休憩所にて
薄暗い中、 石畳を歩くのは結構疲れるんだと知った今日この頃。
気のせいか、 森を歩いてた時の方が疲れなかった気がする。 多分、 下の硬さなんだろうなぁ。
森は落ち葉のクッションがあった分、 足に負担がかからなかったんだと思う。
学校に行く時、 いつもはローファーだったんだけど、 あの日は何故かスニーカーを履いて出てた。 自分のうっかりに感謝する。 ローファーで森とか無理でしょ。 長距離歩くのとかもきっと今より拷問だったはずだ。
今は休憩所におります。 今日の行軍は終わり―― 私の足は棒のようだ。
ここまで来るのに、 戦闘は3回。 レイスが2体とスケルトンが5体―― 薄暗い中に登場したソレは十分怖かったけど、 煌夜とタナトスさんが軽く蹴散らせたので、 大分耐性がついたと思う。
「疲れたよぅ」
部屋の片隅でヘタっていたら、 飛んで来た煌夜が貝殻に入った緑色の塗り薬を持って来た。
「ナギ、 これ塗れ。 明日までには疲れが取れるはずだ」
薬を塗る為に裸足になったら、 そのまま煌夜が薬を塗ってくれた。
ひやっとした感触の後スーッとする。 塗るタイプの湿布が近いのかな。 けど、 匂いは柑橘系の香り。
そして不思議な事に、 塗った後は無色透明になる。 足裏を触る煌夜の手が少しだけくすぐったい。
我慢できない程じゃないけど、 何だか恥ずかしくなってきたので貝殻を受け取った。
「ありがと。 コーヤ―― くすぐったいから、 後は自分でやるよ」
「―― おう」
私がそう言うと、 ちょっとだけ不服そうに煌夜がそう言った。
そんなやり取りをしていたら、 影の中からポチ君が『積極的でありますな』 とか言ったので煌夜が自分の影に尻尾を叩きつけてた。
『今まで無機物の影しか入った事がなかったですが、 誰かの影の中と言うのは中々いいものでありますなぁ…… 』
ポチ君は今、 煌夜の影の中だ。 よく煌夜が許可してくれたと思う。
最初は休憩所の外で一夜を過ごそうとしたポチ君。 でも流石にちょっと可哀想になった訳ですよ。 哀愁漂うその背中に。
なのでとりあえずタナトスさんの影で試したんだけど、 休憩所の魔物避けの方が強くてね…… 結構な力で弾きだされちゃったんだよねぇ。
ドガンっ
凄い音がした後、 ゴロゴロゴロゴロって転がってポチ君は壁に激突した。
『痛いであります~~っ』 って半泣きの声が薄暗い中に響く。 しくしくと泣くポチ君。
私とタナトスさんの視線は自然と煌夜の方を向いた。 『絶対やだぞ? 』 そう言ってそっぽを向く煌夜に私が無言の圧力をかける。 そのうち、 ポチ君が期待を込めた目で煌夜を見始めた。
それこそ穴が開きそうなくらいの真剣さで。 『い や だ』 『そこを何とか…… 』 『俺は自分のテリトリーを侵されるのが嫌だって言ったろ』 『う…… それはそうだけどさぁ…… 』 そんなやり取りを繰り返す。
『はーーっ 分かったよ。 おいポチ。 これは貸しだからな。 ナギ。 お前もだ。 街についたら俺の言う事を1個だけ聞けよ』 いーい笑顔でそう言われた訳だけど…… 煌夜の言う事を聞くって何させられるんだろう……。 正直、 不安があったんだけど、 ポチ君が期待を込めたキラキラした目で見るものだから嫌だとは言えなくなっちゃった。
と、 言う訳で、 ポチ君が煌夜の影に入った訳ですが―― 入った瞬間の煌夜の凄かった事……。
全身鳥肌みたいな感じでゾワゾワしたらしく、 ものすっごく不快って顔してた。 嫌だってことを無理矢理やらせてしまったので、 街に着いたら誠心誠意1個だけ言う事聞こうと思う。
「さて、 夕飯にするとしよう」
食事の支度をしててくれたタナトスさんが、 焚火にかけてた鍋を下ろす。
基本的に自分の道具は人に使わせたくないって言うタナトスさんが、 調理をしてくれてたんだよね。
私達も料理ができるように調理道具、 手に入れないと……。 イーロウさんがくれたものだけだと、 どうしても足りない物もあるし。 せめてもと思って、 夕飯をよそってみんなに手渡す――。
「おいひぃ」
モグモグとお肉を頬張りながらご飯を食べる。 ちなみにコレは毒アリのあの肉じゃないよ? あの肉はまだ煌夜の首の『異空間の首飾り』 の中。 タナトスさんには流石に食べさせられないもんね。
今食べてるものは道中、 煌夜とタナトスさんが仕留めた魔物のだったり動物のだったりの肉です。
その肉をチルの実って言う木の実をすり潰したスープの中にいれてある。 食べられる山菜的な物も入ってるけど、 どろっとしたポタージュみたいな感じです。 肉々しいけど。
久しぶりの温かい食事は身も心も癒してくれる。
「むぐ。 確かに美味いな」
煌夜が驚いたように目を瞠る。 お肉もね? ホロホロなんですよ。 新鮮だからかなぁ。 お肉自体に臭みはない。 香辛料とかは使ってなかったと思うんだけど。 少し甘く感じるんだよね。 山菜はシャキシャキしててお椀の中で色どりを加えている。
「チルの実は空炒りすると香ばしさが増すからな。 後はニケの乳から作ったチーズを入れて、 塩で味を調えただけだが…… 」
ふむふむ。 チルの実って言うのはドングリみたいなヤツだった。 皮むきは手伝ったよ? タナトスさんが空炒りしてる時、 すっごい香ばしい匂いがした。 これに塩をかけて食べても絶対に美味しいと思う。
「粉っぽさとかもなくて、 とっても舌触りが滑らかですね」
ほんっとクリーミー。 後、 チーズが入ったことでコクが出てる気がする。
「チルの実は丁寧にすり潰すと湯に溶かした時にとろみが出るのさ。 すり潰し方が甘いととろみが出なくて粉っぽくなる訳だ。 ほんの少しだけ、 手をかけてやるだけでより旨くなる」
イメージ的には片栗粉? タナトスさんが自分の収納から出したすり鉢で随分念入りにすり潰すなぁ、 と思ったらそんな理由があったんだね。 料理って、 下ごしらえ一つ追加する事で劇的に変化する事あるもんね。 ちょっとの手間が、 この美味しさを作ってくれた訳だ。
「なるほろ」
モゴモゴしながら話す煌夜が可愛い。 足の間にお椀を抱えて、 大きなスプーンを小さな手で持ってむぐむぐしてる。 最初はスプーンが大きいから、 手伝った方が良いかなぁなんて思ったんだけど。
一生懸命やってるし、 ハラハラしながら見守りました。 幼児を見守るお母さんてこんな感じ? と思ったら、 何かを察知したらしい煌夜に睨まれたケドね!
勘が良いってレベルを超えて来てる気がする―― 煌夜ってば怖ろしい子。
『美味しそうでありますなぁ』
じゅるり、 と涎を垂らしそうな勢いでポチ君が影から声を出す。 ゆらりと揺れる煌夜の影を見ながらちょっと申し訳ない気持ちになった。 なんせレイスなんで、 ポチ君はご飯を食べる事が出来ない。
その、 目の前でバクバクご飯を食べてる事にちょっと罪悪感が出た訳ですよ。
「なんか、 ごめんねポチ君」
『イヤイヤ、 確かに僕は食べれないでありますが、 コーヤ殿から美味しい感じ? ほっこりした感じみたいなのが受け取れるので気持ち的にはお腹いっぱいであります』
私が元気なく謝ったら、 慌てたようなポチ君の声。 どうやら、 煌夜の影の中にいる事でポチ君にもちょっとした恩恵があったらしい。 感情を共有―― までは行かなくても、 少し味見させてもらってるような感じになるのかな?
「…… だから、 嫌だったんだ…… ポチ。 いいかお前、 感じた事とかペラペラ話すなよ? じゃないと、 影から叩きだす」
煌夜が重苦しい溜息をついた後、 影に向かって今にも殺しそうなガンを飛ばす。
煌夜君―― そんなに、 牽制しなくても、 いいんじゃないかい。 ポチ君にもうちょっとだけ優しさをあげて欲しい。 せめて、 チナちゃんくらいまでの対応なら安心できるんだけどな……。
毎回、 やり取り見てるとハラハラしてくる。
『叩きだされるのは 嫌なので、 話さないで アリマス』
「よし」
ポチ君が、 即答でそう答えた後、 煌夜が一言――。
煌夜とポチ君には言えないけど、 まるで飼い主と犬のようだ―― どっちがどっちかは言わないけど。
主従関係がハッキリしてるよねこれ。 ポチ君の方が年上だと思うんだけどな。
そういえば煌夜って年上の人に物怖じしないなぁ。 イーロウさんや、 タナトスさんなんかにも目上に対する遠慮のような物が一切ない。 私も、 人から見たら馴れ馴れしい方だと思うけどさ。
煌夜のソレはむしろまるで同年代に対するような――。
今まで出会った人は、 そう言う事気にしない人達だったから良いようなものの、 街に行くなら注意した方がいいかしら? けど、 煌夜の事だからそう言うの気にしなさそうだしな。
―― まぁ、 いいか。 トラブルになりそうだったら考えよう。
「ごちそうさまでしたぁ」
幸せな気分で満腹です。 気持ち的にはお椀も舐めたいくらい。 パンがあればお椀を拭ってる所だ。
煌夜が私の食器や鍋にクリーンのスキルをかける。
身体や服にかけてもらった時も驚いたけど、 まぁ、 綺麗さっぱりですよ。 お椀の汚れも、 鍋の汚れも本当に綺麗さっぱり。 何回、 見ても不思議な感じ…… 汚れは何処に行ったのか。 水も使わないでいいからエコだよね。
「さて、 明日の事だが―― 」
タナトスさんの言葉に煌夜が顔を上げた。
「リッチは、 取りあえず放置でいいだろ? 」
確認するように煌夜が言うとタナトスさんが頷く。 ポチ君もうんうんと影の中で頷いてるみたい。 私もそれに異存はない。 ポチ君には申し訳ないけど、 倒せるかどうか分からないリッチに会いに行く必要性を感じないし。
「あぁ。 ワザワザ蜂の巣を突きに行く事はあるまい。 あちらが手を出して来ない限りは放っておいておくべきだろう」
タナトスさんが神妙な顔でいう言葉に全面的に賛成する。 そうだよね。 ちょっかい出しに行ったりしたら相手を怒らせるかもしれないし。 確実に倒せるんならまだしも、 そうじゃないのに行くのは墓穴を掘りに行くようなものだと思う。
「そうだな。 この街道を抜けるのが優先だ。 ―― 一応確認したいんだが、 リッチを倒せる特殊なスキルと言うのは何だ? 」
煌夜が、 ふと気になったというようにそう聞いた。 けど、 なんとなくだけど煌夜はポチ君を解放できる手段を聞いてる気がする。
「聖なる慈雨も効果はあるが、 もっとも効果的な物は消滅魔法だろうな」
魂の存在そのものを消滅させると言う怖ろしいスキルだそうな。 浄化だと、 魂は輪廻の中に還れるそうですが―― てか、 消滅とかさせちゃったら、 魂が減っていくんじゃ……。 私がそんな事をポツリと言ったら、 魂は世界に一定量満ちてるんだって。 数が減ると何処からか産まれるらしい。
『有名どころだと、 そんな所ですな。 例外だと、 異世界から来た者たちが固有で持っている力がある場合―― 祓うとかなんとか? 昇華させるんだかなんだか。 ナギ殿の世界ではどうだったのでありますか? 』
へぇ。 世界の数だけ異能もあるって事かな。 これも言葉が和風だね。 私の母国に近い所から来た人は存外多いのかもしれない。 雰囲気的には巫女さんとか?
ポチ君の質問に煌夜がちょっとだけ影の中を睨む。 別に、 私の世界の話をしたって郷愁にかられたりしないから平気なのにね。
「私がいた所はねぇ。 言霊士って言うのがいたよ? その人達なら確かに何とかできるけど…… 私は7才までに力が発現しなかったから無理だけどね? 」
言霊の力は個人の資質で変わる訳だけど、 黒の呪言士も白の祝言士も霊的な事に対応する言霊があったはず。 呪言士の方は霊魂の消滅、 祝言士の方は浄化だったかな? どちらにしても私には使えないけどね。
「7才? 」
「そう。 私がいた所の世界には『七歳までは神のうち』 って言葉があるんだよ。 本来は大昔の食糧事情が悪かったり、 疫病なんかで死んじゃう子が多かったから七歳まではいつ神に返す事になっても仕方がない。 って意味だったらしいんだけどね。 言霊士の家系では違うの。 7才までは神の子だから、 この世とあの世の間にいるの。 その間に力が発現した子達が言霊士になるんだよ」
不思議そうに煌夜に聞かれて私はそう答えた。 本当はもっと怖い意味で、 口減らしの間引きの対象になったって事でもあるんだけど、 そっちは説明しないでもいいよね?
力は発言しなかったけど、 私は7才までは私は幽霊を見てたらしい。
らしいって言うのは、 もうすぐ8才っていうある日、 高熱を出して幽霊が見えなくなったうえ、 見えてた事実をスッパリ忘れたからだ。 だから、 これはお父さんとお母さんから聞いた話でしかないんだけど。 記憶にはないんだけど、 私の幽霊嫌いはそこから来てると思う。
「へえ。 そんな能力者がいたのか」
面白そうな口調で煌夜が言った。 私はコクリと頷いて笑った。
今考えると言霊士の力を持ってたら、 もっと煌夜の役に立てたんだけどな。 あっちでは、 無くて良かったかなぁと思ってた力だけど、 こっちに来たらあった方が良かったかも。 けど、 力を持ってたらどっちかの一族の誰かと結婚しろって強制されてたんじゃないかと思う。
「その口ぶりだと、 ナギはその家系の娘と言う事か」
「うん。 特にウチは特殊だったから、 監視がついてたかなぁ」
タナトスさんにそう聞かれて、 私は苦笑しながら答えた。
「監 視 だ と」
煌夜がイラっとした感じを隠そうともせずに呟く。 監視って言っても、 私達にはまったく感知できないものだからねぇ。 無いようなものだったんだけど。
「うち、 祖父と、 祖母が敵対する家系の言霊士でね? 駆け落ちして結婚したんだよ。 駆け落ちした後に、 神薙の家に養子に入って暫くは誤魔化せてたんだけど、 お父さんがお母さんと結婚した辺りでバレてさぁ。 随分揉めたみたいだけど…… 何とか監視をつけるって事でケリをつけたって言ってた」
おじいちゃんと、 お父さんがかなり強引な手を使って説得と言う名の恐喝をしたらしいけど、 詳細は知らない。 なんせ、 産まれる前の事だしね。
おじいちゃんと、 おばあちゃんは名前まで変えてたんだけどねぇ。 一族の人も良く見つけたもんだ。
「駆け落ち位でそう騒ぐ事もなさそうなものだが」
タナトスさんがそう言って、 煌夜と顔を見合わせた。 まぁ、 普通ならそうだよねぇ。 私もそっとしておいてあげれば良いのになぁって思うけど。
「あー。 私もそう言えたら良いんだけど…… おじいちゃんも、 おばあちゃんも後継ぎでさぁ、 その世代で一番力があった人達なんだって」
とは言え、 駆け落ちした時はおじいちゃんは力はもう無かったけどね。 それなのに、 子孫を残すための道具扱いされた事が、 おじいちゃんにとっては一番腹が立ったらしい。 おばあちゃんは、 呪言士である事自体が嫌だったみたいだから駆け落ちした時に自分の力を封印したって聞いてる。
それでも一族の人達は、 その血の中に次代の強力な力を持った言霊士が現われるかもしれないと言う夢を持ち続けた。
「成る程な。 自分の所の総領が敵対する家のと駆け落ちしたら騒ぐだろうな」
あわや、 殺し合いまでになりそうだったらしいけど……。 おじいちゃんと、 おばあちゃんは一族の弱みを握ってたらしいので、 殺し合いとかになったら社会的に一族を全滅させてやると、 手紙を送ったらしい。
「そうそう。 まるでロミオとジュリエット。 死なないけどね」
ロミオとジュリエットだと確か最後に死んじゃったよね? うちの、 おじいちゃんと、 おばあちゃんは添い遂げてますんで。
『ろみ夫と、 じゅり江。 でありますか? 』
ポチ君がおかしな変換してるっぽいイントネーションでそう言った。 あぁー、 そう言えばコッチの人にロミオとかジュリエットって言っても伝わらないよなぁ……。
「あぁそうか。 分からないよね。 似たようなお話があるって事だよ」
ロミオとジュリエットの内容は、 中学の時、 高校生の幼馴染の文化祭で3年生がやってたギャグ(?)バージョンしか良く知らないので、 そう言って誤魔化す。 ポチ君が『ふむふむですなぁ』 と言って納得してくれたみたいなので良かった。
正当な方は「おぉロミオ、 貴方はどうしてロミオなの? 」 みたいなセリフ言うんだよね? それ位しか知らないや。
ちなみにギャグ(?)バージョンは最初は2人の恋愛に注目させながらコミカルに話が進み、 何故かロミオとジュリエットの家が実は犯罪組織で悪の怪人を作りだしていたと判明する。 そして泣く泣く2人で実家を倒し賞金稼ぎとして名を馳せて行くという物語でした。 ―― 意外と面白かったよ?
遅くなってます。 すみません(汗)
次回は、 何か動きがあるかもです。
『廃棄世界に祝福を。』 もこの後更新します。




