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感情につける名前――

 なんとか夕暮れまでに街に辿りつけましたよ…… 洞窟街道の出入口付近で野宿したから分かるけど、 夜の森って暗いのね。 街の明かりに慣れてる身としては、 あの暗闇の中での野宿はキツかったと思うので、 森で野宿をせずに街に辿りつけたのは素直に嬉しい。

 立派な門と頑丈な外壁は、 おそらく魔物避けのものだろう―― 様々な呪紋が刻まれていてエキゾチックな雰囲気に。 

 門番さんのチェックは大分ゆるかった―― あんなので大丈夫なんだろうかと思ったら、 看破っていうスキル持ちの人じゃないと門番になれないんだって。

 看破って言うのは、 この街に悪意があるかとか犯罪を犯しに来てないかとかを、 見破る事ができるスキルらしい。 だから、 逆に言えば街で悪い事をしようと思って無ければ指名手配犯でも侵入可能だそうだ―― それってどうなんだろう。

 それから、 宿屋さんにチェックイン。 小ぢんまりとしたお宿は漆喰のような壁と、 木とレンガで作られた可愛らしいものだった。 

 すっごい久しぶりにお風呂入ったよー!!! やばかった。 気持ちいかった。

 一部屋しかとれなかったので、 お風呂してる間はタナトスさんとポチ君に外出して貰ったのは申し訳なかったんだけど…… でも凄く癒された。 煌夜は一緒に入らないって言うから一緒に出かけてくればって言ったんだけどね? 何かあっても嫌だから部屋に居るって言い張って部屋風呂のドアの前に陣取ってたっけ。

 奇麗でしっかりした宿だったから、 鍵さえ掛けてってくれれば別に心配いらないと思うんだけど。

 タナトスさんと言えば、 今の立場から闇の民ってバレたらダメなんじゃん? と思っていたらちゃんと『変幻の腕輪』 を所持してたらしく、 街に入る前にササッとこの辺りの人と違和感ないような雰囲気になった。 体型を隠すような服から臍出しルックへ―― 細身だと思っていたタナトスさんが意外と筋肉質のお身体をなさっているのだと言う事を知った訳ですが―― 煌夜のご機嫌が急降下したので、 「かっこいい! 」 という言葉は呑み込んだ私です。 一応、 学習能力はあると思いたい。

 残念ながら、 この宿にはご飯を食べられる所が無いのだと言う事で、 紹介されたご飯屋さんに行って来た。 鶏肉の香草焼きとか、 マッシュポテトのチーズ焼きみたいなの―― 緑黄色野菜のスープとか果てはデザートの木イチゴのパイ! 凄いまともなご飯に心もお腹もいっぱいです。 こうしてちゃんとご飯を食べると、 美味しいものを食べるって事には癒し効果があるんだと知ってみたり。

 そんな感じで帰り道―― 人込みをはぐれないように歩いています。


 「美味しかったぁ! 」


 「確かに、 美味かったな。 あぁ、 ノールの飯がマズイって事じゃないぞ? 」


 「理解はしているさ。 野営の時はどうしても食材が限られるしな。 食堂のようにはいかないものだ」


 『ノール』 と呼ばれて答えたのはタナトスさん。 この姿の時にはその名前で通しているんだそうでこの街ではそう呼んで欲しいって言われたんだよね。


 『そう言えば、 昔、 外でも美味い料理を! って道具を作ろうとしていた者がいましたなぁ。 それはどうなったんでありましょうか』


 「あぁ、 昔から研究はされてるな。 だが、 気軽に使える値段の物が出来ないと聞いている」


 フードをしっかりとかぶってフヨフヨと飛ぶポチ君の呟きにタナトスさんが答えた。 すれ違う人がチラチラとポチ君の事を見る。

 正直、 レイスが街中を飛んでいるのだ。 もっと「きゃー! 」 とか「わー! 」 とか騒ぎになるんじゃないかと思っていたのだけれど…… 普通に、 街中に魔物―― いるんだね。 ただし、 首輪付けてるんだけど。 従魔契約、 ないしその他の契約か何かで人の使役に収まる魔物は意外と多いようで。

 かく言うポチ君も、 街に入る際―― 仮の首輪をつける事に。 仮って言うのは、 今日はもう冒険者組合ギルドが閉まってたから。 明日、 私と煌夜の登録をしに行く時にポチ君を煌夜の従魔として登録すれば、 ちゃんとしたタグつきの首輪が支給されるらしい。 

 私は首輪っていうのに少し抵抗があったのだけど、 ポチ君的には当然だって。 見えるところにつけてないと、 倒すべき魔物かそうじゃないのか分からずかえって混乱を招くからと。 

 そもそも、 この世界にはペットって概念が無いらしく、 私が違和感を覚えたポチ君という『ヒト』 に対して首輪を嵌めるっていうモヤッと感が見当違いだって事も分かった訳だけど。

 犬も猫もいるんだけどね。 彼等は首輪とかしないで放し飼いっていうか…… トイレとか大丈夫って思ったら、 そもそも飼ってるんじゃないそうで。 狩りとか行く時に手伝ってくれる友だそう。 そもそも、 道端でトイレするような恥ずかしい事をするようなのはいないそうで――

 体格も、 ネコで普通の犬くらいのサイズだし犬は大型犬より大きいし私の記憶の中にある犬猫とは別なんだと思う。 


 「あぁ…… それじゃあ流通は難しいですかね。 早く、 野外で美味しいものが食べられるようになればいいですけど」


 そんな事を話しながら歩いていると…… すれ違った人がポチ君を見て驚いた後、 羨ましそうな顔をする事に気がついて思わずさっきの出来事を思い出した。

 

 『オイオイオイオイ! そのレイス…… 自我が残ってるのか? しかも獣人?! おいあんた! そのレイス―― 譲ってくれんか…… 』 

 

 ずんぐりむっくりしたオジサンに声を掛けられたのは食堂を出てすぐの事。 ポチ君と私達の会話を聞いての事らしい。 タナトスさんが主だと勘違いして興奮しきりのその人を宥めれば、 タナトスさんがドン引く程の高額を提示してポチ君が欲しいと言われた訳です。 その時のタナトスさんは苦虫を噛み潰したような顔。 

 後で聞けば、 ポチ君ってやっぱりレアなタイプのレイスだったらしく―― かといって『変幻の腕輪』 は効果が無い。 主持ちだし、 そうそう絡まれる事はないだろうと軽く考えていたらあのオジサンの強襲にあって、 自分の見積もりの甘さに苦々しい気持ちになってたそう。 

 まぁ、 気持ちの良い人じゃなかったしね…… あのオジサン。 完全に、 ポチ君を『物』 扱いだったし。 聞いてる方の気分が良くなるはずもない。 

 

 『悪いが俺は主じゃない』


 『そうなのか? じゃあ、 この譲ちゃん―― 違う? って! 』


 閉口し気味のタナトスさんの言葉に、 オジサンが私の事を小馬鹿にしたように見た後―― 煌夜が主だと告げたらオジサンの目が爛々と光った。 その目が嫌で思わず煌夜をオジサンから隠す。


 『ふうん。 ほう―― へぇ…… 『森の賢者』 の血族かぁ―― 見たところ、 その譲ちゃんが竜の坊主の相方かね。 こりゃ珍しい…… あぁ。 竜に人権が認められてなけりゃあなぁ』


 ブツブツと不穏な事を呟くこの人は、 珍しい魔物を集めているコレクターだそうで…… ポチ君を所有したいのだとそう言ってのけた。 その瞬間ピリリと空気が冷気を纏う。 その変化に気付かないオジサンは、 いかに自分が珍しい魔物を所有しているかを説明するのに夢中だ。


 『金を積まれて手放すような関係じゃない。 ポチは俺の従魔だ。 お前がいくらダダをこねた所でそれを許すと思うなよ』


 私の腕の中から、 心臓を穿つような冷徹な声を出して―― 煌夜がオジサンを睨みつける。

瞬時に青褪めたオジサンは―― 『いや、 それは―― 失礼をば―― 』 とか何とかモゴモゴ言いながら後ろに下がると脱兎のごとく逃げ出した。 


 『中々―― アクの強い御仁でしたなぁ…… 』

 

 事の成り行きを茫然としながら見ていたポチ君がそう呟いた。


 『従魔契約のような信頼をもとにする契約だとは思ってなかったのだろうな―― 名前を聞けなかったのが痛いが…… あぁいう輩はトラブルを起こしやすい。 コーヤへの発言も気になる。 明日、 ギルドに伝えておくのがいいだろう』


 従魔契約とは違う物で、 あぁいう手合いが手を出すのが奴隷契約。 隷従―― そう呼ばれる一方的な契約を強いる物があるんだって…… それを聞いて私の心は沈んだ。 だって、 それってあのオジサンの所にいる魔物はそういう契約を強いられてるって事でしょ? 

 そんな犯罪者っぽい人でも街に入れるってどうなんだろうかとタナトスさんに聞けば、 門番の所で清廉潔白であっても街の中で魔が差す事はあるから、 犯罪が無い訳もないそうで…… 門番―― 意味あるのかなぁ? 

 そんな私のモヤモヤする気持ちに気がついたポチ君が言うには『盗賊行為なんかを防ぐためのものでありますから…… 』 だそう。 まぁ、 外から事前に計画されてる悪い事には強い―― のか?  

 けど、 街中で悪だくみされてれば意味無い気がする。 まぁでもそう言う犯罪には警邏隊が対応するそうです。 ようは警察官おまわりさんという訳だ。


 『あれだけ怯えて逃げたんだ。 まぁ大丈夫だと思うが、 そうして貰えれば安心だな』


 煌夜が、 私の腕の中でそう呟く。 表情は苦苦苦苦苦々しい感じだったけどね。 私的にも二度とは会いたくない人かなぁ。 そういうトラブルがあったので、 ポチ君にはフードをかぶって貰ってる。


 そんな事を思い出していた時だった。


 ふと、 目に入ったのは頭一つ大きな黒髪の人。 緑の色の中にポツンと見えるその黒は異様に目立った。 何故、 誰もその人に注目しないのか―― それがまったくもって理解できない…… それくらいにその人は浮いている。 そんなその人に私の眼は釘づけになった。 遠目で顔は良く分からない。 けれど、 その横顔のシルエットには見覚えがあって―― 私は茫然と足を止めた。


 「ナギ? 」


 私の横を飛んでいた煌夜が訝しげにそう声をかけて来るのが微かに聞こえた。 それよりも自分の心臓の音がバクバクと全身に鳴り響く。 


 「お―― さん―― 」


 泣きそうになりながら、 その言葉を口に乗せる。 信じられない。 なんでここに? だっているはずがないのに―― みんな―― だって―― もう存在しないはず・・・・・・・

 頭が痛い。 思い出してはいけない。 だめだ。 耳鳴りが酷い。 煌夜が、 ポチ君が、 タナトスさんが何か言っている。 ぐらぐらと揺れる視界の中で、 遠くに居るその人だけをやけにハッキリと見る事ができた。


 「お父さん! 」


 気がつけば、 走り出していた。 お父さん―― お父さん! お父さん!!

ボロボロと涙が零れて視界が悪い。 運動音痴の自分からは想像できない強引さとスピードで私は人込みを掻き分けて進んでいく。 お父さんが、 裏路地に入って行くのが見えて私は夢中でその後を追った。

 見間違えるはずがない。 最近ちょっと反抗期してたとは言え、 自分の父親だ。 こんな所にいるはずがないっていう冷静な部分の呟きは黙殺され、 ただひたすらに追いつこうと邁進する。

 皆、 ※※※はずだ。 だって私の世界は※※※※んだから……。 ワタシノセイデ。

バチンっ! と音がして、 私の頭に痛みが奔る……。 今考えていた事に靄がかかり、 私はあまりの頭の痛さにしゃがみこんだ。


 「ここ―― どこ…… 」


 痛みが薄れたころ、 ヨロヨロと立ち上がればそこは薄暗い細い路地で。 街の灯りは無く、 自分が何処から来たのかすら分からなかった。  

 必死で走ったのは覚えている。 そう確かお父さんを見かけたんだ。 そう思い出して嘆息した。 異世界のこんなところにお父さんがいる訳ないのに……。 それで走って煌夜達とはぐれていれば世話がない。

 万が一迷子になった時は宿集合―― その言葉を思い出し、 取り合えず宿を目指す事にした。

 きっと、 心配してるよね。 早く―― 戻らないと。


 「おい! どこだ?! 」 「あっちじゃないか? 」


 突然離れた所からそんな声が聞こえて、 路地の窪みに思わず身を隠した。

隠れてから、 この人たちに宿屋への道を聞けば戻れるんじゃないかと思いなおし、 出て行こうとした時だった。


 「くそ! 見失っちまった。 ダイスさんにどやされる―― てか何だってあの人はあんな若い娘を攫って来いって言ってんだ? 乳臭い小娘なんぞあの人の趣味じゃねーだろ」


 「交渉に使うとか言ってたぜ? レイスがどうとか」


 「あぁ…… そっちのか。 あの人見境ねーからな。 来月には魔物の品評会があるし…… そこで自慢したいんだろう。 珍しいのを手に入れたってよ」


 姿は見えないけれど、 二人の男が話している内容を聞いて青褪めた。 多分さっきのオジサンがポチ君を諦めてなくて―― まさか私を攫おうとしてる?!

 

 ―― 出なくて良かった……。 


 取りあえずは、 男達がどこかに行くのを待った方が良いよねぇ―― 行ってくれればだけど。

得てしてそういう時の嫌な予感って言うのは当たるものである。 足音が…… こっちに向かって響いて来た。


 ―― どうしよう…… どうしよう…… どうしよう――!


 捕まれば、 多分ポチ君と交換とかそんな事態になるのに違いない。 自分で迷子になったのに、 そんな迷惑かけられない。 このまま息を潜めて、 あの人たちが引き返してくれる事を祈る? けどそんな幸運あるはず無い。 私の足でどこまで逃げられるか分からないけれど――。


 「おい! いたぞ!! 」


 「あんな所に隠れてやがったか」 


 恐怖で足が縺れそうになるのを叱咤しながら、 私はただ走る事に集中した。 怖くて後ろは振り返れない。 けど、 遠くでしていた足音は段々と私を追い詰めるように近付いてくる。 


 ―― せめて大通りに出られれば……! 


 そう願って走ったのに、 曲がった先は行き止まりだった。 自分の運の悪さに怒りしか湧いてこない。


 「嘘! 」

 

 どうしよう、 鉄扇? 鉄扇で戦うべき? あぁでも、 強風で吹き飛ばしてあの人たちが怪我をしたりしたらマズイかな。 混乱した頭でそう考えた時、 誰かの手が私の口を覆った。 大きな羽ばたきと共に、 私の身体が持ち上がる。 暴れようとする身体を抱きしめられて身体が恐怖に強張った。


 「暴れるな。 落しちまう―― あいつらから逃げたいんだろ? 助けてやるから大人しくしてくれよ…… 頼むから」


 耳元で囁かれてコクコクと頷く。 破壊的なまでに身体に響く声にドギマギする。 友達が、 アニメの中の人のCDで、 『重低音ボイスヤバイ蕩ける! 』 って言ってたのが初めて理解できた。 重低音って程じゃないけれど、 何なのこの人声が良すぎ。 もはやさっきまでの恐怖で身体に力が入らないのか、 この人の声で身体に力が入らないのか良く分からない……。


 「何でいねーんだよ! 」


 「まさか壁を登ったとか? くそ。 八つ当たりはゴメンだぞ―― もしかしたら一本前を曲がったのかもしれない…… 戻るぞ」


 壁の上―― 石造りの家の平たい屋根の上に身を潜め…… っていうか背後から抱っこされてる状況に、 助かったとかいう安堵よりも別の緊張感と恥ずかしさの方が先に立つ。

 声からも理解はしていたけれど、 しなやかな褐色の肌の腕はがっしりとしていて熱い。 つまりは男性って事で―― まるで、 煌夜とキスしたときみたいに心臓がコトコトと忙しない音をたてて私を翻弄する。 感じるのは微かな罪悪感。 何故か、 煌夜に対して後ろめたい気持ちが沸き起こった。


 「えと―― 有難うございました…… その―― そろそろ離して欲しいっていうか…… 」


 「悪が、 姿を見られたくない。 特に人にはな」


 がっちりと抱え込まれてそう言われれば、 無理やり離れる訳にもいかず困惑する。

それでも見えてしまった―― 視界の端にチラと映るのは緑色の鱗のついた尻尾と羽だ。 けど、 腕が普通の肌だって事を考えれば、 獣人の先祖がえりの人なのかもしれない。 私としては、 爬虫類は大丈夫だし―― ましてや彼は竜とかなんだろうから、 むしろ大丈夫というか好きなので恩人の顔を見たい所なのだけど……。

 嫌がる人に無理強いする訳にもいかないと、 我慢する事にしましたとも。


 「分かりました。 絶対に振り向かないので―― 離して下さい」


 「俺が嫌? 」


 あれおかしい。 嫌とか言う話しだっけ? 離してとお願いしたら、 後ろからシュンと落ち込んだような声が聞こえた。 えぇっと……。 初対面の人に嫌とか何もないですが。 むしろ助けてもらったし好感度の方が高いです。


 「えっ? 嫌っていうか―― 家族じゃ無い人と密着するのは緊張するっていうか」


 よもや男性として意識してますとは言えないので、 なんとか誤魔化してみた。 

そしてそんな事を考えた自分に驚いて、 理解した―― 私はこの人を男の人だと意識してるのか……。 その気持ちはストンと私の心に収まった。 今まで感じた事のない気持ちに戸惑う。 

 この人は顔も見せてくれないし、 良く分からない―― そもそも初対面の人なのに…… でも少なくとも、 私を助けてくれるような優しい人だ。


 「あぁ―― そうか済まない」


 そう言うと、 少しだけ離れてくれたらしい。 気配が少し遠ざかる。 もちろん私を抱きかかえていた腕は離れて行ったのだけど、 それを寂しいと感じる自分に驚いた。  


 「あらためて、 危ないところを助けて頂いてありがとうございました。 私の名前はナギです。 せめて恩人さんの名前を教えて貰っても? 」


 「俺の―― 名前か? そうだな…… 俺はクリフレイン…… レインって呼んで欲しい」


 「クリフレイン…… レインさん」


 告げられた名前に懐かしさを感じて動揺した。 私はその名前を知っている気がしたのだ。 けど、 その人はレインじゃなくてクリフと呼ばれていたはずで……。 そもそも、 その感覚が確かだと思えるだけの記憶もないのに―― どうしてそう感じたのかは分からないけれど、 胸を抉るような寂しさを感じてホロリと涙が零れおちた。


 「泣いてるのか? 」


 驚いた声がして再び抱きしめられた。 怒りの籠った唸り声が背後から聞こえる…… 大きな手が後ろからそっと私の涙をぬぐってくれた。 「あいつら、 痛めつけてやればよかったか? 」 そんな物騒な事を耳元で囁かれて、 私は慌てて首を振った。 

 確かに怖かったけれど、 あの人たちを痛めつけて貰っても私が罪悪感を感じるだけだと思う。


 「えっと違います。 レインさんの名前―― 何だか…… 懐かしくて。 変ですよね。 懐かしくて寂しい気が―― して? 」


 説明しづらい感情をそう告げてから、 人の名前を寂しいとか失礼だったんじゃないかと思い立つ。

気分を悪くさせたかなって本当は顔を見て確認したいんだけど、 それには忍耐が必要だった。 だって約束したもの―― 振り向かないって。 

 聞こえてきたのは少し掠れた声。 何かを耐えている男の人の――。


 「そう―― か? そうか―― ナギ―― ありがとう」


 「え? 」


 「すまない。 もう少しだけこうさせて欲しい」


 レインさんの腕が私を閉じ込めるように縋りつく。 見えないけれど、 まるで泣いているように感じて動けなかった。 

 そっと、 その腕を抱きしめて私は困惑した。 どうしよう、 私、 この人に抱きしめられるの嫌じゃ無い……。 むしろ、 泣いてるかもしれないこの人を抱きしめたいとすら考えて更に動揺する。 彼は子供なんかじゃない―― 男性だ。 初対面の男性を抱きしめたいとか、 私の頭はどうかしてしまったのに違いない。 思わず真っ赤になった顔を覆って項垂れた。


 ―― 顔が見えない状態でヨカッタかも。


 ここで身悶えたら、 ただの変な人になりそうでじっと我慢する。 抱きしめる事は出来ないけれど、 レインさんが今縋りたいのが私なのだというのなら、 少しでも落ち着けるように動かず抱き枕? 的な扱いに徹する事が恩返しになるはず…… だよね? 

 あぁせめて、 バクバク言ってる心臓の音には気付かないで貰いたい。


 「ナギは良い匂いがするな…… 」


 唐突に、 首元でそう囁かれて固まった。 スンスンと鼻を鳴らす音が聞こえて、 思わず逃げ出したくなる。


 「はうえっ?! 」


 「甘い―― 花の匂いだ…… 落ち着く」


 その匂いは宿屋のお風呂の石鹸の匂いだとオモイますが。 分かった、 分かったから、 私の首元の匂いを嗅ぐのをやめて欲しい―― 恥ずか死ぬ。 あぁでもお風呂に入っていて良かった……? いやそうじゃなくて、 吐息がくすぐったいですレインさん?!


 「ひあっ! 」


 「悪い…… 思わず―― その―― 舐めたら甘いかと思って」


 悲鳴を上げたのは、 動揺したレインさんの声が告げたように首筋を舐められたからで。 

 思わず、 私が足に着けてた鉄扇を掴んで後ろに叩きつけたのはしょうがないと思う。 バシッという良い音と、 うめき声―― 位置的に顔面にいったんじゃ…… とは思ったけれど、 ただ恥ずかしくてしゃがみ込む。 きっと真っ赤になってるはずの首を隠す事も忘れない。


 「その―― 悪かった―― ナギ―― ゴメンナサイ許シテクダサイ」


 視界の端に微かに映るのはガバっと土下座してるレインさんで。 尻尾がプルプルとふるえながら右往左往しているのを見て思わず笑ってしまった。 後ろの方からソッと鉄扇が差し出されて受け取る。 

 イ―ロウさんに謝らないと…… 大切な借り物投げちゃった。 けど落ちた音はしなかったから、 レインさんが落とさずにキャッチしてくれたらしい。 


 「もう、 しないで下さいね」


 「ハイ」


 私、 本当はもっと怒って良い気がするんだけど不思議とそんな気持ちにならない。 普通だったら気持ち悪い! とかなりそうなものだけど…… どうして、 この人にはそういう気持ちにならないんだろう? どうして、 この人をこんなに信頼してるんだろう…… 


 「宿まで送る―― 」


 「本当ですか? 助かります。 えっと―― 私が泊るのは『銀の鈴亭』 っていうんですけど分かりますか? 」


 「問題無い。 知ってるトコだ―― 嫌かもしれないけれど、 少し我慢してくれ」


 抱えあげられて、 動かないように我慢する。 最初とは違って急じゃ無かったから暴れたりはしないけれど、 腰にまわされた腕を意識しない訳にはいかなかった。 女友達とじゃれあって抱きしめ合うのとは違う―― がっしりと力強い腕…… ドキドキするけど安心できる腕。


 「意外とバレないものですね―― 」


 「もうすぐ、 新月だしな…… 夜の闇が深い。 それに人は自分の頭の上をそんなに気にしない生き物だ」


 レインさんが言ったように少しだけ街の上を飛べば、 細い月明かりでは私達の事が見えたとしても何だか分からない影にしか見えないだろう。 

 下の方に見慣れた人影を見つけてホッと息をつく。 タナトスさんだ。 フヨフヨと心もとなげに飛んでるのはポチ君だろうか。 宿屋の前に立っている。

煌夜は何処だろう―― 小さいからタナトスさんの影に隠れちゃってるのかもしれない。


 「裏に降ろす。 その方が目立たないから」


 「はい。 お願いします」


 宿屋の裏の井戸の横にそっと降ろされた。 このままお別れだと思うと胸がキュウと痛んだ。

レインさんに会ってから、 私―― 変だ。 男性として意識しているっていうのは理解できたけど、 この気持ちにはまだ名前がない。 好き? でも出会ったばかりの良く分からない人相手にそんな事があるだろうか。 ましてや、 一目ぼれって顔を見合わせた瞬間に起こるんだよね? それなら、 私の状況とはそぐわない。 

 このままこの気持ちに名前がつかないまま、 二度と会えないのは嫌だと思いなおして…… 勇気を出して言葉を紡いだ。


 「あの―― レインさん! レインさんはこの街に住んでるんですか? その―― 今度お礼がしたいんですけどっ! 」


 「すまない―― 街には住んでない。 俺は――…… ゴメン―― ナギ」


 バサリと音を立て、 空へと飛び立つ音がする。 約束を破って思わず振り返ったのは、 拒絶されたように感じてショックだったから……。 夜の闇にまぎれて見えなくなるレインさんの背に言葉をかける事ができなくて―― 最後に見えたのは、 長く三つ編みされたハイイロの髪―― ゆらりと揺れてそして夜の闇に消えていった――。


 毎度遅くて申し訳ありません。


 街には到着しましたが、 冒険者登録までの道はまだまだでした(泣)

さて、 新キャラモドキが登場しました―― レイン君。 正式名称クリフレインを覚えてくれている方は正体が丸分かりかと(え? そうじゃなくても丸分かり? )。

 ましろが一目ぼれっぽい状態ですが…… やっとこ記憶を失わない状態での恋愛感情(多分)の自覚がでてきてくれて少し肩の荷がおりました。


次回こそ冒険者登録と、 タナトスさんの友人登場まで持っていきたい…… です。

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