第百十五話 変化
そこそこの人だかりがはびこる街中、レイヤーは辺りに並んで建てられている建造物を横目に見ながら歩いていた。特に当てが在る訳ではなく、彼女は今、ミサキに言われた事を考えながら歩いていたのだ。
「(何故魔法を消そうとしていたか・・・・・)」
レイヤーの脳裏に、あの夜の記憶が蘇る。
あの夜、ミサキとセンナの二人にやられたレイヤー。
ミサキは未だに戦っているタクミの元へ、そして、この場に残ったセンナは倒れている自分へと近づいてきた。
『早く・・・止めを刺しなさい』
ボロボロになりながらも、センナに止めを刺すように促すレイヤー。
そんな彼女を見て、センナは小さく笑った。
『レイヤー、お互い随分無様な姿になったものよね』
『・・・・・はぁ?』
『目的は元は同じだった・・・だけど私はミサキの愛情に負け、そしてあなたはミサキと私に敗れ・・・お互い、同じ人物に負けた』
『それが・・・どうしたのよ?』
『私は、この世界には絶望しか感じていなかった。でも、彼女のお蔭で、自分の行いが完全な過ちである事に気付けたわ。レイヤー・・・あなたは私と同じ境遇だった』
センナはどこか悲しみを帯びた目をレイヤーへと向けながら、彼女に語り続ける。
『あなたは実の両親に虐待を受け、そして弟を魔法使いの両親に過度な虐待で殺された・・・暴行にまさか魔法まで使うとはね・・・・・あなたから聞いた時は心底驚いたわよ。そして、あなたはその後しばらくの間孤児院で暮らし、その後私たちと出会い仲間となった・・・魔法という力を消す為に・・・』
『・・・・・』
『でもね・・・私と同様、あなたも気付いていたんでしょ。こんな事・・・虚しさしか残らないって』
センナの悲痛そうな声を聴き、レイヤーは目元を腕で隠しながら口を開く。
『気付いていたわよ、そんな事』
『レイヤー・・・』
『魔法が憎いのは事実だった。でも、魔法を消しても死んだ弟はもう還らない。ただ、八つ当たりしていただけ・・・・・』
レイヤーは歯を食いしばりながら、自らの本音を語る。
『黒川ミサキ、久藍タクミ、魔法を消す為・・・そのどれもが本当は二の次三の次・・・この胸の苦しみを取りたくて癇癪を起していただけ』
『そう・・・』
『苦しくて・・・痛くて・・・目に映るすべてがイラついた』
彼女の腕によって隠されている目元から、一筋の涙が零れ落ちる。
『魔法が消えればいいとは思っているわ。だけど、それが成就されても私はきっと変わらないわ』
『・・・・・』
『早く・・・止めを刺してよ。それで楽にして・・・弟が居ないこの世界では、私はこれからも駄々をこねて暴れまわるだけよ。また、腹いせに久藍の銀髪や、アンタの仮初の妹ちゃんを殺すかもよ?』
レイヤーは小さく笑いながら止めを刺すように懇願する。
もう、疲れたのだ、この世界で生きていくのは・・・・・。
『・・・・・』
センナは彼女の体にそっと手を当てる。
そして・・・自分の魔力を彼女に分けてあげた。
『なっ!?』
『悪いわね、私も余り魔力に余裕がないの。これで我慢して』
『馬鹿・・・何をしてるのよ』
自分に止めを刺すどころか、目の前の彼女は自らの魔力を分け与えてきた。
センナはレイヤーに微かな笑みを浮かべながら言った。
『あなたも、この世界をもう少し生きて見なさい。今のあなたの姿を見て、少なくともミサキのことをもう狙うとは思えないし・・・』
『何を根拠に! あんたにとって黒川ミサキは妹同然なんでしょ! それを殺そうとした私を生かすなんてどうかしているわ!?』
レイヤーの当然の主張にセンナは薄く笑みを浮かべる。
『そうね、でも・・・今のあなたなら、殺してほしいとさえ懇願してきた今のあなたはとても儚く、脆そうに思えるわ。少なくとも今のあなたは今までの様に生きていけるとも思えない』
『・・・ちっ』
『あなたももう一度、この魔法ができた世界を見て回ってみたらどう? この世界は本当に壊すべきか否か、その答えが見つかるかもしれないわ』
センナは立ち上がり、そして最後にレイヤーを見て言った。
『お互い、死んだ妹、弟の分まで生き続けてこの世界の行く末を、その命尽きるまで見ておこうじゃない』
そう言ってセンナはミサキの元へと走って行った。
レイヤーは偽りの妹の元まで全力で駆けて行くセンナの後ろ姿を眺めながら、一言の言葉を漏らした。
『畜生・・・』
それは、勝負に負けた事に対しての悔しさか、自分の本心を晒してしまった羞恥心からきているのかは解らない。
だが、この時の彼女の瞳には一筋の光が差していた。
「(センナ・・・あんたはイカれているわ。こんな危険な女を見過ごすんだから・・・)」
彼女が変わり出したのは弟の死がきっかけであった。
彼女がまだ小さい頃、それよりもさらに一回り幼い弟が居た。両親はいわゆる人間の屑、子育て、教育という大よそ普通の一般家庭の人の親がするべき行為が出来ない不適合者であった。
子供も好きで作った訳ではない、気付けばいつの間にか出来ていたというべきだろう。
だが、レイヤーにとって弟の存在はそんなどうでもいい物とは違った。
自分を心配し、支えてくれた存在であった。そんな弟を守る為、両親からの暴行をいつも自分が引き受けた。
だが、人ではなく、屑の両親の魔の手はとうとう弟まで伸び・・・そして、取り返しのつかない事態になってしまった。
レイヤーが愛していた弟は電池の切れたおもちゃの様に動くことを忘れてしまった。
父親と母親は互いに責任を押し付け合い、醜く罵り合っていた。そんな醜い姿、言葉などはレイヤーにはどうでもよかった。
彼女は光の消えた瞳で、目の前で動かない弟を見て、壊れたように涙を流しながら笑って見ていた。
その後、両親は逮捕され、自分は孤児院へと送られた。
弟が魔法で虐待されていなければ、殴られる、蹴られる位なら死ななかったのでは?そう考えると、彼女は魔法が危険な力だと子供ながらに思い、その力を消し去ってしまいたいと願った。
「そして、同じ考えを持ったセンナに出会ったのよね・・・でも・・・」
結局彼女はこの世界を変えようとはしなかった。
そして、今の自分もそうだ。センナの言葉を聞き、彼女の妙に甘い部分が一部移ったのかもしれない。
「はぁ・・・」
小さくため息を吐くレイヤー。
すると、自分の足元にボールが転がって来た。
「あ・・・」
声の方を振り向くと、小さな男の子がこちらを気まずそうに見ていた。
「・・・・・」
レイヤーは足元のボールを拾い、男の子の元まで近づき、彼にボールを差し出した。
「ありがとう、おねえちゃん!」
男の子は満面の笑みでレイヤーにお礼を言うと、その場から立ち去って行く。
元気よく走り去っていく男の子の後ろ姿を見ながら、彼女は自分の行動に内心呆れる。
「やっぱり、アイツの甘さが移っているのかもね」
彼女はそう吐きながら、空を見上げる。
そこには自分のもやもやな心情と少し似ており、青く澄み切った空に赤色が混ざり、夕焼け空を僅かに映し出していた。