近道は廃道でした。
不安な夢の後は――。
タナトスさんが森の中、 先頭を歩く。 イーロウさんの所から出発してから体感でおよそ半日。 何回か戦闘もあったけれど、 特に苦戦する事もなくここまで来れた。
タナトスさんは、 探査能力と言うのが高いらしく、 隠れた魔物も見つけてくれるのでとても助かっている。 とどめの攻撃は煌夜にやらせてくれるので、 レベルアップはしないまでも、 確実に経験値は貯まってるんじゃないかな。
今は森の中の川沿いに下流に向かって歩いている――。 私は歩きながら今朝見た夢の事を考えていた。
「しろ! ましろっ! おい―― 大丈夫か」 耳元で聞こえる煌夜の声―― 「―― っ」
目を開けると心配そうな顔をした煌夜が目に入った。 どうやら、 叩いて起こしてくれたらしい。
ふと、 目元に手をやると濡れているのが分かった――。 私―― 泣いてた?
目をパチパチさせると、 ほっとした煌夜と目があった。
「うなされてたぞ? 大丈夫か?? 」
私の涙を手で拭いながら煌夜がそう言う。
「う―― ん。 怖い夢見た―― 」
まだ少し、 心臓がドキドキしてる。 心が浮き足だって、 落ち着かない。
不安感だけが苦く口の中に残っているかのようだ。
「どんな夢だったんだ? 」
煌夜に聞かれて、 夢を思い出そうとしたんだけど――。
「…… 分かんない。 あれぇ…… 」
不安な気分だけ残してそこだけスルリと抜け落ちてる事に気がついた。
印象が強い夢だったはずなのに…… 忘れた、 そう気付いた瞬間に焦りのようなものが顔を出す。
「まぁ、 夢なんてもの忘れる事は良くあるさ。 怖い夢だったなら、 きっと忘れて良かったんだ―― おい、 ましろ? 」
無性に怖くて、 私は煌夜を抱きしめた。
「ごめんね―― 少しだけでいいの…… 少しだけでいいから」
きゅうっと煌夜に抱きつくと、 少しだけ不安が遠ざかる。
カタカタと震えながら抱きつく私に、 煌夜はそっと私の髪を撫でた。
「大丈夫だ。 ましろはちゃんと起きてるよ。 ここが現実だ」
怖い事なんかない。 大丈夫だ―― 子供をあやすようにそう言われて、 少しだけ情けない気持ちになった。 けど、 勝手に震える身体はきっと私の正直な気持ちなんだろう。
私は―― 怖い、 のだ。
「うん…… でも、 怖いんだよ。 なんだろう―― 覚えてなきゃいけなかった気がするの―― 」
起きる直前まで忘れたくないと願った気がする―― 誰に?
忘れないようにしようとしていたはずなのだ。 ―― 夢から覚める前、 夢の記憶をしっかりと両手に握りしめて…… 忘れたくないと多分願った。
それなのに、 夢は腕の隙間から零れ落ち今はもう何だったかのすら分からない。
「覚えてないから、 かえって不安になるんだきっと。 覚えてたら、 なんだそんなもんかってなるぞ? だから、 大丈夫だ―― 」
そうなのかなぁ……。 私は煌夜の優しい言葉に、 心の奥をカリカリと引っ掻く不安を押さえてもう一度きゅっと煌夜を抱きしめた。 煌夜が抱きしめ返してくれる。 いつもより密着したせいか、 トクトクとした規則正しい煌夜の心臓の音が私の身体に響いた。 煌夜の鼓動を感じて気持ちが落ち着きを取り戻す。
「うん―― そうだよね。 ごめんね煌夜。 起こしてくれてありがとう」
夢が怖くて不安になるなんて子供みたい。 ちょっとだけ恥ずかしくなって、 抱きしめてた煌夜から身を離す。 煌夜が不満そうな顔をした。 前だったら抱きついたら怒られただろうに。
あぁ、 でも怖がる私を怒ったりはしないかな。 煌夜は優しいから。
私は上半身を起こして、 ベットの上に座った。 煌夜がパタパタと飛びながら私の目の前にやって来る。
「暫く、 できないだろ? 」
笑顔で言われれば、 何の事かくらいもう分かる。
「う―― そうかもだけど」
昨日寝る前に言われた事を思い出す。 『俺からばっかりじゃなくて、 ましろからもして欲しい』 だって。 やだって言ったら、 『俺からばっかりだと、 もっと凄いキスになるかもしれないけど』 いいのか? と脅された。
だから、 何回かに1回は私からって事になりました。 約束したし―― 分かってるけど、 自分からとか結構勇気がいる。
「ましろ―― 」
笑顔の煌夜が、 戸惑う私に催促する。
「下に行かなきゃ! イーロウさん達待ってるよ? 」
何とか誤魔化そうとしたけど、 煌夜がそれを許すはずがなかった。
笑顔のまま両手で顔を挟まれて、 逃げる所なんてどこにもなくて。
「ましろ? 」
煌夜の声が変わった。 あぁこれ以上引き延ばすのは無理だ。 ここ数日で理解した。 煌夜が優しく言ってる間に―― その―― アレをした方が恥ずかしさが少なくて済むって。
ある、 一定のラインを越えると煌夜はとっても意地悪になる。
「だってさぁ―― うぅ。 分かったよ…… 」
請われて、 私からキスをする。 触れ合うだけのそれだけど、 今日の煌夜はそれだけじゃ許してくれなかった。 2度、 3度…… キスを返されて、 さっきとは違う感じで胸が苦しい。
「暫くキス出来ない分な? 」 そうニッコリと笑顔で言う煌夜―― そんなやりとりを思い出す。
煌夜とキスするのも少し慣れてきている自分になんとも言えない気分になった。 ザクザクと草を踏みしめながら、 思わずため息が出てしまう。
「どうした? ましろ」
私の肩の上の煌夜が、 心配そうに顔を近付ける。
「う…… ん。 ちょっと朝の事を思い出して」
「まだ気にしてるのか? 」
煌夜が言ってるのは夢の事だよね。 まぁ、 思い出してたのはそれだけじゃないんだけど、 それ以外の所は説明する気もないので、 それ以外の所をありのままを答える。
「やっぱり大事な事のような気がするんだよ」
私はそう答えて、 前を見た。 頭の片隅に、 朝の夢を気にする自分がいる。
朝も早よから浮かない顔をしてたので、 チナちゃんやイーロウさんにも心配をかけてしまった。
『ナギ、 具合悪そうなの…… 』 『具合が悪いようなら出発は明日にする? 』
そう言って心配してくれるチナちゃんと、 イーロウさんを思い出した。
夢見が悪かっただけだからと言うと、 一応は納得はしてくれたけどね。 無理はしないように、 調子が変だったら戻って来てもいいし、 早めに休憩をとるようにって釘を刺された。
タナトスさんにも、 遠慮される方が困るから何か変だと思ったら教えて欲しいってそう言われてしまう。 そんなに酷い顔をしてたのかな?
「気にしてても思い出せねばしょうがあるまい。 ―― 足元にだけは注意してくれ」
私が何度かスッ転びかけたので、 タナトスさんがそう告げる。 私は、 大人しく了解の意を示した。
それに関しては返す言葉が無い。 さっきなんて自分の左足に右足を突っかけて転びかけたからね!
「考え事をしすぎると足元が疎かになるからな…… ナギは」
「うぅ…… 」
言い返せない。 私が何度も転びそうになったから、 煌夜が肩に乗ってるからだ。 その方が、 もう少し慎重に歩くだろうって言うのが煌夜とタナトスさんの見解だったりする。
現に煌夜が肩に来てからの方が転びかけてないしね。 通常でもその慎重さを発揮して貰いたい。
「思い出す必要がある事なら、 そのうち思い出すさ」
「そうかなぁ」
煌夜はそう言ってくれたけど、 私は溜息と一緒に言葉を吐きだした。 基本、 楽天的な私にとっては珍しく、 中々割りきれない気持ちが残る。
忘れたと思ったら不安な気持ちが顔を出す―― の繰り返しだ。
「あぁ。 思い出してもまだ不安だったら、 俺がどうやったら不安じゃなくなるか一緒に考えてやるぞ」
煌夜が、 私を元気づけるようにウィンクしながらそう言ってくれる。 その心遣いが嬉しい。
「ふふ。 コーヤがそう言ってくれると安心できるよ」
煌夜がそう言ってくれるなら、 もし思い出す事があっても大丈夫…… そんな気がする。 思い出しても不安なら、 本当に煌夜は一緒に考えてくれるだろう。 少なくとも、 不安な私を放っといて行っちゃう事はないって信じられた。
「そうか? 」
少し照れくさそうに煌夜が言うのを、 私は温かい気持ちになりながら聞いていた。
「良い雰囲気の所に申し訳ないが、 着いたぞ。 これだ」
ごつごつした岩場…… 鳥居みたいなマークが刻まれた岩と岩の細い隙間を指さしてタナトスさんが言った。 狭い隙間をタナトスさんの後に続いて歩く。
「…… 洞窟? 」
その隙間を通り抜けた先に、 大きな広場があった。 その奥にあるのは真っ暗な穴だ。
「あぁ。 この岩が境界だな。 ここを通らないと洞窟が発見できぬようにしてあるようだ。 昔はもっと岩と岩の間が広かったらしいが。 さてこれから2日は穴倉の中だぞ」
「そうなの?! 」
タナトスさんの言葉に思わず、 私は声を上げた。 険しい岩山の上り下りじゃなかったのは嬉しいけど、 この真っ暗な洞窟の中を行くの……?
「あぁ。 賢者殿によると、 この中はダンジョンになっている。 ダンジョンと言っても大昔は街道として使われていたものだそうだ。 なので、 ダンジョンと言いきるには少し物足りないだろうがな」
ダンジョン―― RPGに必須のアレですか? て言う事は、 もちろん魔物も出るんだよね?? 閉鎖空間で魔物と一緒とかになったらどうしよう。
「街道? 」
タナトスさんの説明を聞いて煌夜がそう聞き返した。 思わずダンジョンって言葉に反応しちゃったけど、 街道って確かに言ってたよね、 タナトスさん。
「あぁ。 大昔は、 賢者殿がいた辺りに大きな街があったようだぞ。 川沿いの道に、 壊れた石組があっただろう? それも街道の名残らしい。 街が無くなり街道が廃道になったんだな。 それから長い年月を経て洞窟の中は魔物も出るようになったようだが、 水場があったり、 魔物が入れないように呪紋が刻まれた休憩所もあるようだ」
そう言えば、 来る途中の道に苔蒸した石組があった気がする。 やけに綺麗な四角い形をしてたから不思議に思ってたんだけど、 そういう事だったとは。
「へぇ…… そんな所があるんなら、 夜は安心して寝れそうですね」
魔物が入って来れない場所があるならありがたい。 魔物がいる中で野宿しなきゃいけないのは不安だったんだよね。 少しでもそういう安心感が得られる場所なら2日間たえられるように頑張らなきゃ。
「そうだな。 そう言う意味では外より快適かもしれん。 賢者殿にこのルートを教えて貰えて助かった。 ここを通らないのならだいぶ、 遠回りになるところだったな。 一気に街に行く事も出来なかっただろうよ」
「この道を知らない場合、 あそこからだと別の村が近かったんだっけか」
タナトスさんの言葉に、 煌夜がそう話した。
そう言えば出発前に地図を見せて貰ったっけ……。 正三角形を想像して欲しい。 出発地点をa、 街がb、 村をcとすると、 今行こうとする道がbに直接行ける道なら、 それ以外の道はcの村を経由してbの街に出るしかないって状況だった。
「そうだ。 その村からだと、 俺達が目指している街まで更に2、 3日かかるからな…… 」
タナトスさんの話だとこの先には異常繁殖した茨の森があるらしい。 今行こうとしてる道は、 地下を通って行くけれど、 他の道だとそこを迂回するしかないんだって。 根っことか大丈夫なのかなと思ったら、 そこはそれ。 刻まれた呪紋の効果で逆に茨の根を洞窟が崩れないように利用しているらしい。
「それはイーロウさんに感謝しないとだね」
「まったくだ」
煌夜と頷きあってちょっと笑った。 あそこの細い岩壁を、 イーロウさんが通れるとは思えなかったけど、 よくぞ知っていてくれました!
もし、 この道を教えて貰えなかったら1週間近く野宿コースだったよね。
「紹介状代わりのコレもくれたしね」
「おう」
私は煌夜の手首に嵌ったバングルに括り付けられた、 緑の鱗をそっと触った。
まるで、 宝石みたいなその鱗はイーロウさんが身体から剥がした物だ。 それに何やら、 魔力を込めてくれた。 分かる人には、 それがイーロウさんの鱗で簡単な身元を保証してくれる物になるそうだ。
ちなみに私の分は鉄扇に括りつけられている。 理由はイーロウさんの鱗を私が身体につけるのを煌夜が嫌がったから。
それで、 イーロウさんに勧められて鉄扇につける事にしましたよ。 チナちゃんとタナトスさんもそれが当然って言ってたけど、 何でだろう?
「賢者殿の紹介であれば、 冒険者登録も融通して貰えるだろう。 」
何て言うか、 審査に1か月近くかかる事もあるそうな。 特に異世界から来たとなると、 通常は長くなるらしい。 何でって? 騙りがいるからなんだって。 外界渡航者は優遇される。 申請すれば、 ある程度の衣食住が保証されたりね。
それで、 その存在を知ってる人とかが保護手当をめあてに自分が異世界から来たと嘘をつくのだそうだ。 なので普通は異世界から来た人間しか知らなそうな事を延々聞かれて確認される、 と。
「街に着いたら、 まず冒険者登録ですね」
「登録証が無いと、 色々不便な事になる。 まぁ先に済ませた方が無難だろうな」
タナトスさんがそう言って苦笑した。 そう言えば、 タナトスさんは冒険者登録証は持ってるのだろうか? 職業は暗殺者ってなってたりするのかな。
「さて、 ここで話していてもしょうがない。 そろそろ行こう」
煌夜が、 そう言って洞窟の方を向いた。 タナトスさんが頷く。
「そうだね。 うぅ、 変なのがいませんように…… 」
私は両手を組んで、 洞窟を見つめた。 ランプ貰えて良かった…… 真っ暗な中を進むのは正直無理です。 あぁもう本当、 怖いのとか怖いのとかいませんように!
「それはナギの『変なの』 の定義によるだろうな」
タナトスさんがそう言って私を見た。
「幽霊」
思い切ってそう口に出す。 言った瞬間ゾワッと産毛が逆立った。
「―― 幽霊と言うか、 レイスやスケルトンは出るだろうな」
タナトスさんにまじめな顔でそう言われて、 私は洞窟に入るのを逡巡した。
レイスって幽霊だよね? スケルトンって骨だよね?? ホラー映画ですら苦手なのに、 リアルでホラー体験をしなきゃいけないとか……。 いっそ真っ暗で見えない方が幸せだろうか? でもそれだと道が見えない――。
「…… 帰りたい」
思わず、 そんな情けない声が出る。
「諦めろ、 ナギ。 レイスは幽霊っつーか魔物だ。 魔物」
煌夜がそう言って無理矢理怖くないようにしようとしてくれる。 そうだよね。 私の知ってる幽霊は柳の下にいそうな感じのヤツだ。 私の国の幽霊は湿っぽくてオドロオドロしい感じだけど、 確か海外の幽霊は陽気だった気がする。 ここの幽霊、 いや魔物だって陽気かもしれないじゃないか。
「…… レイスは魔物。 レイスは魔物―― 」
私は呪文のように、 その言葉を繰り返した。 魔物って思った方がまだ怖くない気がして。
「スケルトンだって、 ちょっと武器持ってる骨なだけだ」
煌夜が、 そう付け足すように言う。
「…… 骨も魔物。 骨も魔物―― 」
私はちょっと涙目になりながら、 言葉を繰り返した。 そうだ、 これから出て来るのは魔物だ。
魔物って事は倒せるヤツだ。 だから大丈夫。 幽霊みたいに反撃手段があるんだか無いんだか分からない存在じゃない。
「ナギが幽霊嫌いだとはな…… 賢者殿もそこまではご存知なかったらしい」
後ろの方でタナトスさんの声が聞こえる。
「とにかく魔物。 絶対魔物」
魔物は倒せる。 大丈夫。 魔物は怖いけど、 アレじゃない。 煌夜がそばにいてくれるし、 タナトスさんだっているんだもの。 大丈夫。 平気。 無問題。
「今は―― そっとしておいてやってくれ。 ナギが思ってるような感じじゃ無いはずだから実際に目にすれば大丈夫だと思う」
私が呪文のようにブツブツ唱えている後ろで煌夜とタナトスさんが小声で話してるのが聞こえた。
「そうなのか? 」
「多分」
多分なの? イヤイヤ。 大丈夫。 平気。 怖くない。
そうだ、 そうそう。 私スキルあるじゃん! アンデット系に効くライトが!! ちょっと希望の光が見えた気がするよ? あ、 でもすぐ使える気がしないカモ。 煌夜に教えて貰って練習しなきゃ。
そうすればきっと大丈夫。 塩をまくより効果はあるよね、 多分。
ましろの中に不安感だけは残った模様。 記憶を思い出すタイミングはまだ先ですが、 ましろにはこれからどんどん煌夜を意識してって貰いたい。
次回はもちろん洞窟っていうか廃道の中―― でへへへと照れながら、 脳内に登場したキャラ(?) がいるのでソレが登場します(汗)
『 廃棄世界に祝福を。』 も更新しました!




