第八十一話 あなたの痛みは私の痛み
ミサキとの電話後しばらくの時間が経過していた。その時間の中でタクミはミサキの言葉を思い返し、幸福な気分に浸っていた。
「ふう・・・・ミサキのお蔭で大分気も晴れたな」
先程のミサキから言われた思いやりのこもった言葉に感動し、その余韻に浸るタクミ。つくづくミサキは自分なんかには勿体ない程のよくできた恋人だと思う。このE地区に転校して来た事は今となっては自分にとってとても幸運な事であると言えるだろう。
――ピンポーン――
「ん、誰か来たな」
家の中に玄関に取り付けられているインターホンの音が鳴り響く。
タクミは玄関まで行き、ドアについている小さなのぞき穴のドアスコープに目を通す。その先にはなんと先程電話をしていたミサキが立っていたのだ。
「ミ、ミサキッ!?」
まさかの訪問客に驚くタクミ。彼は勢いよく玄関の扉を開き彼女のことを出迎える。勢いよく出て来たタクミにミサキは少し驚きを表すが、すぐにいつも見ている笑顔を自分に向けてくれた。
「えへへ、来ちゃった♪」
ミサキの見せたその反応に一瞬タクミの胸がきゅんとときめいてしまったが、すぐに正気に戻ったタクミはすぐにミサキの訪ねて来た理由を聞く。
「どうしてここに?」
タクミがそう聞くと、ミサキは少し心配そうな顔をして答える。
「心配だったの・・・・だから直接会いたくて」
ミサキがそう言うとタクミはそれ以上は何も言わなかった。分かったのだ、彼女が自分のことを想ってくれ、わざわざ来てくれたことが。
タクミはそんな彼女のことを家の中へと招き入れる。
「とりあえず、入れよ」
「うん・・・・お、お邪魔します」
タクミに招かれ家の中へと入って行くミサキ。
彼女が家の中に入って行くと、玄関の扉を閉めた・・・・。
タクミの家の中に入るとミサキはきょろきょろと家の中を見渡した。
「(これがタクミ君の家、初めて入ったな・・・・)」
実はミサキがこの家に訪問したのはこれが初めてであった。二人共夏休み中に恋仲の関係となったのだが、タクミがミサキの家に訪ねた事はあるが、その逆のパターンはなかった。一応タクミからはこの家までの道筋を書かれた地図を事前に渡されていたため、初めての訪問でもミサキ一人でここまでたどり着くことは出来たのだった。
「わざわざありがとうミサキ、心配してここまで来てくれるなんて」
「ううん、私が勝手にした事だから」
二人は居間の方に並んで座り込む。
物音がしない静かな空間に二人っきりとなる恋人同士・・・・・・改めて考えると何気にかなりの緊張する状況だ。
その事実に今更ながら気付いた二人の心音が高まり出す。お互いが隣同士に座り黙り続けているこの状況にタクミが先に耐え切れなくなり、ミサキに適当な話題を振った。
「そ、そうだ、ユウコちゃんは元気か?」
「えっ、うん。元気だよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
会話が終了した・・・・会話が始まり、そして終わるまでの時間僅か五秒。緊張の余り中身のまるでないうすっぺらなこんな話では当然の事であろう。
再び二人の間に静寂が訪れ、気まずい時間が流れ始める。
「ねえ、タクミ君」
すると今度はミサキの方から口を開いてきた。
「な、何だ?」
どぎまぎしながら応答するタクミ。
すると、そんな自分の肩にミサキが体を傾け頭を預けて来た。ミサキのその行動にタクミの顔に熱がこもって行く。
ミサキの頬も薄く赤く染まっていく。
「タクミ君は・・・・私と出会えてよかった?」
「え・・・・?」
ミサキは両手でぎゅっとタクミの片腕を寄りかかった状態で掴んだ。
「私はあなたと出会えてすごく幸せ」
「ミサキ・・・・」
「そして、そんなあなたが苦しんでいると分かる胸が痛たくなるの」
ミサキの腕を掴かんでいる力が少し強まる。
「だから、何か私に出来る事があるなら遠慮なく言ってよ。あなたの痛みは――――」
ミサキはタクミの顔を見ながら、彼に自分の感じている想いを伝えた。
「――――あなたの痛みは私の痛みでもあるの」
ミサキにとって彼の苦しみは例え自分に直接被害がなかったとしても、とても黙っていられるものではなかった。タクミが苦しめばミサキの心も苦しむ、タクミが悲しめばミサキの心も悲しむ、そして、タクミの心が痛めば自分の心はそれ以上に痛みを伴う。ミサキにとって彼の存在はそれほどまでに大きく大切な存在なのだ。そして、それは逆の立場、つまりタクミにも言える事であった。
「ミサキ、俺もだよ・・・・」
タクミはミサキのことを優しく抱きしめる。
ミサキと同じく、タクミもまた彼女の存在がこの上なく大切な存在であった。
今のタクミにはすでに父親に対する悲しさは消え去っていた。そんなものが気にならなくなるほどの愛情をもっと愛しい人から貰っているから・・・・・・。
「ミサキ・・・・」
「タクミ君・・・・」
見つめあう二人、その距離はお互いに徐々に近づいて行く。
そして――――二人の唇が一つに合わさった。数秒間の口づけの後、離れて行く二人。
「これからもよろしくな、ミサキ」
「うん、タクミ君」
そしてミサキは再びタクミの肩に頭を預ける。そんな彼女の頭をタクミは優しく撫で続けた。
残り二日後に迫っていた〝クラス別魔法戦闘〟を前にしてこの時だけは二人の心は落ち着いていた。
そして――――――ついに〝クラス別魔法戦闘〟本番をタクミ達代表選手達は迎えたのであった。