第百五話 予想外の戦闘
〝クラス別魔法戦闘〟開催前日、桜田ヒビキは一人の少女と時間を潰して過ごしていた。
ヒビキは部屋の片隅で読書をしている。大規模な戦闘が行われる前日であるにも関わらず、少年には不安も緊張もまるで感じられはしなかった。
そんな少年に、同じ部屋に居る黒髪のツインテールの少女が彼に話しかける。
その少女は普通の人間には存在しない、猫の耳と尻尾が生えていた。
『ご主人様、明日は大会なのにそんなのんびりしてていいんですか?』
『・・・他にやることも無い』
『まあご主人様はとても強い方ですからね♪』
少女はフンスっと鼻息を鳴らしながら得意げな顔をする。
どうして目の前のコイツが得意げになるのだろう・・・・・。
『でも、他にも四人の代表の人が出てくるんですよね? その人たちとは上手くやれそうですか?』
『どうでもいい』
少女の言葉にヒビキは心底どうでもよさそうな顔をして答える。
他の選手が誰であろうと、自分にとっては同じ事。クラスに居る者達など誰が出てこようが自分はどれも同じにしか見えない。勿論、敵として現れる生徒達も自分にとってはほとんどが有象無象でしかない。
ただ、何人かは気にはなっている生徒は居るが・・・・・。
『ご主人様は・・・ご友人の方などはいらっしゃらないんですか?』
『・・・俺にそんな物が存在すると思うか?』
呆れながら少女にそう問いかけるヒビキ。
『一人は居ると思います』
しかし、少女はあっけらかんとした様子でそう答えた。
『俺の性格はもう分かっていると思ったが・・・』
『はい! ご主人様はひねくれて、キザで、一匹オオカミ感の強い人です!』
『・・・・・・』
この時、内心彼は目の前の猫娘に一瞬・・・ほんとうに一瞬ではあるが殺意に似た何かを抱いていた。しかし、その後に続いた言葉に少し驚く。
『そして・・・優しい人です』
『!・・・・・』
『あの日、私を――――』
『私を助けてくれたから・・・とでも言いたいのか?』
ヒビキは手に持っている本にしおりを挟み、そして閉じる。
彼の視線は少女ではなく閉ざされた本に向けられたまま、彼女に対してため息を吐いた。
『お前を助けたのは気まぐれだ、その程度で優しいなど・・・早計な判断だ』
『そんな事はありません』
戯れだと切り捨てるヒビキ。
しかし、少女はきっぱりと即答で否定をした。
『それもありますが、一緒に居て分かったんです。ご主人様はただ、怖がっているだけだと・・・』
『何・・・』
少女の怖がっているという言葉に過敏に反応を示すヒビキ。彼は少女を睨み付けるかの様な目で彼女のことを見る。しかし、少女は至って真面目な顔でヒビキの視線を受け止め、話を続ける。
『本当に優しさの無い人なら、私もここから逃げ出していますよ。貴方は――――』
――ただ、本音を語ることを怖がっているだけです――
――ばきぃぃぃぃぃッ!――
ヒビキとタクミの拳が互いの頬を捉え、両者顔が僅かに揺れる。
勝負の最中、ヒビキは前日の居候との会話を思い出していた。
「(何で俺は・・・昨日のこんな事を今・・・・)」
ヒビキはそう思いながら、目の前の少年と戦い続ける。
自分が怖がっている? 馬鹿々々しい。不要と判断しているだけに過ぎない。怖れなど・・・あるものか・・・!
すると、戦いながらもタクミが自分に問いかけて来た。
「桜田ヒビキ! お前は本当はどうしたいんだ!!」
「っ・・・何の話だ!?」
「そのままの意味だ! お前は他者を否定しているが、それはお前の本音なのか!? 俺には――――」
「――――ただ人との触れ合いを恐れているだけに見えるぞ!」
「!?・・・・何だと!!」
タクミとヒビキが戦闘を行っている頃、カケルは魔力のぶつかり合う地まで足を進めていた。
だがこの時、学園ではある問題が発生していた。
「どうなっているんだ?」
Bクラスの担当教師が大会の中継をしている魔法陣を見ながらそう呟いた。
魔法陣にはタクミとヒビキがぶつかり合う現場を中継しているが、もう一人、このクラスの生徒、星野カケルの姿が映し出されなくなったのだ。彼の姿を映していた魔法陣が突然、まるでテレビの砂嵐の様に、何も映し出さなくなっている状態なのだ。
それはこのクラスだけではない。全ての魔法陣に映るカケルとその周辺の映像が映し出されなくなっていた。
「カケル・・・・・」
教室で様子を窺っていたシグレたちは、不安そうな表情で乱れ続けている魔法陣を眺めていた・・・・・。
一方、そんな事など知らずにタクミたちの元へと向かうカケル。目的の場所までもう少しの所まで迫っていた。
だが・・・・彼の足はそこで止まる。
目の前に・・・見知らぬ少年が立っているのだ。
「誰・・・・?」
自分の前へと立ちはだかる少年。
自分と同じ白い髪に綺麗に切り揃えられているおかっぱヘアー、背丈は向こうの方が高い。そして、彼の腰には日本刀が差さっていた。
今、この空間内に居る選手は残り三人の筈・・・自分と、そしてこの先から感じる二人分の魔力。これで三人分揃っている。
ならば・・・この少年はいったい誰だ・・・・・?
目の前の少年はカケルの前へと立ちはだかると、腰にある刀に手をかざした。
「申し訳ありませんが・・・少しの間、この場留まっていてください」
「・・・どうして」
「観察しておきたいからです・・・久藍タクミさんの事を」
おかっぱ頭の少年は後ろを気にしながら理由を述べる。
そんな少年の頼み事を聴いたカケルは怪訝な表情を浮かべる。
「ん・・・というか、誰?」
「申し訳ありませんが、それは答えられません」
少年は頭を下げながらそう答える。
カケルは翼を背中から生やし、目の前の少年へと言った。
「ん・・・そこどいて、今は大会中」
「・・・仕方ありませんね」
カケルが実力行使をしてくる事が目に見える為、少年は鞘から刀をゆっくりと引き抜いた。
「(なんだろう・・・今居るこの辺り・・・変な感じがする)」
カケルは翼を動かしながら、周囲から感じる違和感を気にしていた。
「(結界の影響でこの辺りの映像はもちろん、俺の魔力や声も外には届いていない。少しなら暴れても大丈夫の筈だ)」
カケルの感じている違和感、それはこの少年の張っている結界の影響であった。魔法陣の映像が途切れているのもこのためだ。
「さて・・・では、始めましょうか」
〝クラス別魔法戦闘〟もいよいよ終わりの直前まで近づいてきたにも関わらず、ここに来て予想外の事態が発生していた。
タクミとヒビキが戦っているその間、カケルは目の前に居る謎の少年と戦闘を始めていた。
「ん・・・!」
カケルが翼振るわせ、大量の羽根を飛ばす。
それに相対する少年は刀に魔力を込め、迎撃の構えを取る。
「さて・・・〝この世界〟の魔法使いとの初の戦闘。その実力、図らせてもらいますよ」
少年はカケルには聞き取れないほどの小さな声で呟いた。