだったか・・・?
映像の中の幼き姉は肩を鋭い爪で割かれ、衣服の上に血が滲んでいる。そして自分は相も変わらずオロオロとしている。
「我ながら情けないな・・・」
過去の自分だと分かっていながらも、ケシキは思わず映像の中に入る自分に対して呆れる。
『ガウァァァァッ!!』
『くぅっ!』
ナツミはケシキの手を掴んでその場から走り去る。
しかし、獣の脚力には勝てず、すごい速度で距離を詰めて来た。
『ガウウウウウウウッ!!!』
『くぅ!!』
『食べられるぅッ!!』
迫り来る魔物の鋭利な牙。
だが、その直前に二人の耳に銃声の音が聞こえて来た。
その音が聴こえてから数瞬後、魔物は地面に横たわり寝息を立て始めた。
『キミ達、大丈夫か!!』
そこへ猟銃を持った数人の大人がやって来た。
『おい、コイツをすぐに拘束するぞ! 麻酔銃が当たったとはいえ、まだ油断はできない!!』
数人がかりで眠っている魔物に拘束を掛ける大人たち。
あと一歩で危うく食べられそうになっていた事を冷静に考えてしまうと、ナツミもその恐怖から今更ながらに盛大に泣き始めてしまった。
その光景を眺めていたケシキは思い出した。
「ああ、そうだ・・・この時からだったな」
――自分が、強くなろうと決心したのは――
いつもは泣いてばかりいる自分のことを慰めていた姉が、初めて年相応の子供として泣いたのだ。
そんな彼女の姿を見て、自分が強くなってもう泣かせない様にしようと幼い頃の自分は心に決めたのだ。
「それなのに・・・今の俺は何だ?」
力欲しさに禁断の道具に手を伸ばし、それで強くなった気でいた。まさに道化も良いところだ。
なにより・・・そのせいでナツミの瞳には涙が浮かんでいた。
「泣いてほしくなかったから強くなろうと思ったんじゃないのか・・・俺は・・・」
ケシキは光の中に映る自分の泣いている姉の姿を見て、拳を握る。
「俺は・・・」
ケシキの体から魔力が放出される。
「俺は・・・!」
彼の放つ魔力はどんどん大きくなり、そして、その魔力は赤い色を帯び始める。
燃える様な赤い魔力がこの暗闇の世界をどんどん覆っていく。
――「目を覚まして! ケシキ!!!」――
ナツミの自分を救おうとする声が聞こえて来た。
今もなお、現実の世界で必死に呼びかける姉の為、彼は――――
「俺は、もう姉貴を泣かせたくねぇッ!!!!」
ケシキの心の叫びと共に、彼の肉体からは赤く染まった魔力が暗闇を照らし、魔力を放出しながらケシキの意識は途切れていった・・・・・。