第百十六話 特定
アタラシス学園の体育の授業、一年Eクラスでは現在、魔力を使用した組手が行われていた。
一対一による接近戦の強化を目的としており、それぞれの生徒が離れて組手を行っている。そんな中、一際目立つ生徒が一人いた。
「ハアッ!!」
「ぐわぁ!」
「そこまで!」
たった今、一人の男子が対戦者を圧倒し、教師から終了の合図を投げられた。
「すげえな」
「ああ、これで四人抜きだぜアイツ・・・!」
クラスメイ達はその人物に賞賛の言葉を送る。
「これで四人目、次は誰だ!」
クラスメイトから賞賛の言葉を受けている人物は夏野ケシキ。
彼は自分の調子の良さに気分がよくなり、いつもよりもテンションが高くなっていた。
「次の奴! やらうぜ!!」
「そこまでだ夏野、もう授業時間終了だ」
僅かな興奮状態のケシキを諌め、授業終了を告げる教師。
ケシキは若干燃焼不足感はいなめなかったものの、満足そうな表情で下がって行った・・・・・。
Eクラス内では皆、ケシキの実力に更に磨きがかかったことに騒いでいた。
「夏野君、クラス別の大会の時よりも強くなっていない?」
「ああ、魔力も前より上がっているみたいだしな」
クラスメイトたちが盛り上がる中、ケシキ本人はクラス内に姿が確認できなかった。
話題となっている本人は今、学園のトイレへと足を運んでいた。しかし、それは用を足すためではない。
「ぐっ・・・はぁ、はぁ・・・」
男子トイレの個室の中、ケシキは大量の汗を掻きながら苦しみを味わっていた。
体育の授業中には好調であった体調が、授業が終わり出すと同時に不調へと変わり始めたのだ。
「これが・・・代償・・か」
魔道具の力で以前以上に魔力が上昇し、実力は確かに伸びた。
だが、うまい話には裏があるもの。ケシキの今のこの状況こそが、まさにそれであるだろう。
全身から魔力が流れ出て、意識も薄れかける。あの魔道具を使用してから時たまにこの様な不調の波が襲い掛かるのだ。
「ぐ・・・ふう・・・・・」
しばらくすると、体の落ち着きを取り戻し始め、ケシキの容体も安定して行く。
そして、彼は数度呼吸をして息を整え、個室の外へと出て行った。
E地区内で続出する意識不明者達。警察達に警戒をされている為、ホセはこれ以上の魔道具をばら撒くことは中断することにした。それに、あと一息で魔力が完全に溜まるのだ。
彼は人気のない場所まで移動すると、大量のどす黒く濁っている宝石を眺めて恍惚な表情を浮かべる。そして、彼の持っている宝石の中に一つだけ他の物とは違い、微かにだが黒ずみながらも綺麗な色を残している宝石があった。
「あとはこの子だけだな・・・」
男は完全に黒く染まっていない宝石を摘まんで、それを眺めた。
そして、それを追う二人の人物。
白髪の少年と赤髪の女性。二人は現在、この地区の魔法警察とは別に独自にホセを追っていた。
「すでに幾人か被害にあっているようですね」
「ええ、まったく・・・調子に乗っているわね」
赤髪の女性、ルアーネは小さく舌打ちをする。
そんな苛立つ彼女とは正反対に、白髪の少年タツタは落ち着いて捜索を続ける。
「彼はあの魔道具で魔力を他者から集めています。それは大掛かりな〝あの魔法〟を使用する為・・・出来る事なら人目の付かない場所でその魔法を使うはずです」
「でも、今は魔力を押さえているし、見つけるのは困難じゃない?」
「ええ、ですが、何もせずにただ待つよりはいいでしょう。何か手がかりがあるかも・・・」
「私少し疲れたわ・・・ねえ、あそこで休みましょう」
そう言ってルアーネは近くの一件の建物を指さす。
ルアーネの指した場所はホテル・・・だが、そこは俗にいう・・・・・。
「・・・・・」
「ね・・・入ろ?」
ルアーネは頬を染めながらタツタの手を繋ぐ。
「行きますよ・・・・」
しかしタツタはそんな彼女の誘いを断り、彼女が繋いできた手を握ってその場から離れて行く。
そんな彼のつれない態度に彼女は頬を膨らませた。
「・・・もう、根性なし~」
「俺も貴方も未成年です。少しは自重してください」
ルアーネは少しむくれてそっぽを向く。
しかし、彼の握っているその手は決して放そうとはしなかった。
学園での一日が終わり、ケシキは自宅へと一刻も早く帰ろうとしていた。
「(く・・・苦しい、魔力がまた勝手に漏れだしているッ!)」
学園で一度は落ち着いた症状が、学園を出る直前に再び再発した。
速足で帰ろうとするケシキであったが――――
――がしっ――
「あぁ?」
突然誰かが自分の腕を掴んできた。
ケシキが手を掴んでいる人物に顔を向ける、すると、彼の表情に苦しみとは別に、不味いという感情が沸き上がって苦い表情をさせる。
腕を掴んでいる人物は自分の姉、夏野ナツミであった。
「待ちなさいケシキ、あなた・・・明らかに苦しそうね・・・何を隠しているの?」
「何のことだよ・・・離せよ」
ケシキは姉の手を振り払おうとするが、彼女は決してケシキのことを解放しようとはしなかった。
「事情を話すまで解放しないわ・・・話しなさい」
「うるせぇ・・・離せ」
「だめよ、離さない」
一歩も譲ろうとしないナツミに苛立つケシキ。
だが、内側から襲ってくる苦痛にいつもの様にはねのける事が出来ない為、口で説得するしか今の彼には選択肢が存在しなかった。
「ケシキ・・・そんな苦しそうな・・・」
「うる、さいッ!」
ケシキは勢いよく腕を振るって彼女の手を振りほどう。
その時、ナツミを振り払う為に勢いよく体を動かしてしまい、彼のポケットからある物が落ちた。
「え・・・」
「あっ!」
弟のポケットから落ちた物を見て、ナツミは固まってしまった。
「宝石・・・まさか、それ」
「ぐっ!?」
ケシキは落としてしまった魔道具を慌てて拾うが、時すでに遅し・・・ナツミの目は確かにソレを確認してしまったのだ。
ナツミはケシキに厳しい目を向けながら、事情の説明を求めた。
「今の宝石・・・それにあなたの明らかにおかしな様子・・・色々聞かせてもらうわよ」
「・・・・・」
ナツミの言葉に、体に襲っていた苦しみが消えたにも関わらず、ケシキの心の中は別の苦しみが溢れていた。
ホセはE地区内の拠点として利用しているねぐらまで戻る途中であった。
彼は現在、普通であれば人が来ない森林地帯へと拠点を確保していた。魔法ができてから、森林が増えたこの世界では、このように隠れ蓑に使えそうな場所はいくらでもある。
そして、自分の利用しているねぐら付近の場所まで来たホセであったが、彼の足は止まった。
「・・・これは」
彼が拠点としていた場所では、複数の魔法警察が待機していたのだ。
「お帰りなさい・・・待っていたわぞ」
その中の一人、星川アヤネが一歩前に出てホセを見る。
「あなたの正体はもう掴んでいる。件の連続暴徒発生の元凶であることもな」
アヤネの言葉にホセは目を細めた。
「何故・・・気が付いた?」
「私の個性さ」
アヤネは自らの個性の力を一部開放しており、その力は〝未来予知〟。
彼女は強く執着している事に関連する未来が僅かに見える。今回はこの暴徒事件の真犯人を強く念じる事で、ようやくこの男に辿り着けたのだ。
「さあ、観念してもらおうか暗夜ホセ!!」
「これは驚いた、名前まで特定しているとは」
アヤネ達はホセに拳銃を構える。
その状況に彼は小さく息を吐いた。
「仕方ない・・・あまり運動はしたくないんだけどなぁ」
その言葉と共に、彼の魔力が解き放たれた・・・・・。