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空のブレイザー(旧版)  作者: チャーシュー肉マン丼(体型)
序章
1/2

last dispatch



 ヘッド・(H)アップ・(U)ディスプレイ(D)の照準一杯に、その敵機の姿が映し出された。

 機首両脇のカナード翼、胴体から伸びる主翼。

 そして、機体後部の水平尾翼で構成された、特徴的な三面翼(スリーサーフィス)が印象に残る大型ジェット戦闘機だった。


 F‐16AMが機首に搭載しているAN/APG‐66(V)2レーダーのモードは、既に格闘戦(ドッグファイト)に切り替えられており、M61A1(バルカン砲)が何時でも使えるようになっていた。

 パイロットのヤン・“短剣(ダガー)”・デル・ホルストは、HUDに表示されている照準用レティクルと、ボックスに囲われた敵機の姿を重ね合わそうとしてF‐16を操った。

 敵機は彼の動きに気付いていないのか、 無防備な直線飛行を続けたままだった。

 簡単に、照準を合わすことが出来た。


 ──ロックオン。


 その時、ホルストの胸に去来したのは。

 この敵に止めを刺す絶好の機会が訪れたことに対する喜びではなく、空しさと悲しさだった。


  あれほどの戦い振りを見せていた敵機の機動からは、ホルストたちの編隊を相手にした時に見せていた戦術の冴えも、一瞬の閃きも消え去っていた。

 敵パイロット最大の武器だった、まるで諦めを知らないかのようなしぶとさと、狡猾なまでの(したた)かさも、今の挙動からは見出だすことが出来なかった。


 ──狼の知恵と力も、尽きたのか。


 敵機の垂直尾翼には、灰色狼の姿が描かれている。


 ホルストは思った。

 十分間の長きに渡り、彼らは空戦を繰り広げていた。

 日常に於いては、瞬く間に過ぎ去って行ってしまう短い時間。

 しかし、空中戦闘機動(ACM)に於いては永遠にも等しい、非常に長い時間だった。


 最初の内に反撃の手段を何一つ持たぬまま、この敵機は四機のF‐16からの攻撃を凌ぎ続けていた。

 F‐16の放った“AMRAAM”は、電子機器(アヴィオニクス)の性能差によって防がれ。

 続く虎の子の“ASRAAM”も、敵機の圧倒的な運動性能を前にして、容易く避された。

 お互いの武装が──敵機は最初から──機関砲(ガン)だけとなった後、更に数分の時間を掛けて、ホルストたちは敵機を追い詰めることに成功したのだった。


 ──とんでもない“奴”だ。


 ホルストは、目の前の敵に対して素直な敬意を抱いた。

 もし自分が同じ状況におかれたら、数分と生き残ることは不可能だと、彼はしっかりと理解していた。

 例え、搭乗している機体が敵と同じ物だったとしても。


 そんな敵だからこそ、彼はその今の姿に悲しんでいた。

 その姿とは群れから離れ、危機を察知する感覚が衰え、鼻も利かなくなり、大地を駆ける足も萎えきった、年老いた狼のように追い詰められた姿のことだった。


 ──決まったな。


 ホルストを何時でも援護出来る位置に、彼の二機分隊長(エレメント・リーダー)を務めている編隊の三番機が着いた。

 一番機と二番機も、同様だった。

 敵機を確実に仕留めるための態勢が、整った。


 どう足掻こうとも、敵機に逃れるための手札は無い。

 ホルストたちは確信し、敵機は動き出した。


 敵機のアフターバーナーに火が入り、その巨体を加速させて行く。

 機首を持ち上げ、左へと向けた。

 ホルストの左斜め上方を、シャンデルの機動ですり抜けようとする。


 無駄なことだった。

 ホルストも追尾を維持している上、シャンデルを終えた先には、三番機も待ち受けている。


 ──悪足掻き。


 脳裏に、そんな言葉が思い浮かぶ。

 戦闘機乗りとしてホルストたちを鍛え上げた、ある教官の言葉だった。




 ──“現代”の戦闘機同士の戦いでは、戦略、作戦、戦術を練り上げて、ACMに頼らずに済むよう立ち回ることが重要だ。


 ──電子機器の優位性を確率し、レーダーFCSを中心としたセンサーや通信、データリンク機能などを駆使して戦うBVR戦闘が、今の主体になりつつある。まあ、一番の理想は──


 もうひとりの教官が、後を続けた。


──地上にいる時に撃破出来るのが理想だし、そもそも、敵の戦闘機と空中で戦ってやる義理も無いからね。


 ──ACMって云うのは、他に打つ手を無くしたパイロットが、最後の瞬間にすがり付く“ラスト・ディスパッチ・マニューバ”に過ぎないんだよ。


 ──最後の悪足掻き。“土壇場の機動”、と僕たちは言っていたがね。


 ──ちなみに、土壇場と言うのは、罪人が最後に首を落とされて晒される場所のことだよ。“最後の場所”って意味だね。




 つまりは、ここが──


「──お前の、最後の場所ってこと……だ!」


 この敵は尊敬に値する、素晴らしい技量と精神性を兼ね備えた、本物のファイターパイロットだった。

 だからこそ、生かして帰すという選択肢は存在しなかった。

 このまま成長すれば、将来更に巨大な敵として彼らの前に立ち塞がって来るであろう、危険な相手だった。


 敵機の機動は、鋭かった。

 エンジンが咆哮し、今までの、まるで力尽きたかのような姿からは想像出来ない鮮やかさで、機体は空を舞った。


 “その”、最後の瞬間。


 敵機であるSu‐37が翼端に雲を引いていたのを、ホルストは確かに見た。

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