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冒険者登録

 レインさんと分かれた後は自分でも不思議なほど傷心のまま、 宿の裏から煌夜達の待つ入口へ歩いて行った。 気持ちが落ち込んでるせいか足取りも重い。

宿屋の入り口が見えた所で、 タナトスさんの足元で不安げにキョロキョロしていた煌夜が、 私に気がついて飛んできた。


 『ゴメン―― ごめんねコーヤ』


 ぎゅうぎゅうと抱きついてくる煌夜に物凄い罪悪感を感じて泣きそうになった。 こんなに心配してくれてるのに私ったら、 レインさんの事で頭の中がいっぱいで。 今の私は煌夜にレインさんへの良く分からない気持ちの事を謝ってるのか、 はぐれた事を謝ってるのか正直良く分からない状態で―― 自分が嫌になる。

 何でこんな事になっちゃったのかな…… ちょっと前まではこんな気持ちになった事なかったはずなのに。

 ホントウニ? 心の奥で、 そんな呟きが産まれた事に動揺して煌夜を抱きしめる手に力が籠った。


 『心配したぞ。 ナギ―― まぁ大丈夫だとは思ったが―― 』


 『本当に無事で良かったであります。 夢中で走るナギ殿に追いつけなくて正直、 驚いたでありますけど』


 嘆息したタナトスさんと、 安心して半泣きのポチ君がそう言ってくれて余計に心が痛む。 いっそ怒られていた方が気が楽だと思う私はズルイんだろう。 

 いつもなら、 走り出したとたんに転びそうなものなのだけど、 あの時は必死だったしね。 正直あんなに早く走れたのが不思議でならない。


 『ごめんなさい―― お父さん…… を見たと思って―― でも冷静に考えれば、 そんなはずないのに』


 何故、 勝手に走って行ったのかを説明するのはとても気まずかった。 だって、 いるはずの無い人を見かけて迷子になったっていうのはね…… 反省してます。 軽くパニックになっていたのだろうと、 冷静さを取り戻している今なら分かるけれど。


 『父親? ――まぁ確かに二世代で世界を渡るような話は、 この辺では聞いた事もないが…… 万が一と言う事もある。 確認できたのか? 』


 『いいえ―― 見失ってしまって…… 』


 心配そうにそう言うタナトスさんに申し訳ないですと返しながら、 私は目を伏せた。 そんな奇跡的な偶然が存在する訳ないって、 大丈夫…… ちゃんと分かってる。 そう自分に言い聞かせて溜息をついた。 


 『そうか―― なら、 明日はギルドで登録した後に、 その御仁を探してみるか? 』


 『え? でも先を急いだ方がいいんじゃないんですか? 』


 先を急ぐ旅だと思っていたから、 タナトスさんのその言葉には驚いた。 私が遠目とは言え勘違いするほどに似ていたのだ。 もし会えるのならば会ってみたいという気持ちはあった。 それと―― レインさん。

 人に見られたくないと言っていた彼が街中にいるとも思えないんだけど…… もしかしたらと、 淡い期待をしてしまう。 さっきのだって、 拒まれたとは限らないもの。 もしかしたら、 答えてくれなかったのは何か理由があるのかもしれないし……。


 『まぁ、 確かに急ぎたい所ではあるが、 登録証が発行されるのはおそらく昼過ぎになるはずだ。 それと前に話した俺の友と連絡が取れそうでな。 できれば一度顔合わせをしておきたい。 あちらの事情が許すなら同行して欲しいと考えている』


 あぁ、 タナトスさんが言霊士みたいな能力を持ってるって言ってた人だよね。 協力が得られるかどうかはこの先で重要になって来そうな感じもするし、 確かにその人に会えるのなら急いで出発しない方が良いのだろうと思う。 

 なので、 今日はギルドに行った後、 タナトスさんの友達の連絡を待ちつつお父さんに似た人を探す事になりました。 …… レインさんにも会えるといいんだけど…… そんな感じで、 私達は今…… ギルドに向かって歩いてる。

 昨日も人は多かったけれど、 夜だったせいか確か女の人が少なかった。 今は女性の方が多い気がする。 

 そして、 彼女達の中で年若い子達の多くがあの白いアイシャドウのメイクをしていた。 ――流行してるんだね…… けど、 彼女達がやっているとカッコいいから不思議だ。 顔のつくりの問題なのかな?

 そんな事より困っているのが視界の中にハイイロが見えると、 身体が勝手に反応してしまう事。 無意識のうちにレインさんをじゃないかと思うらしい。 

 自覚は無いけれどいつもよりボーっとしてるらしく、 タナトスさんとポチ君から大丈夫かと何回も聞かれていた。 逆に何も聞いてこないのが煌夜だ―― 昨日から様子のおかしな煌夜は私の腕に抱きついたまま離れない。

 昨日だって、 真っ先に怒られると思ったのに…… あの煌夜が何も言わないんだよ? 流石に具合が悪いのかなって気になったんだけど、 何でも無いの一点張り。 タナトスさんとポチ君は事情を知ってる風だったけど、 今は放っておいてやれとしか言われなくて……。 

 時々、 じっとこっちを見てたり―― 口を開いては閉じたりしてるから、 何か言いたい事があるんじゃないかと思うんだよ……。 けど、 タナトスさん達が理解してる風なのに…… 私には言いあぐねるってさ―― 何だか仲間外れにされてるような気がして、 私も素直に煌夜に聞けなくなっちゃって……。


 ―― はぁ…… どうしてこうなっちゃったんだろうなぁ……。


 昨日―― 宿の部屋に戻ってから、 ダイスさんとやらの手下っぽい人に追いかけられた事、 通りすがりの人に助けてもらって、 宿屋の近くに送って貰った事を皆に話した。 レインさんの事は最低限の事だけ―― 名前すら言わなかった。

 ちょっと前の自分なら、 レインさんて名前のこんな人に助けて貰ったって言ってたと思う…… それが出来なかったのは、 どうしても煌夜に対して後ろめたく感じたからだ。

 何で、 後ろめたいのか…… それを考えてしまうと見たくない事を見なければいけなくなるような気がして、 どうしても直視出来なくて。 結果、 嘘をついた訳ではないけれど…… 大切な煌夜と皆に自分から秘密を作ってしまった状態だ。

 そのくせ、 自分は仲間外れにされてるような気持ちになってるんだから―― 本当自分勝手。 多分後ろめたい気持ちがあるから、 そう感じてしまうんだろうと思う。


 「―― ギ…… ナギ! ついたぞ? 」


 そうタナトスさんに呼ばれて我に返る。 いつの間にか景色は変わり、 大きなマナの樹に半ば埋もれるようにして建つ、 とんがり帽子の赤い屋根を乗せた建物の前に立っていた。

 確かに私はボーっとしてるらしい。 そう自覚して、 項垂れた。


 「すみません。 確かにボーっとしてたみたい」


 『昨日は色々な事があったでありますから…… 街中ですし、 転んだり、 はぐれたりしなければ問題ないでありますよ』


 ハイテンションだったのが落ち着いたポチ君はしっかり者でしたよ。 慰めてくれる心遣いに感謝しつつ微笑んだ。

 建物には冒険者組合レムス支部―― そう書かれた看板が掲げられている。 大きな扉は開け放たれていて、 冒険者だと思われる幾人かが出入りして行くのが見えた。 

 私と煌夜、 ポチ君とタナトスさんと言う組み合わせはどうやら奇異に映るらしい。 チラチラとしたものから、 無遠慮な視線が私達に突き刺さる。

 タナトスさんはそれを気にもせずに中に入って行った。 私も慌てて中に続く。

 中は外から受ける印象よりも広い。 建物が樹の幹に食い込んでるからなのだろう。 普通なら樹に飲み込まれて壊れてしまいそうなものだけれど、 柱に刻まれた呪紋から、 何がしかの強化がされてるんだろうと予想できた。 

 1階はほぼワンフロア。 ど真ん中に二階に上がる大き目の螺旋階段が一つ。 奥には地下に行くらしい階段があるみたい。 そして左側には大きなバーカウンターとテーブルに椅子…… どうやら軽食もとれるみたいで幾人かがテーブルでご飯を食べたりしていた。 私達が入ると、 会話が途切れ伺うような視線を感じる…… 少しだけ居心地の悪い思いをする事に。

 右側の方にあるのは各種手続きのできるカウンター。 簡単に区切られていて、 依頼をする人と冒険者登録をしたい人が利用するカウンターと、 冒険者が依頼を受注するカウンター、 依頼を完遂してお金を受け取ったり魔物から剥いだ素材を換金するカウンターがあるみたい。

 まだ、 早い時間のせいかこちらのカウンターの人はまばらだ。 迷うことなく歩を進めるタナトスさんの後を追って、 冒険者登録が出来るカウンターへと付いて行く。


 「おはようございます。 ご依頼ですか? 登録ですか? 」


 「おはよう。 登録を頼みたい―― 」


 お姉さんにそう声を掛けられて、 タナトスさんが返事をする。 私はカウンターに座ったお姉さんを見て驚いた。 金の髪に白い肌、 そして緑の瞳…… 普通に考えれば光の民だよね。 けど私が驚いたのはそこじゃない。 このお姉さんの耳が―― 尖っていたからだ。

 

 「―― エルフ…… 」


 ゲームで良く見るエルフ―― それにしか見えない。 あれ? この世界ってエルフもいるのかな…… あ、でも精霊がいるんだし…… エルフって妖精とか精霊の類だったよね……? そう思った時、 美人のお姉さんは驚いた顔をして目を瞬かせると「あぁ…… 」 と呟いた。


 「外界渡航者の方ですね? 」


 「え? なんで…… 」


 美人のお姉さんに稟とした声で言われて、 青褪める。 少なくても擬態は完璧のはずなのに―― 何故またバレたの?


 「今―― エルフとおっしゃったので。 以前、 外界渡航者の方に同じ事を言われた事があったんです。 残念ながら私は精霊の類ではありませんけれど。 獣人の血が少し出てるので耳が尖ってるんですよ」 


 「そうなんですね…… 何だか済みません」


 絵でしか見た事のないエルフ―― そうとしか見えない美人さんに目線を合わせてそう言われると、 どうにもドギマギしてしまう。 私が困ったようにそう謝れば、 眩しい程の笑顔を浮かべたお姉さんが謝らないで下さいとそう言ってくれた。


 「いいえ。 エルフって美しい人達みたいですからね。 そう言って頂けるなんて光栄です」


 どうやら、 喜んで貰えたらしい。 ニコニコと笑うお姉さんはとっても嬉しそうだもの。 

そこで、 はたと我に返る…… このお姉さん、 エルフじゃないんなら光の民だよね? タナトスさんの属する闇の民とは犬猿の仲なんじゃ……。 タナトスさんの今の外見は森の民だから、 お姉さんは置いておくとしてタナトスさんは複雑なんじゃ……?


 「ほう―― そんな精霊の種族がいるのか? 」


 私の心配は他所に、 タナトスさんからは不安とか苛立ちとか―― そう言ったものは一切感じられない。 


 「え? あぁ…… 正確に言えば、 神代しんだいに滅びた種族の1つです。 私のいた国には居なかった種族ですけど。 今じゃ伝説が残ってるだけで実際に居たのかどうかも分からないですから」


 タナトスさんの問いに私は頷いた。 神代と呼ばれる時代、 私のいた世界には神霊と呼ばれる種族が数多く居たと言われているんだよね。 海外の国にいた神霊の一つがエルフだったはずだ。 けれど、 或る日を境に忽然と彼等は姿を消したらしい。

 考古学の世界でも未だ紐解けない不思議の一つ。 全世界から同時に消えたらしいからね。 一節には彼らにしか罹らない流行病で滅亡したとか、 私達には見えなくなった―― 別世界に旅立った…… 宇宙に旅立ったとか色々と諸説がある。 今の私なら別世界に旅立ったって言うのを押すかなぁ?

 

 「エルフね…… 幽霊大陸レイスの伝説にも似たような話があったな…… 」


 「あぁ―― 世界樹の化身たる一族―― ユグドですわね。 光の民と闇の民にしか伝承が残っていない不思議な一族…… 貴方の民と光の民の中では伝承が違うんですよね? ふふふ。 この間、 またその違いで喧嘩になっている人達を見ました」


 お姉さんにそう微笑まれて、 タナトスさんが苦笑する。 その中に親密さが見てとれて私は困惑した。

あれ? この2人元々知り合い? 闇の民と光の民は本来仲が悪いんじゃないの……?


 「ふふ。 ネリア、 私ちょっと上に行かなければならないの。 ここ、 頼めるかしら」


 お姉さんがそう声を上げて呼び掛けたのは、 バーカウンターの中に居たうちの1人だ。 その人は「わかったわ! 」 と声を上げると片手を振ってウィンクした。


 「じゃあ、 上に行きましょうか。 手続きは2階でしますから。 登録するのは、 貴女と竜の方とレイスの方かしら? 」


 「そうだな。 本来ならトレントもいるんだが…… 今はいないから―― あぁ、 俺は付き添いとして考えてくれ」


 お姉さんは頷くとカウンターから出て来て階段へと案内してくれる。

 案内された木製の螺旋階段は予想以上にギシギシと音が立って少し怖かった。 音を気にして恐る恐る階段を上る私を見て、 お姉さんが「ここはワザと音がなるようになってるんです」 とそう言った。 

 一般の人が入れるのは基本的に一階と地下だけ。 上の階は、 許可なく入る事ができないんだって。 だから、 ど真ん中なんて目立つ位置に階段があるし、 万が一こっそり登ろうとする人がいても分かるようにワザと音が鳴るようになっているんだそう。 だから、 階段に行く時―― 他の冒険者の人達にガン見されたのかぁ…… あまりに注目されて、 ちょっと怖かった。

 上がっていくと現れたのは広い廊下だ。 職員さんらしい幾人かが、 私達をみて会釈してくる。 ほとんどが森の民みたいだ。

 お姉さんはそれに片手を上げて答えると、 奥の方にある扉を開けて私達に中に入るように促した。


 「久しぶりだなキトン」


 「ふふ。 お久しぶりですタナトス」


 お姉さんが扉を閉めると、 タナトスさんがそう言って笑顔を見せた。 お姉さんも嬉しそうに笑顔を返す。 この二人やっぱり知り合いだったみたい。 その親密さに疑問を覚えつつも促されてソファに座る。

 この部屋は大樹の幹にメリ込んだ位置にあるので窓が無い。 代わりに白色に光る石が天井から辺りを照らしていた。 イメージ的には応接室が一番近い形だろうか。


 「改めまして、 私のアザナはアルフィオーレ―― アルフィとお呼び下さい。 こちらの冒険者組合レムス支部の支部長補佐をしています。 本来なら支部長が手続きをする所ではありますが―― 」 

 

 アルフィさんは微笑んでそう自己紹介すると、 一端、 口をつぐんだ。


 「今、 森の王に呼ばれて外出しております」


 アルフィさんがそう真剣な顔をしてタナトスさんに向き合う。 対するタナトスさんは渋い顔だ。


 「―― 他の王も集まっていると? 」


 難しい顔をしてそう問いかけるタナトスさんに、 申し訳なさそうにアルフィさんが頷く。


 「えぇ。 他の民の王―― 後はマナの大樹から一番近い街の支部長…… それから各大陸の本部長ですわね。 後は私の父も…… 」


 「俺が呼ばれぬと言う事は、 いよいよ他の民は闇の民がマナを汚す者―― つまりはこの件の元凶だと思ってるって事だな」


 二人の話から想像すると、 闇の民を抜かして各国がマナの大樹への対処を話し合う会合を開いているって事? それでもって、 犯人は闇の民だって事に完全に決めつけられちゃったって事かな。


 「残念ながら―― けど、 タナトス―― 父は信じてはいないわ…… 少なくとも貴方がそれを指示しているとは考えていない」


 必死に言い募るアルフィさんに難しい顔で黙り込んだタナトスさん。

 冒険者登録をしに来たはずなのに、 急に重くなった空気に私はオロオロしてしまう。 そんな空気の中、 声を上げたのはポチ君だった。

 

 『その…… いったいどういう事でありますか? 』


 ポチ君の問いにタナトスさんと、 アルフィさんが顔を見合わせる。

そう言えば、 ポチ君にはタナトスさんと旅をする事になった理由を話してなかったっけか。 タナトスさんは厳しい顔をしながらも、 ポチ君に今までの経緯を説明していく。 


 『それは―― 困った事になってるでありますな…… 』


 「私の父は、 光の民の長なんです。 うちの父が呼ばれてタナトスが呼ばれないと言う事は、 各国の王が彼すら―― 信用していないと言う事です」


 憤慨したように言うアルフィさんに、 少しだけ苦笑するタナトスさん。 そんなタナトスさんに私は疑問を込めた視線を投げかけた。 なんでアルフィさんのお父さんが呼ばれてて、 タナトスさんが呼ばれていないと言う事が問題なのか分からなかったからだ。


 「それは俺が闇の民の長だからだな―― 『タナトス』 と言うのは代々闇の民の長が名乗る名だ」


 「だからか―― イ―ロウがすんなりとお前を受け入れたのは」


 ボソリと呟くように煌夜がそう言った。 その言葉にタナトスさんが頷く。 ―― 今日、 煌夜の声をまともに声を聞いたのはじめてかもしれない……。


 『それにしても、 当代の闇の民と光の民は仲が良いのでありますな? 僕の時代は大分血生臭い感じでありましたが―― 』


 しみじみと思いだすように言うポチ君に、 アルフィさんが古い時代は大分酷かったと聞いてます―― とそういって頷いた。


 「昔程ではありませんが、 実際は仲が良いとは言えない状況ですね…… 私とタナトスが親しいのには理由がありますし」


 そう言うアルフィさんが話してくれたのはまだ幼い子供だった頃――  次期族長と名高いタナトスさんが、 人攫いの集団を見つけた。 彼らを倒した時に捕まっていたうちの一人がアルフィさん。 他の子達は身元が分かって親元に帰れたけれど、 まだ自分の名前も言えなかった彼女の身元は分からず…… 光の民であると言う事で逡巡したものの、 結局タナトスさんが引き取って育てたのだという。 その時の仮の名が『子猫キトン』 

 それから何年か経った頃―― ずっとアルフィさんを探していた父親が、 闇の民と共にいる光の民の娘の噂を聞きつけてやってきた所―― ようやく身元が判明―― 父親の事を覚えていなかったアルフィさんは、 その頃族長になっていたタナトスさんにしがみ付いて帰らないと大泣きしたらしい。


 「エイロスにはその件で散々恨まれたものだが―― しょうがないと思わんか? キトンが父親を忘れていたのは俺のせいじゃなかろうに」


 その時の事を思い出したのか、 タナトスさんが懐かしげに目を細めた。

エイロスさんと言うらしい、 アルフィさんの父親はそれまでの経緯を聞くと大層感謝し―― 闇の民と光の民という違いはあれど、 元々は同じ民―― 今までの認識を改めて行かないかとタナトスさんにそう告げた。

 エイロスさん曰く『カビが生えて元がなんだったのか分からないようなもんの為に争うのは馬鹿げてるだろう? 』 だそうである。 確かにそう思う気持ちは分かる――。 けれど長年の遺恨をカビと表現して切り捨てるなんて中々できる事じゃないよねぇ。

 実際、 タナトスさんはそう言われた時―― 複雑な気持ちになったそうだ。

 アルフィさんを引き取る時にも闇の民の中では色々揉めたそう。 それでも育てて行けば情が移る。 タナトスさんの光の民への敵対心もアルフィさんのおかげで少し丸くなったとはいえ、 祖先たちの苦しみを『カビ』 の生えた元が何だか良く分からないモノと、 馬鹿にされたように表現されて土を食べたような心地になったらしいです。


 「言いたい事は理解できたんだがな…… もう少しマシな表現をしてやっても良いとは思わんか? 」


 祖先の苦しみをそう表現されて、 賛成したい気持ちはあるのに思わず殴ってしまったらしい。 普通ならそこで決裂しそうなものだけど、 エイロスさんは光の民の中でも結構な変わり者だったらしくて、 大声で笑った後―― もう一発殴るか? と聞いたそう。 

 そう聞かれてタナトスさんは苦笑しながら『もう一発殴る気はない―― ないが謝る気もないぞ。 例え、 お前にとってカビの生えたものだとしても―― 長年培われて来たものは確かに存在する…… それを今のように表現する事は好かない』 そう言ったみたい。

 対してエイロスさんは『お前は正しい。 そこで拳を振り上げねば俺がお前を殴ったかもしれん』 と答えたんだって。

 良く分からないけれど、 彼らの『誇り』 の問題であるらしい。 確かに、 現在では良く分からない理由のために未だに仲違をしているのは馬鹿らしいかもしれない。 けれど、 自分達の祖先にはそうせざるおえない様な理由があったはずだ。 今、 自分達があるのは祖先がいたからこそである。 ならば、 何も弁明できぬ彼らの為に、 馬鹿にされるような事を言われたのならば怒らなければならない―― みたいな思考回路がそこにはあるらしい。 つまりエイロスさんはワザと馬鹿にしたような発言をしてタナトスさんを試したって事なのかな?

 その後にエイロスさんは、 族長こそ率先して模範となるべきだと言って、 タナトスさんに義兄弟となる事を提案した―― タナトスさんはそれを保留にしているみたいだけどね。 

 そう言えば前にイ―ロウさんとタナトスさんが光の民と闇の民についての話をしてた時、 結構キツめの反応してたからねぇ……。 それを考えれば、 いくらアルフィさんのお陰で光の民に対しての悪感情が緩和されていたとはいえ、 いきなり義兄弟はハードルが高そうだ。


 「その流れを歓迎してくれる方たちも存在しますが、 残念ながらタナトスと父に対する反発はまだ多いんです。 若い世代はそうでもないんですけどね―― 年寄りになればなるほど、 許せないみたいで」


 実際、 族長を降ろそうという動きもあったみたい。 けれど、 それを理由に族長を降ろすにはタナトスさんとエイロスさんは優秀すぎたらしく…… 実現はしなかったみたいだけれどね。

 

 「さて、 昔話はこれ位にしよう。 各国の王達の会議は今はどうにも出来ぬしな」


 「そう―― ですね。 確かにどうにもできませんものね。 では、 冒険者登録の手続きを開始しましょうか―― まずは簡単に口頭試問を行います。 よろしいでしょうか」


 「はい。 宜しくお願いします」


 アルフィさんにそう言われて、 私は頷いた。 口頭試問―― その響きが学校のテストを思い起こさせて少し緊張してしまう。 一体何を聞かれるんだろう。

 まず聞かれたのは、 私がいた世界の事―― 星の名、 住んでいた国の名―― どういった技術が発展し逆に何が無いのか――。  

 それから、 煌夜が居た世界の事―― 煌夜は多くは話さなかったけれど、 何故かその話を聞いた時にまるで知っている事のように心が痛んだ。 

 家族を亡くして神さまに救われたと言う煌夜―― そこであれ? と思う。 その話だと、 神さまに感謝するよね? なのに煌夜は神さまが嫌いだ。 憎んでいるって言っても良さそうな位に…… 今だって、 救って貰ったって言ったけど、 なるべく感情を込めないように自分を殺しているようにも見えた。 それなのに、 私は心のどこかでその煌夜の態度が当然だと思ってる―― 何故?

 私の物思いはアルフィさんの声にかき消され、 ポチ君への口頭試問は私が考えに耽っている間に終わったみたい。 

 後は煌夜と私の手の甲にある模様を写し取り―― これは転写機能を持つ石を使って行われた―― 後は冒険者証が出来るのを待つだけだと言う。


 「あの、 レベルの確認とかしないんですか? 」


 「あぁ、 今石で読み取ったでしょ? そこにその情報も入っているから大丈夫ですよ。 この情報は全ギルドで共有されますけれど、 当人が隠しておきたい事とかはちゃんと秘匿されますから―― 安心して下さいね」


 契約紋が一種の記憶媒体みたいなものなのかな―― で、 この石がUSBメモリみたいなもの??


 「へぇ、 便利なんですね、 その石…… 」


 見た目はただの黒い―― 手のひら大の石なんだけどね…… そんな機能も付いていたとは……。

それから、 タナトスさんが昨日の『ダイス』 という名のおじさんの事を要注意人物として報告する。 

アルフィさんは頭が痛そうな顔をした後、 『最近犯罪スレスレの行動が多い商人ですね』 といって顔を顰めた。 どうやら、 私達の他にもトラブルになった―― なりかけたと言う人が多い人物だったらしい。 


 「今回、 追いかけて来た男達の顔は見ていないんですね? それですと残念ながら商人組合に抗議する事しか現状ではできません―― 」


 決定的な証拠が今まで出ていないので、 『私がやった証拠でも? 』 の一言でノラリクラリとかわされているみたい。 商人組合の方でも煙たがられているみたいなんだけどねぇ…… 疑わしきは罰せずって状態にフラストレーションが溜まってる人達も多いみたい。

 商人組合に苦情が入ったと知れば、 無茶な事はしないと思うけれど注意して下さいって言われましたよ。


 「明日の午前中には出来ると思いますから、 お昼過ぎ以降に取りにいらして下さいね」


 「はい。 宜しくお願いします」


 そう言ってお願いして、 アルフィさんに階段の所まで見送られて、 私達は一階へと降りた。

階段を降り切って少し歩いた頃、 ギルドの入り口に人影が―― 2人―― ううん3人見えて私は立ち止った。 顔は逆光になっていて良く分からない―― けど、 その先頭を歩く人を見た時に思わず声が出る。 


 「お父さんっ! 」


 そう叫んで、 走りよる―― しがみついて見上げれば、 黒髪に黒目の男の人で―― 背格好、 歩く姿は完全にお父さんとしか思えなかったんだけれども、 その人の顔は明らかにお父さんでは無かった。

 お父さんが釣り目でキツイ顔立ちなのに対して、 この人は垂れ目で温和な顔立ちだ。


 「おとうって、 ぁか? 悪ぃが、 オレには嬢ちゃんみたぁにデカイ子はまだおらんが」


 人間違いに気が付いて、 恥ずかしさにその人から慌てて離れた時だった――。 その人が話す独特な言葉―― そして、 間のとり方や話す時の抑揚のとり方―― 同じような癖を持った人が、 ふ―― と 私の脳裏に浮かんで来る。


 「…… おじいちゃん? 」


 思わずポツリと出た言葉に、 その男性がガンっとショックを受けた顔をする。


 「―― いやいやイヤイヤ? ちょお待ち。 待ちゃあな。 この年でジジィは勘弁じゃ? それとも、 嬢ちゃんにはオレがジジィに見えとんの? マジか?? これぁ凹むんがいいんか? 我ぁはそんなん老けちょる?? 」


 自分の事をオレって言ったり、 我ぁって言う所までそっくりで私はあまりの懐かしさに胸が締め付けられる。 けれどもちろんこの人が、 おじいちゃんなハズはない。

 おじいちゃんは確かに垂れ目だったけど、 目が開いてるんだか開いてないんだか分からない糸目だったし……。 背も、 この人よりかは低かったはず。 そして、 何よりおじいちゃんはもう亡くなってる訳で、 この人は30代だと思うから。 

 後ろにいる仲間に半泣きで訴え出した男の人に「背格好が父に、 話し方が亡くなった祖父にあまりに似てて―― 済みませんでした」 と慌てて謝る。 

 声だけ聞けば、 もちろん若くて張りのある声だけれど―― まるでおじいちゃんが話してるみたいで、 懐かしさに思わず目に涙が滲む。 

 男の人は、 私のその言葉に大きく安堵の溜息を吐いた。 「そぉか。 それなら安心じゃあな」 そう言って腰に手をやると、 私の後ろから近づいてくるタナトスさん達にニカっと笑って片手を上げた。


 「よう! ノール。 我ぁを探しとーとじゃろ? 来たったで」


 気さくに話し掛ける男性に、 タナトスさんが嬉しそうな顔をする。 そのまま二人で肘を打ち合わせると、 その男性とタナトスさんが私と煌夜に向き直った。


 「嬢ちゃん等ぁがお仲間かい。 オレは2年まえから外界渡航者しとるんじゃあ―― アザナはミズキやね―― 宜しくなァ」


 ミズキさんはそう悪戯小僧みたいに笑って言った。 言霊士のような力を使うタナトスさんの友達―― タナトスさんが協力を仰ぎたいと言っていた人。 それが、 父のような―― 祖父のような雰囲気を持った人だと言う偶然に、 私は随分と困惑した顔をしてたんじゃないかと思う。


 気が付いたらタナトスさんが族長に―― 書きながら考えてるもので、 急な予定変更は多々ありマス。 受付のお姉さんも最初名前―― 無かったですし……。 

 新キャラ、 ミズキさんがやって来ました。 後ろの二人は次回判明します。 

ミズキさんの相棒と――?

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