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私と同類とはキスをした

作者:

貴方が好きな訳では、決して無いのよと、何度も何度も繰り返し言う。

弱々しく、男は頷く。少しばかり悲しそうにし、けれど、その鼻息を、確かに荒くしていった。

その様に笑みをこぼしながらも、私は内心溜息をつく。

こんな男に、私の初めての口付けを捧げるのかと思えば、ひどく淋しくなってしまった。

行きずりの男と、こうできるようにとしくんだのは私だけれど。

―――行きずり?

いいや、この表し方には語弊がある。行きずりも何も、私は、この男に胸をまさぐられ此処に来たのだ。行きずりどころの騒ぎではない。

人生初の痴漢にあい、不快と共に驚いたのだ。鼻が低く、腫れぼったい両目に弛んだ体、ボサボサの髪。何一つとしてパッとしたところの無い私に、こんなマネをする人もいるものなのかと。そして私は都合悪く、その時妄想をしていたのだった。内容は、言えない。そんな類いの、妄想を繰り広げていた。

そこに感じた、不快な感触。私は思わず振り返って、その手の主の顔を見た。気弱そうに目を動かす、ひょろ長い背の若い男。美形などでは、決してなかった。けれどそれが、その風貌が、逆に私を引き寄せたのだ。

この男は、私の同類である気がした。むしろ、私よりも下かのような。

頼りなさげにうろつく視線に、この男を可愛がりたいと、可笑しな思いが沸いてくる。

私の視線に気がつくと、男は青ざめて手をどかした。そして慌てふためいて、私から離れていこうともがく。けれど、混雑している電車の中だ。停車をしている訳でもないのに、動くことは難しい。

不思議と自然に笑いが洩れて、私は男の裾を掴んだ。

ヒィ、と小さく悲鳴をあげたその男は、ガチガチと震えて縮こまった。私は何かがこみ上げてくるのを感じながら、優しく耳元でささやいたのだ。

キスぐらいならしてもいいよ、と。

「ぐらい」も何も、私は何一つとして、未体験であるのだけど。

そしてそんないざこざがあって、結局のところは今に至る。

不恰好なこの男は、鼻息を荒くするばかりで、淋しげな目を向けるばかりで、一向に口を近づけてこない。

男は何もしゃべらず、だから私も、大して喋る事は出来ない。ただひたすらに、じれったい男の目を見つめた。苛立ちは、不思議と募らない。ただ、言いようも無しに淋しさがつのる。

好きなわけでは、決してない。

先ほどから、ずっと男に言っていた言葉を、口の中で反復してみる。そうしてから、気がついた。これは中々に残酷な言葉だ。今からキスをしようという相手から、好きでは無いと幾度も言われる。それは、一体どんな気持ちがするものだろうか。

私は、もう一度、改めて彼の眼を見つめた。ぴったりと慎重に視線を合わせ、男の肩を震わせた。

男の目には、何か、色々な物が映っていた。この物の名前を、私は知らない。ただ、淋しそうだとか、悲しそうだとか、陳腐な言葉が浮かぶだけだ。

地面を蹴って、肩を掴んで。私は、いきなりに彼に口付けをした。

ぬちゃ、と、気持ちの悪い音がたつ。初めての口付け、ファーストキス。全くもって、ほんの少しのロマンもない。

男の双眸が驚きに見開かれ、慌てて私から離れようとする。けれど私は意地でも離さず、執拗に口付けを続けていた。

しばらくたって、私は息がもたなくなった。不恰好に息の音を立てながら、私は男から口を離す。乱れる息を整えようと、体も男から離そうとする。

けれど、離れる事は出来なかった。

大した間もなく、私の口に男の口が重なったのだ。

さっき私がしたのとは違う、がっつくような勢いのキス。先程よりも、もっと気持ちが悪い音がして、私の口に、男の舌が侵入してくる。

驚きから、抵抗しようとした私を、男は強く抱きしめた。

肩が痛む。男の体が汗ばんでいるのが感じられて、私は恐怖にすくんでしまった。

けれど男の抱擁に、やましさは感じられなかった。子供が親にするような、べったりとした、甘えを求めるだけの抱擁。

けれど私は怖がっていて、それは男を傷つけただろうか。

侵入をやめない男の舌に、私は自らのそれを絡めた。

男の舌は勢いをまして、乱雑に秩序なく動き回る。私のそれも男のそれも、ただただ気持ちが悪いばかりで、漫画や小説で見かけるように、気持ちがよくも嬉しくもなかった。

気がつけば、男は泣いていた。

嗚咽をあげんばかりの涙を流しながらも、口付けのせいで声を上げれはしないのだろう。それが何だか哀れに思えて、私は男を抱きしめたかった。

けれど男の抱擁による締め付けのせいで、私の思いはかなわい。

汚らしい、男の泣き顔を見ながら続く口付けに、いつしか私も涙がこぼれた。

けれど、二人とも口付けは止めない。むしろ私はつよくがっつき、男もそれについてきたのだ。

息がつづく限りに続け、そして息が続かなくなれば、私達は、二人で揃って嗚咽をこぼした。

うわああああうわあああと声を張り上げ、泣きじゃくる男と共に泣いた。

泣きじゃくりながらも、私達はキスをした。がっつくように貪るように、私達はキスをしあった。

何となく思い浮かぶままに書いたブツです。…ていうか自分のはいっつもそうですが。

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― 新着の感想 ―
[一言] 郎さん、正直、読んでて、結構興奮しましたよ。 思い浮かんだからって、こういうの書けるのはすごいね。 ずいぶんリアルに表現されていて、逆に中途半端にするよりは、これくらい開き直った書き方をした…
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