第九十八話 心配する白猫
「≪火炎集砲撃≫!!」
炎の砲撃が現在交戦中のCクラスのハクへと放たれる。
炎は射線上の煙で形成された猛獣達を巻き込み、消して行く。
「くっ、障壁!」
魔力で作り出した障壁で迫り来る砲撃を受け止めるハク。
しかし、その強大過ぎる威力に障壁にはどんどん亀裂が入って行く。
「いけぇぇぇぇぇ!!」
先程レンの脱落が学院長の報告で知らされた。
脱落したレンの分も頑張ろうとミサキは己の中の力を最後の一滴まで振り絞る。
そして、再びミサキは己が内に秘めた力を解放する。
――ぶおおおおおおおおおッ!!――
ミサキから凄まじい量の魔力が再び溢れ出す!
〝不死鳥の炎〟の力が開放されている証だ。
「これで、決める!!」
永遠に生み出される魔力、その力を技に込め、威力を増大させる。
そして、とうとうハクの障壁が砕かれ、その身に炎が降り注いだ。
「きゃああぁぁぁぁぁッ!?」
彼女はミサキの放った砲撃に呑まれ、悲鳴を上げる。
そして、炎が通過し終わった後、その場にはハクがふらふらとしながらも立っていた。
だが――――
「悪いな」
――トンッ――
「あ・・・」
先にアクアを倒したマサトが彼女の背後に回り込み、首筋に軽く手刀を落とした。
その一撃でハクは操り糸の切れた人形の様に地面に倒れ、動かなくなった。完全に意識を失った様だ。
そして、アナハイムの報告と共に、彼女はこの場から消えて行った。
――Cクラス生徒一名脱落しました、残り人数六名です――
残り時間は約十五分、いよいよ大会も終盤へと差し掛かっていた・・・・・・。
一方、生き残っているBクラスの二人、カケルとシグレは現在空間内に無数に存在する石造りの建物の一つへと隠れていた。
レンの捨て身の一撃によって大きく負傷するシグレ。そんな彼女のことをカケルは不安げな表情で見ていた。
「ん・・・大丈夫、シグレ?」
「はあ・・はあ・・あ、ああ。そう心配そうな顔をするな」
シグレはポンとカケルの頭へと手を乗せて笑みを浮かべる。しかし、その笑みは僅かに引きつっており、無理をしている事は明白に分かった。
カケルはシグレのその様子を見て、彼女に言った。
「シグレ・・・もうリタイアして」
「なっ・・・何を言い出す!」
突然のカケルの言葉にさすがに怒りを覚えるシグレ。
他の者達が必死に最後まで戦っていたにもかかわらず、自分はのうのうと降伏宣言をするなど納得できるはずがなかった。
「まだ・・・まだ戦え・・る!」
シグレはそう言って、気丈に振る舞うが、そんな彼女に対してカケルは首を横に振った。
「ううん、無理。もうシグレは限界」
「カケル、貴様いい加減に、いつぅっ!?」
声を荒げるシグレの肩を少し強く叩いたカケル。
その衝撃でシグレの全身に電流が流れるがごとく、痺れる様な痛みが駆け抜けた。
「いつつ・・・何をする!?」
「ん・・・少し叩くだけで悲鳴上げた。それじゃあ説得力ない、今リタイアしないと取り返しのつかない傷を負うかも」
「ぐ・・・だ、だが!」
「大丈夫・・・」
カケルはシグレの言葉を覆う様に声を掛け、そして彼女の手を取った。
「シグレや皆の意思は僕が継ぐ」
「・・・カケル」
「だから・・・無理しないで」
そう言って彼は優しくシグレの手を掴んだ。
正直、全身が痛む今、こうして手を掴まれるだけでも彼女には痛みが走る。カケルの言う通りだ、今の自分は少し気を抜けば意識が途切れてしまうだろう。そんな自分では足手まといにしかならない、だが、それでも自分と相対して、そして自らを犠牲にしたあの少女の様に、残る相手に一矢報いること位はしようと考えていた。
だが・・・・・・。
「(そんな顔をされては・・・そのような事もできんではないか・・・・)」
自分の事を不安そうな顔で見つめる白猫、その表情はどこまでも自分を心配しているものであった。
シグレは痛む体に喝を入れ、右腕を動かしカケルの肩を叩いて言った。
「なあ、カケル・・・託してしまってもいいのか?」
「・・・ん」
その一言と共に、ただ頷くカケル。
そんな彼を見てシグレは小さく笑みを浮かべると、そのまま気が抜けてしまい、意識も薄れて行った。
安心したのだ、目の前の少年は自分がここで倒れても、その意思を継ぎ無駄にはしないと分かったから。 自分よりも小さく、幼さすら感じる少年であるが、今はその姿がシグレにはとても大きく映った。
そして・・・彼女もこの空間からその姿を消した・・・・・・。
――Bクラス生徒一名脱落しました、残り人数五名です――
意識を一度失ったシグレだが、その数分後、彼女は意識を取り戻し、辺りを見回した。
彼女が周囲を確認すると、そこは白色一色の清潔感が漂う部屋、この学園の保健室であった。
「お疲れさま」
「クルミ・・・」
自分が寝かされているベッドの隣には、クルミが立っていた。
仲間の姿を見て、シグレは申し訳なさそうに目を伏せた。
「?、どうしたのよ」
「申し訳ない・・・私は・・・・」
「必死に戦い散った、私たちと同じで」
クルミのその言葉に顔を上げるシグレ。
クルミは笑いながらシグレに言った。
「ここから魔法陣越しであなたの戦いは見ていたわ。最後まで戦おうと必死になって・・・私たち三人以上の傷でよくやるわよ。むしろ尊敬したわ」
「クルミ・・・・」
「だから、胸を張っていいんじゃない?」
シグレは彼女のその言葉に胸につかえていて重さが取れたように感じた。
そして、ここで他の二人の仲間の所在が気になった。
「他の二人は?それに、他のクラスの連中も・・・」
「他の子達は今は教室よ。ここに来てからすぐに魔法で傷は癒してあげたし」
シグレの疑問を答えてくれたのは、この保健室の保険医、西蓮ビョウと呼ばれる女性であった。綺麗な顔立ちをしており、中々にスタイルもよく、この学園でも人気の人物だ。
「今ここに居るのはアナタと真紀音さん・・・そして・・・・」
ビョウが視線を横にずらし、それにシグレも釣られる。
その視線の先には――――
「・・・ど~も」
自分と激闘を繰り広げたAクラス生徒、赤咲レンがベッドで横になっていた。
「お前・・・・」
「彼女も少しダメージが大きくてね、回復に手間取ったのよ。無理もないわよね、魔力による大爆発を至近距離で受けているんだから」
「私も見ていたけど、本当に無茶するわよね」
「たはは・・・」
クルミの言葉にレンは少しぎこちのない笑みを浮かべて頭を掻く。
「とにかく、二人共今は私の魔力で傷や体力を回復させているからおとなしくしていてね?」
「は~い」
「・・・はい」
ビョウの言葉にレンとシグレの二人が頷いた。
大会の空間内サイドでは、消えて行ったシグレの姿を見届けたカケルは、建物の外へと出ていた。
「・・・・よし」
カケルは一言そう呟くと、歩を進め出した。
倒れていったシグレたちの為にも、ここで立ち止まる訳にはいかない。
彼の表情は、僅かだが険しさを宿していた。




