第百十二話 動き出す別世界
買い物の最中、突如として現れた暴徒。
しかし、それを見事に撃退したタクミ。それから間もなくしてタクミの通報を受けた警察がやって来た。
パトカーのサイレンの音と共に、車内にいる三人の警察官が車から降り、現場に居るタクミとミサキの元までやって来た。
「キミが通報した子かな?」
「はい、あそこで倒れている人が話で言っていた暴徒です」
そう言って地面に横たわっている青年に指を指して示すタクミ。
青年は両手を文房具店から借りた縄で縛ってあり、そのすぐ近くには彼に殴り飛ばされていた友人二人が意識を取り戻し立っていた。
「警察だ・・・キミ達、ここで何が起きたか教えてもらえるかな?」
警察の一人が犯人の友人である二人の青年から事情を聞き出そうとする。
しかし、警察の質問に対してこの二人も明確な答えは持ち合わせていなかった。
「それが・・・分かんないんすよ」
「そうそう、コイツ、いきなり話の途中でおかしくなって」
今回の騒動の元凶であるタクミに倒された青年は、狂気に駆られる直前までは他の二人と普通に会話をしていたのだ。しかし、どういう訳か何の前触れもなく突然暴れ出したらしいのだ。
「先輩! これを!!」
すると、警察官の一人が拘束されている青年を見て騒ぎ出す。
呼ばれて見てみると、その青年には黒い痣があった。更には彼の所持品からはどす黒い宝石。
「先輩、これは・・・」
「ああ・・・」
倒れている青年を見ながら彼は言った。
「またしてもこの宝石にこの痣・・・件の連続多発している暴徒事件のものだ」
その後、軽い事情聴取を受けたタクミ達、暴れまわっていた青年以外は少しの事情聴取の後に解放された。その際、今回の事件の概要も教えてもらった。ここ最近、今回の様に何の前触れもなく暴動を起こす存在による被害が複数発生しているのだ。
そして、その者達には二つの・・・いや、三つの共通する部分があるのだ。
腕にある黒い痣、どす黒い色の宝石・・・そして、全ての犯行を行った人物達は皆、どうゆう訳か意識が戻らないのだ。
「さっきの男、あの後は結局目覚めなかったな」
「警察の人の話だと、同じような事件が最近このE地区で見られるらしいけど」
最初は自分の攻撃であの青年は気絶したのだと思っていたタクミであったが、実際は他の者達同様に糸が切れた人形の様に突然意識を失ってしまった様だ。
タクミの行為は立派な正当防衛、それに青年が目覚めない理由もタクミが原因ではない為、警察からは特におとがめはなかった。しかし、タクミの中に生まれた疑念は消えはしない。
「あの人、誰かに操られていたと思わないか?」
「全員、痣と宝石の二つの繋がりがあるからね。加害者じゃなくて被害者の可能性も・・・」
警察は連続で発生しているこの事件を大々的に報告するつもりの様だ。
じき、多くの者達が今このE地区で発生しているこの事件について知るだろう。
「・・・・・嫌な予感がする」
タクミの呟きにミサキも小さく頷いた。
楽し気な雰囲気の下校をしていた二人であったが、今の表情からは不安が感じ取れた。
深夜、人気のない森林の中、大量の宝石の魔道具を抱え込んだ男がいやらしい笑い声を上げながら、その中で黒ずんでいる宝石を眺めていた。
「ふふふ・・・溜まってる溜まってる。随分と溜まったなぁ~」
男は黒く濁っている宝石の一つを手に取り眺める。
「これだけ溜まれば・・・いや、もう少しだけ・・・・・」
彼の名は暗夜ホセ、今回のE地区で行われている一連の暴徒事件の首謀者である。
彼はあるものを搾取する為に今回の事件を引き起こしていた。
「もう少しで完全に溜まる。そうすればあの魔法で〝この世界やあの世界〟とも違う世界へと逃げられる」
男は目的達成目前となり、再び笑い始めた。
一面が白一色の世界、そこに存在する一人の少年。
白い髪におかっぱヘアーの少年は何をするわけでもなく、ただ黙って佇んでいた。
そこへ、新たな人物がこの白い世界へとやって来た。
「は~い、ダーリン♪」
「・・・何の用ですか? それと、その呼び方はやめてください」
少年は振り向いてやって来た女性を見る。
やって来た女性は燃える様な真っ赤な長髪に宝石の様な緑色の瞳、スタイルも抜群な女性で、そして、綺麗なその瞳で少年のことを見る。
そんな彼女はどこか気分が高揚している様に感じた。
「あの男についてね、どうやらアイツ、〝向こう側の世界〟に逃げている様よ」
「・・・・・なるほど、〝こちらの世界〟でいくら探しても見つからないはずです」
少年は小さくため息を吐く。
そんな彼に近づきながら話を続ける女性。
「どうする? 私が行って消そうか?」
「そうですね・・・俺も直接出向いて、んぐ・・・」
少年の言葉は途中で物理的に塞がれる。
近づいてきた女性の口づけで・・・・・。
「ん・・・話の腰を折るような真似はやめてください」
少年は女性を冷静に引きはがす。
引き離された彼女は少し寂しそうな表情だ。
「話を戻しますが・・・彼の正確な位置は掴めませんが、わざわざ〝あちらの世界〟へ赴いているという事は、何かリアクションの一つ位は起こすでしょう」
「その時を息をひそめて待つ。狩人が獲物を狩るが如く・・・」
「そういう事です」
少年は彼女の言葉に頷く。
すると、女性は何かを思い出し、少年に一つの質問をする。
「〝あっちの世界〟にはあなたのお兄さんが居るけど、連れてくるの?」
「どうでしょう・・・いずれは来てもらいますが」
そう言って少年は空を見上げた。
白一色のこの世界、空中を見上げても映り込む色は同じだ。
そんな少年に再び近づいて行く女性。
そして――――彼の名前を呼ぶ。
「私にとっては未来のお義兄さんだからねその人、ね、久藍タツタ・・・」
「誰がお義兄さんで、むぅ・・・」
少年の、タツタの言葉は再び彼女の唇で無理やり遮られる。
タツタは女性を引きはがし、彼女に対して注意をする。
「ルアーネ、いい加減にしてください」
「何よ・・・いけずぅ」
ルアーネと呼ばれた彼女は頬をわずかに膨らませて不満を口にする。
タツタは呆れた表情をしながらため息を吐いた。
「とにかく、彼の処分は出来る事なら俺たちがすべきことでしょう」
「そうね、あの男・・・〝こちら側の住人〟だし」
少年は手元に刀を呼び寄せ、それを見つめる。
「さて・・・どうなりますかね」
少年がそう口にして、この空間から一度消えようとする。
だが、彼が油断している隙を狙い、ルアーネはタツタに抱き着き、再びキスをしてきた。
「んん・・・・・」
「うぁ・・・・・」
タツタはさすがに諦めたのか、今度は引き離そうとはせず、彼女の熱愛を黙って受け入れた。
「んふぅ・・・んん・・♪」
「ん・・・・・」
ルアーネは拒否されないことに喜びながら、タツタとのキスを楽しんだ。
対するタツタはどこか仕方がないといった表情をしていた。
それからしばらくの間、この白い世界に居る二人の人物、白と赤の二つの影は一つに重なり続けていた。