第百十三話 力の渇望
一面白色の世界で二人の男女、久藍タツタとルアーネ・ネウロは移動の為の用意をしていた。
これから〝自分たちの世界〟から〝向こう側の世界〟へと移る為の用意を。そして大体の用意が済んだタツタがルアーネに準備が完了したかを聞く。
「用意は出来ましたか? ルアーネ」
「ええ、しばらく滞在する為の費用も持ったし・・・必要な所持品も大体持ったわ」
「・・・行きますか」
タツタのその言葉に彼の姿はこの世界から消えた。
そして、それに続くようにルアーネの姿もこの世界から消えて行った。
アタラシス学園では現在、全校生徒が集められてアナハイムから緊急の報告を受けていた。
「ニュースでもありましたが、ここ最近このE地区では不審な宝石に模した魔道具を売りつけている不審な人物がいます。その魔道具はどうやら使用者の魔力を高める代償とし、精神に何かしらの支障をきたすようです。この魔道具によってすでに多くの人達が被害にあい、そして意識が昏睡したままの様です」
アナハイムの報告を聞いていた生徒達は皆、一様にわずかな驚きを表情に表していた。
だが、その中・・・・・・。
「・・・・・・」
一年Eクラス所属生徒のケシキは顔を俯かせていた。
「?・・・どうした夏野?」
隣のクラスメイトが小声で話し掛ける。
「え・・・なんでもねぇよ」
ケシキはそう言って壇上で話をしているアナハイムに顔を向ける。
クラスメイトは少し不思議そうな顔をしたが、同じく意識を壇上の話に再び向けた。
「ですので皆さん、もしも今の話と関連性がある物を所持している場合、すぐに破棄し、それを入手した経緯、そしてそれを自分に授けた人物についての詳細を教えてください」
「・・・・・」
アナハイムの言葉にケシキは再び顔を俯かせた。
アナハイムからの緊急の報告が行われた後、それぞれのクラスへと戻る生徒達。
そして学生の自由に過ごせる昼休み、一年Aクラスでは先程の話でもちきりであった。
そんな中、タクミとミサキはレンに昨日の事件についての話をしていた。
「じゃあタクミ君とミサキは昨日、学園長の言っていた事件の現場に居たの?」
「ああ、どうやら他でも起きているみたいだな」
タクミは頭を軽く掻きながら、昨日の事を思い返し、一つの不安が胸の内によぎっていた。
「まさかと思うけど、うちの学園に居ないよな? その魔道具持っている奴・・・」
「いや・・・さすがにいない・・・う~ん」
一瞬タクミの考えを否定しかけたレンであったが、途中で悩み始めた。
「案外・・・居るのかな?」
「だとしたら、この学園も他人事では済まないよね・・・」
ミサキは不安そうな顔をしながらそう呟いた。
その言葉にタクミとレンの二人も小さく頷いた。
風紀委員会の所属、神保シグレ。
彼女は教室から窓の外の景色を眺めながら、学園長の話を思い返し、小さく拳を握った。
そんな彼女にカケルが近づいて来て、彼女の服の裾をくいくいと引っ張る。
「うん? どうしたカケル?」
「ん・・・シグレ、また少し怖い顔している」
カケルにそう指摘され、彼女は表情を少し緩める。
「すまない・・・顔に出ていたか?」
「うん、犯人許すまじ・・・みたいな」
「ははっ・・・気をつけねばな」
シグレは窓の外に再び視線を移す。
窓の外から見える空はシグレの心とは裏腹にとても明るく、この世界を照らしていた。
すると、クラスメイトのクルミがシグレの傍まで寄って来た。
「シグレ、風紀委員の先輩からの言伝よ。放課後、風紀委員でも話し合いをしたいからいつもの空き教室へ集合ってさ」
「そうか、わざわざすまんな」
「あなたも大変よね。こうゆう時、嫌でも集まらないといけないんだから」
「ん、大変」
クルミとカケルの言葉にシグレは苦笑いで答えた。
「まあな・・・だが、別に苦ではないさ」
そして、廊下でクルミとすれ違い言伝を頼んだ風紀委員のナツミ。
シグレ経由でクルミとも面識があり、彼女に頼み、放課後集まる様にシグレへと促しておいた。
「・・・・・」
しかし、今の彼女は放課後の集まりよりも、実の弟であるケシキに対して悩みを募らせていた。
最近、明らかにケシキの様子がおかしいのだ。何かを隠しているような・・・・・。
「言いたいことがあるなら、素直に白状しなさいよ・・・」
ナツミは小さな声でぶつぶつと呟きながら廊下を歩いて行った。
そしてその弟、ケシキは学園の入り口前の階段に座って校庭を眺めていた。
「・・・・・」
彼はアナハイムの話しを聴き、己の持っている魔道具が危険な物である事を知った。ならば、すぐに手放せばいいのだろうが、〝クラス別魔法戦闘〟での不甲斐無さを自分でもひしひしと感じた彼は、愚かと分かっていながらも、その魔道具を中々手放せないでいた。
しかし、学園長の話のことを考えるとやはり手放すべきだろう・・・・・。
どうすべきかケシキの心の中では激しい葛藤が起きていた。
魔道具を手放すべきかどうか・・・・・。
「おっ、何してんだお前」
「あ?」
悩んでいるところ、自分に向けて誰かが声を掛けて来た。
振り返ると、そこにいたのはケシキの見覚えのある人物であった。
「お前・・・確か前に・・・」
「大会ではお互い殴り合ったからな。覚えていてくれたか」
現れたのはかつて〝クラス別魔法戦闘〟で戦って敗れた、Aクラスのマサトであった。
彼は座り込んでいるケシキに話しかける。
「お前、Eクラスの代表の一人だったよな」
「ああ・・・お前は確かAクラスの・・・」
冷静に考えればお互い名前を知らなかったため、マサトの方から自己紹介をする。
「Aクラスの津田マサトだ。お前は?」
「夏野ケシキだ・・・」
ケシキはそう言ってマサトのことを見るが、そこで彼の魔力が少し変化している事に気が付いた。
「お前・・・なんか前に戦った時よりも魔力が・・・」
「ん、ああ、あの後〝個性魔法〟に目覚めてな」
「!!」
何気なくそう言ったマサトであったが、その言葉にケシキは驚きをわずかに表情に出す。その後、苦虫を噛み潰したような表情をして、マサトを睨み付ける。
突然のケシキの豹変に少したじろぐ。
「な、なんだよ・・・?」
「・・・・・」
ケシキはマサトの言葉に答えず、その場から立ち上がり、マサトから離れて行った。
「俺・・・なんかしたか?」
「・・・・チッ!」
ケシキは舌打ちをしながら歩いていた。
彼の足はまるで憂さ晴らしをするかのように、地面を強く踏みつぶすような歩き方をしていた。
あの男は自分以上の強さを元々兼ね備えていた。
にも関わらずその上、個性魔法まで手にした。自分はどれだけ望んでも未だに発現しないのに・・・。
「力・・・俺にも強い力が・・・」
ケシキはポケットに手を入れ、そこに入れてあった宝石の様な魔道具を取り出した。
「これを使えば・・・・・」
ケシキは手元の宝石を見ながらそう呟く。
宝石を手に持つ彼の手はわずかに震えていた。
そして、ケシキは――――
「・・・・・・」
その魔道具に魔力を注いだ・・・・・・。