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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヒトガタ

作者: 幸星

この物語はフィクションです。

作内の人物などは実在の人物ではありません。

「好きです。付き合ってください」

自分にとっては、初めての告白だった。夕焼けの眩しい教室の中だった。同じクラスだった笹野小麦ささのこむぎはまさしく僕のどストライクだった。長くて艶やかなな黒髪に程よく焼けた白い肌、すらっとした手足と眩しい笑顔はすぐに僕を虜にした。

結果から言うと僕はフラれた。分かり切っていた。彼女は今までも沢山の人から告白されているのだ。彼女にとって、僕もそのうちの一人にすぎなかったのだ。ただ他と違ったのは、ごめんなさいの後にこれからも友達として仲良くしてねと、君の事は気に入ってるからという言葉が付いていた事だった。それは単純に嬉しかったのだ。だから思えた。友達でいいじゃないか。

それからは笹野を含めた数人の仲のいいメンバーでよく遊んだりすることはあった。楽しかったし、幸せな気持ちになれた。

もう夏休みにも差し掛かろうという7月中旬。僕らにいつものメンバーに一人加わった。伏木奏楽ふしきそらだ。彼は物腰が低く、人当りが良い奴で基本的に誰からも好かれる人だった。だから僕らのグループにもすぐに馴染んだ。

さて、ここで僕らのいつものメンバーを紹介しよう。まず僕らの通う高校は県立B高校。僕らは1年だ。そして僕の名前は佐伯人志さいきひとし、男だ。次に僕の幼馴染である瀬戸燈せとあかり、女子だ。もう一人の女子、笹野小麦。最後にもう一人の男子、高尾健たかおけんだ。こいつは彼女持ちである。伏木奏楽が加わったのはつい最近だった。

このグループが出来た経緯を話そう。まず僕と燈はずっと同じ学校だったため常にくっついていたわけだが、いつの間にか燈が小麦と仲良くなったので成り行きで仲良くなった。健は中学からの親友だった。同じ高校を目指し頑張った仲だ。そして7月中旬、健を通じてグループに入ってきたのが奏楽だ。

夏休みに突入して僕たちは何をするでもなくよく集まって、だべったりしていた。そんなある日のことだった。奏楽の親が出掛けているからと言われ、彼の家に招待された。彼の家は想像以上に大きく、まさしく金持ちの家という感じだった。

家の中ではずっとリビングにいたが、トイレに行きたくなったので部屋を出た。用を済ませ、余計に広いトイレを出ると何故か一つの部屋が気になってしょうがなくなった。扉に『奏楽の部屋』と札が吊るされていたのだ。ちょっとした出来心だった。でもそれを抑えきれなかった。きっと奏楽も許してくれるだろうと思った。だからそこに足を踏み入れてしまった。

そこには異様な光景が広がっていた。カーテンが閉まっていて薄暗い部屋の壁一面に貼られているのは、あらゆる角度から撮影した小麦の写真だった。中には更衣室の中の写真もあった。頭の整理が追い付かなかった。が一つだけ確実に分かったことがある。奏楽あいつはやばい奴だ、ということ。

すぐに部屋を出て、足早にリビングに戻った。体が随分湿っていたのは冷や汗を掻いていたからだ。そのまま僕は何食わぬ顔でボードゲームの続きをした。奏楽が何か喋る度、こちらに視線を向ける度に冷や汗を掻いて、背筋が凍った。

三日後だ。その日もまた奏楽に招待された。僕は腹が痛いといってトイレに行く振りをして彼の部屋に入った。先日から気になっていた引き出しを開けて、僕は戦慄した。血の付いた形跡のある刃物や色々な女子の写真が入っていた。いくつか破れているものもあった。これが何かはすぐに分かった。この写真の人はこの前死体で見つかった、K高校の女生徒だ。こっちはG高校のだ。テレビのニュースで写真を見た。どの女生徒も世間一般的に可愛いとされる、モテるルックスの女生徒たちだ。脇にはまだ破れていない小麦の写真も入っていた。恐らくまだ未使用のナイフ等も入っていた。となると次は誰か、それは容易に分かる。

「人志長いけど大丈夫かなー」

そこで健の無駄にでかい声が聞こえてくる。

「僕が確認してくるよ」

奏楽の声だ。まずいと思って、急いで片付けて扉を閉じ、トイレに駆け込む。

「人志ー、大丈夫?」

「あ、ああ。大丈夫だ。ちょっと手強くてな……」

「そうか。君のせいでゲーム止まってるからね」

「すまんすまん。すぐ出る」

どうにかばれずに済んだが、かなり危なかった。心臓がバクバクだ。すぐにトイレを出てリビングに戻った。健が不機嫌そうな顔で、おせーぞと言ってコントローラーを持った。その日はどうにかこうにか心情を隠し通して家に帰った。

それからしばらくは集まる機会が無かった。だから個人的に奏楽の家に言って彼と話すことにした。その日も家には家族が居なかった。あんな部屋を見てからは、何も持たずに奏楽の家に行くのは危険だと思い、護身用に小さな折り畳みのナイフを懐に忍ばせて行った。

やあ。と彼は家に快く招いた。

「それで、話ってなんだい?」

「お、お前の部屋に入った」

彼の問いに端的に答えた。彼の目つきは一瞬にして険しいものになった。目を合わせたら凍ってしまいそうな目つきだった。彼は続けた。

「どこまで見た」

「……ひ、引き出しの中の写真と刃物を見つけた」

「……」

しばらく沈黙が続いた。多分一分ほどだったろうが、十分くらいに感じた。

「口外するな。そうすればお前に危害は加えない。……それと夏休みの間、僕たちのグループと関わるな」

脅しだ。脅しだった。汗はもう止まらない。僕に否定する権利はなかったのだ。

「わ、分かった。でも教えてくれ。なぜこんなことを?」

「……ニュースで見ただろう。体の部位が一部無い死体だって。……僕は美しい人形を作りたいんだ」

正気の沙汰じゃない。猟奇殺人にもほどがある。そこで記憶を掘り返す。犠牲者の死体の状態だ。最初の事件は右腕が無かった。次は左足。三件目は左の膝上。四件目は右足全体。五件目は胴体が無かった。六件目は両腕。残りは恐らく……頭だろう。途端に吐き気を催す。

「そこの流しを使うといいよ」

僕の様子を察したのだろう。しかし今の彼言葉はどんな些細なことでも恐ろしかった。だから首を振って、さっさと別れを告げた。すぐに近くの路地裏で嘔吐して家にとぼとぼと帰った。

それから色々なことを考えた。どうにか、どうにか小麦を救う事は出来ないか。ただそれだけのためにどんな手を尽くしてでも。まず今までの事件から共通点を探した。主に日時についてだ。あいつ夏休み中にことを済ますはずだ。僕に夏休みの間と念を押していたからだ。しかし、事件の発生は完全に不定期的で規則性は全く見つけられなかった。所詮普通の男子高校生にはそれぐらいしか考えられなかった。数日して燈たちに遊びに誘われたが、やむを得ず断った。自分が死んでしまっては元も子もない。

いつか、燈が心配してメールを送ってきたが、大丈夫、気にするなとしか言えなかった。そう言うしかなかった。

そんなある日、健からメールが送られてきた。奏楽が今度の花火大会に小麦を個人的に誘うといった趣旨のものだった。それは一週間後の花火大会のことだろう。奴がやるとしたらその日だろう。根拠はないが、しかし彼にとって都合が良い。それだけで十分だろう。それからは準備が忙しかった。あいつは話してどうにかなるやつでは無いだろう。と考えて、僕は家の倉庫で昔見つけた小刀を研ぎ始めた。そして肉を切って慣らした。確認として自分の腕に突き立てると、スッと肌が切れた。思った以上に痛かった。当たり前だろう。すぐに止血して包帯を巻けばすぐに血も止まって、痛みもいつの間にか忘れていた。

いよいよ花火大会当日になった。小刀を懐に隠して昼前に奏楽の家を訪れた。

奏楽は少し嫌な顔をしたが、黙って僕を家に招き入れた。家の中には今日も奏楽一人だった。

「何の用かな」

奏楽は後ろを向いたまま僕に冷たく言い放った。僕は震える体を抑えて答える。

「今日小麦を誘うんだろ」

「それがどうした」

「今日、花火大会の最中にやるつもりだろ」

「……やるっていうのはどういう意味だ」

「殺すんだろ!」

「……」

しばらく黙っていると、彼は急にキッチンに行ってコップに何かを注いだ。そして僕の方に来て、僕の目を見つめた。威嚇のつもりなのだろう。彼の目に気を取られていると、彼はコップの中の何かを僕にかけた。咄嗟にそれを避けるが左腕にかかってしまった。するとその液体がかかった場所が焼けるように痛い。痛いなんてものではなかった。巻いていた包帯に染みて傷口に入ると、腕が千切れるのではないかと思った。

「塩酸だよ。肌にかかると熱傷になる。出た気体を吸うと最悪死ぬ。中学で習っただろ」

奏楽は冷たくそう言った。僕は慌てて息を止めて後ろに後ずさる。こいつ本気だ。包帯を外すと傷口は見るに堪えないものになっていた。今更になって試し切りをしたことを後悔した。彼は僕に寄ってきた。その様子を見て僕は懐から小刀を出す。

「はは!いいじゃん!」

奏楽は高らかに笑って口角をグイっと上げ、ポケットからナイフを出した。真新しいナイフだ。見た目からすると銀だろうか。引き出しに入っていたのも銀で出来ているものが多かった。なにか拘りがあるのだろう。

すると奏楽はナイフを僕目掛けて投げつけた。あまりに予想外だったので僕は避け損ねる。左腕に鈍い感覚と共に刺さった。

「ああああああああ!」

僕の叫び声を聞いて奏楽はにやりとしてもう一本ナイフを取り出した。しかし何もしてこない。僕が落ち着くのを待っているのだろう。とんだ変態だと思った。

落ち着いたところで奏楽を見ると、こちらを観察するばかりでナイフを投げてくる素振りを見せなかった。来いよと言いたげだった。ゆっくりタイミングを見定める。そして彼の胸目掛けて走っていく。彼はその場から動かなかった。避けなかったのだ。肉を刺す気持ち悪い感覚が小刀を通して伝わってくる。

「……お前は僕を殺した……」

小刀を抜くと奏楽はそう言って笑いながら崩れ落ちた。彼は倒れ際に右脚にナイフを刺した。どうにか僕も、小麦も助かったと思って脱力すると急に傷が痛む。

「……人志くん?」

後ろから声が聞こえる。よく聞きなれた綺麗な声だ。フラれたにも関わらず諦めきれない小麦の声だ。きっとこの光景を見たら誤解するだろう。僕が彼を殺したと。事実ではある。しかしこれは違う。だから振り向いて誤解を解こうとした。

「違うんだ。小麦。これは……」

そう言いかけてナイフの刺さった右脚からこけてしまった。その勢いで持っていた小刀が右腕を切る。骨まで届いているだろうか。そんな感覚だ。もう痛みなんて全然感じない。

「人志!」

燈の声だ。こちらに駆け寄ってくるのが分かる。小麦はまだ突っ立ている。

「健!救急車!」

「あ、あ、うん」

呆然と見ていた健に燈は声を荒げた。

「人志、なにがあったの」

燈の強くも優しい声に微笑みながら、僕は答える。

「奏楽の部屋……」

その言葉を境に声が出なくなる。声を出す気力が出なくなる。

燈は着ていた浴衣を破いて、傷に巻いて強く締めた。薄れゆく意識の中、小麦の口から洩れる脱力した小さな叫び声が僕の頭の中を反芻した。そこからはもう覚えていない。

次に目が覚めたのは、病院のベッドの上だった。医師や親、それからいつものメンバーが僕を見ていた。


後日談。

その後、僕は刑事さんたちから繰り返し取り調べを受けた。奏楽は即死だったらしい。僕の小刀はろっ骨を避けて綺麗に心臓に刺さったようだった。肺は貫通していたという。怪我の具合と状況から、正当防衛が認められたらしい。

どうにか体を起こせるくらいになってから、家族とメンバーに何があったかを話した。初めて奏楽の部屋に入ってからの事を全て。小麦は顔面蒼白状態で随分ショックだったらしい。それもそのはずだ。健と燈によると小麦と奏楽はいい感じになっていたらしい。そして、ごめんなさいと僕に謝った。理由が分からなかった僕はなんで小麦が謝るんだと聞いた。

「あの日奏楽くんの家に入ったとき、人志くんが一方的に殺したのだと思って、だから……」

話の後半はもう泣きだして何言ってるか分からなかった。

「いいんだ。僕もあの現場を見たらそう思うはずだよ」

その言葉に小麦は少し落ち着いた。が、また号泣しだした。燈が付き添って病室の外に出て行った。健は長い間僕と話した。健曰、

「燈凄かったぜ。真っ先にお前の方に駆け寄って、お母さんのおさがりの浴衣で応急処置をして、奏楽になんか目もくれなかったぜ」

まあ長い付き合いだしな、と言うと健は鼻で笑った。

「お前気づいてないのか。こりゃ燈も大変だな」

何を言ってるのか分からなかったので流すことにした。

退院後、刑事さんから聞いた話だと、奏楽には親戚と言える親戚は一人もいないらしい。あの家は彼が一人で借りていたらしい。

夏休みはいつの間にか明け、二学期が始まる。夏休みの宿題は一部免除された。これはとても嬉しい事だった。

刑事さんからこっそり言われたことだが、今回の連続猟奇殺人事件はかなり手こずっていたらしい。それを犯人死亡という結果ではあるが、解決したことが嬉しいらしい。

しかし、未だに奏楽が作ろうとしていた人形は破片すら見つからなかったと言っていた。それがどうも僕の中で突っかかっていた。

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