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お兄さんの目的は……?

こんな森の奥に何をしに来たのかが明らかに。

 何が信頼ポイントになったのだろうか?

お兄さんの行動のなかの何かが煌夜の警戒を解くのに一役買ったらしい。

 若干の不機嫌さは残ってるものの、 いやにあっさりイーロウさんの所に案内してやっても良いと煌夜が言い出した。


 「…… さっきとはエライ違いだと思うんだけど」


 いったい、 どういう風の吹きまわしかと聞いてみた。 迷惑をかけたからお詫びにって話じゃないはずだ。 イーロウさんに迷惑をかけないようにしないといけないんだから。


 「あの状態の俺に、 攻撃する事もできれば逃げる事も出来た。 けど、 コイツはそれをしないで俺に話かけた…… あの状態の俺に話しかける時もナギの名を呼ばなかったしな…… まぁ、 少しは信用してやってもいい」


 さっきの、 オドロオドロしい煌夜に対する対応を見て考え方を変えたって事かな。

私だったら、 知り合ったばかりの人がさっきの煌夜みたいになったら多分逃げるしねぇ。


 「ただし、 イーロウに喧嘩を売りに来たのなら話は別だ。 連れて行ってやってもいいが、 イーロウに何もしないと誓え」


 ギロリとそう睨んで煌夜がお兄さんを威嚇した。

お兄さんは、 下に落とした武器をしまうと両手を上げて喧嘩を売りに来たわけじゃないと、そう告げる。


 「喧嘩を売りに来た訳じゃあない。 俺は『賢者』 に聞きたい事があるだけだ。 害意はないと誓う」


 そう、 はっきりと言った後…… 頭を振ったお兄さんが煌夜を見て、 低い声で唸るように言った。

少しだけ顔色が悪い。 対して煌夜は気まずそうに視線を逸らせた。


 「お前達の問題だ。 とやかく言うのもおかしいが、 死人が出る前にどうにかしろ」


 私達の問題って? 死人が出るってなんだろう……。 

私は、 そう思って煌夜の方を見つめた。 煌夜は私の視線に気付いてるハズなのに、 私の方を向こうとしない。 ―― これは…… 話す気無いヤツだ……。


 「…… 」


 「そのうちな」


 じーっと見つめる私の腕の中から逃げるように離れると煌夜は一言そういった。

お兄さんが呆れたような視線を煌夜に向けた。 私の方には聞かないで良いのか? って感じの視線を寄越したけど、 煌夜が言わないって言うのを無理矢理聞きだすのも…… ねぇ。

 死人なんて大げさな事言われると緊張しちゃうけど、 そのうち話してくれるみたいだし。 


 「さて、 行くぞ。 イーロウの所にな」


 完全に、 今の話を終わらせる為だけに煌夜が声を出す。

誤魔化してるのがバレバレだよ煌夜……。 ほら、 お兄さんが大きな溜息をついてる。

 それを無視してパタパタと煌夜は飛び始めた―― 置いてかれないように私とお兄さんが後を追う――。 

 

 『お帰り、 コーヤにナギ…… 随分と珍しいお客さんを連れて来たねぇ』


 『ひあっ! 』


 目を丸くした、 イーロウさんが私達を出迎えてくれた。

イーロウさんの手の中でお話中だったらしいチナちゃんが、 吃驚した後…… 種の後ろに隠れる。

 ―― 隠れられてないよ…… チナちゃん。 けどそこが可愛い。


 「お初にお目にかかる。 森の賢者、 イーロウ。 俺のあざなはタナトス」


 イーロウさんの目の前で礼をしながら、 名乗りを上げるお兄さんはタナトスさんと言うらしい。

アザナって言うのは愛称のことかな? タナトスってなんか聞いた事あるなぁ…… うん…… ギリシャ神話だったっけ……? 


 『アザナとは随分と古風な言い方だ。 しかし、 タナトスね。 異世界の死神の名だ。 君はとても優秀だとみえる』


 まさかのギリシャ神話のタナトス? まぁ…… もしかしたら別のタナトスって死神がいるのかもしれないけれど…… 死神として優秀って事は暗殺者として優秀と言う事だろうか…… 確認してはいけない事のような気がするので、 私は大人しく黙ってた。


 「人が勝手に呼び始めた名なので、 優秀かどうかは知りませんがね…… 急な訪問は許して頂きたい」


 愛称が死神って、 普通の友達とか相手にならつけないよね。 仕事用の名前なのかもしれない。


 『かまわないよ。 それで僕に何の用かな? 』


 改まった自己紹介をされた事で、 イーロウさんはタナトスさんが自分に用があってこの森に来たと言う事を察したみたい。 チナちゃんを、 私に渡して座り直すとタナトスさんにそう問いかけた。

 意を決したような顔をして、 タナトスさんが口を開く。


 「シロガネの森の異変をご存じないか? 」


 その言葉に、 私の手の中のチナちゃんが緊張したのが分かった。

両手を握りしめてフルフルと震えてる。 


 『異変…… て言うとコーヤが言ってたアレかな』


 煌夜とイーロウさんが視線を合わせて頷きあった。

2人の言葉にタナトスさんが、 言葉を続ける。


 「…… 異変はシロガネの森だけじゃあない。 名だたるマナの大樹…… トレントのおわすその樹が今や全て霧に閉ざされている」


 チナちゃんが息を飲んだ。 イーロウさんが一瞬、 目を見開いた後…… 悲鳴を上げるような声を上げる。 煌夜は考え込むようにして押し黙った。

 チナちゃんのお父さんの所だけじゃなかったのか……。 


 『ちょっと待て。 全ての大陸のマナの大樹がかい? 』


 「その様子ではご存知なかったか……。 実は、 その霧から闇の気配がすると言う事で、 外では闇の民の仕業ではないかと騒がれていまして。 確かに、 我等には闇の力があるが…… 決して、 この世のバランスを崩すような事を望んではいない。 はっきり言えば、 現状に迷惑している訳です。 なので賢者と呼ばれる貴方なら、 もしかしたら事の原因に心当たりがあるのではないかと―― 私が代表して確認に来たのですが」


 確か、 煌夜も夜の気配がするって言ってたものね。 この世界の全てのマナの大樹が闇属性の霧に閉ざされたのなら、 同じ力を持った者が疑われるのは自然の流れだ。 けど、 闇の民はそれに関わっていないと言う。 それを信じるなら、 犯人扱いされるのは苦痛だろう。


 『残念ながら、 2百年程引き籠ってたからねぇ…… 定期的に子供達が遊びに来てくれるとは言え…… う…… ん。 ウチの子達はそういう世界の情勢とか異変とかに興味がないからなぁ…… 』


 困った顔をしたイーロウさんが頬をかいた。 どうやら、 イーロウさんの子供達は「世の中どうでもいいや」 なアウトローな生活をしてるか、 「そんなの気にしない」 っていうような自由人みたいな感じで生きてるようだ。 

 興味が無いって事は、 あまり人間と関わりあったりしていないのかもしれない。


 『…… とと様だけじゃないの……? 』


 ポツリとチナちゃんが言葉をこぼした。 その顔は蒼白だ。


 「そちらは、 マナのトレントですか」


 タナトスさんが、 私の手の中で震えるチナちゃんを見る。

チナちゃんが泣きそうな顔で私を見上げた。 私は『時の小箱』 の蓋を開けて、 指の背でチナちゃんの髪を撫でる。 チナちゃんがその指にしがみついた。 


 『…… このヒトは大丈夫だと思うよ? 』


 イーロウさんが、 チナちゃんにそう声をかけた。 チナちゃんは私の指にしがみついたまま、 そっとタナトスさんの方を見上げる……。 


 『…… マナの大樹…… シロガネの子、 チナなの』


 おずおずと、 そうチナちゃんが言った。 その言葉に今度はタナトスさんが目を瞠る。

そりゃそうだよね……。 いったい誰が、 こんな小箱の中にシロガネさんの娘がいると思う? 

 ましてや、 シロガネさんはタナトスさんが頭を抱えて困ってる現象のど真ん中にいるヒト…… いや精霊だ。

 

 「! それは…… 驚いたな…… 」


 『ただ、 残念ながら、 チナにも異変の原因は分からない』


 もしかして、 という希望はイーロウさんの次の一言で両断された。

タナトスさんが残念そうに肩を落とす。 普通に考えれば、 娘であるチナちゃんが事情を知ってるかもしれないって思うもんね。


 「…… 残念だ。 それから驚かせて悪かった。 俺の話は君にはキツかったろう」


 タナトスさんが、 チナちゃんにそう言って謝った。 チナちゃんは泣きそうな顔のままフルフルと首をふる。 イーロウさんが、 それを見ながら言葉を続けた。


 『けどチナでもシロガネに繋がる事が出来なかったとは言えるかな』


 子が親樹と繋がるのは最優先事項だからね、 とイーロウさんが言った。

その言葉を聞いてタナトスさんが考え込んだ後、 困ったように話す。


 「そうですか…… 実は業を煮やした同胞が何人か大樹の森へと向かったが、 誰ひとり森に入れなかったと…… 正直半信半疑だったんだが…… 」


 森に入ったと思うと、 外に出ちゃうらしい。

霧の中で方向感覚が狂わされているのかもしれないと思って、 目印をつけながら行ってもいつの間にか外に出ちゃうそうだ。 


 『困ったね…… 全ての大樹がそうならば…… 事は世界の存続に関わる大事になるかもしれない』


 「どういう事だ? 」


 深刻そうなイーロウさんの口ぶりに、 今まで黙っていた煌夜が顔を上げて問いただした。


 『この世界はね。 元々は一つの種から出来てるのさ。 その種から生えた世界樹…… その身の内に、 この世界がある…… そして、 マナの大樹の根みたいな…… 我々には知覚できないパスと呼ばれる回路で世界樹に繋がっている…… 』


 種から出来てる……? あれ…… なんだかその話…… 似たような話を聞いた事がある気がするんだけど……? どこで聞いたんだっけと考えても、 まったく思い出せない……。 

 何か大切な事のような気がするんだけどなぁ。 


 「繋がってる? 」


 『そう。 世界樹から…… この世界に必要なマナを受け取り、 世界に満たす…… それが、 5つの大陸にあるマナの大樹の役割だ』


 煌夜がそう聞き返すと、 イーロウさんがマナの大樹の役割を教えてくれた。

ふむふむ。 マナの大樹が、 この世界を保つのに必要な栄養? みたいなモノを世界樹から受け取ってるって事かな……。


 「あぁ…… だからマナの樹なのか」


 煌夜が納得したように呟いた。 煌夜に言われて気がついた。 そっか…… マナを受け取って世界に放出する役割をしてるからマナの樹ね。 単純だけど、 分かりやすい名前だ。


 「レーヴェのシロガネ、 ジェガンのアロイア、 ウィンロウのトルディン、 メイアのスイレイ、 レイスのイェンヤン…… そう通り名で呼ばれているのがこの世の始まりから存在する大樹だ」


 何だか壮大なお話になってきたんですが……? この世の始まりからって…… チナちゃんのお父さんは凄い精霊だったらしい。 若干、 日本語っぽい名前とか中華風な名前が入ってる気がするんだけど…… この愛称は誰が付けたんだろう。


 『…… そうだね。 世界樹から受け取るマナはこの世界に満たされて、 大地を潤したり、 魔力として存在している。 …… マナはこの世界が世界として生命を内包し、 存続し続けるために必要不可欠なモノだ』


 マナはどうやら超重要なものらしい。 私達が魔法を使えるのもマナのお陰って事かな?

大地を潤したりとかって事は、 マナが無くなれば世界は砂漠になっちゃうんだろうか。

 それって普通に世界の存続の危機って事…… んん? 最近夢の中でそんな話が出たような?

イヤイヤないない。 あれは夢だし。 


 「それが今…… 霧に閉ざされている訳か」


 『そう。 可能性としての話だけれど、 その霧に闇の気配がすると言うのなら、 大樹は眠っているのかもしれないね…… 彼等も、 夜は眠るから…… 』


 煌夜の言葉にイーロウさんがそう答える。 あれ? でも眠ってるだけなら問題ないんじゃないの?

とにかく生きてるんなら良いんじゃないのかな。 まぁ、 チナちゃんの事もあるし起きては貰いたいけど……。


 「眠ってると問題なの? 」


 それとも、 眠ってる事自体が問題になるのかな? 私はそう思ってイーロウさんに問いかけた。


 『眠っているのなら、 マナの大樹は世界樹からマナを受け取り世界に満たす事ができない。 いや、 量が激減すると言った方が的確かな』


 …… 夜は光合成ができないって言うようなもの……? じゃあ、 今の状態だと、 マナの大樹のトレントさん達が眠っちゃってるとしてだけど…… マナが世界から消えちゃうって事!

 その事実に思わず青褪めた。 この世界が砂漠になっちゃうの?


 「それは…… マズイな」


 『マズイよ。 本当に眠ってるならね。 確認できないのが痛いな…… 本当なら、 僕が見に行ければいいんだけど…… 事情があってこのマナの樹と僕は今、 見えない鎖のようなもので繋がってるんだよ…… つまり僕はここから動けない』


 煌夜の言葉にイーロウさんがそう話す。 ずっと「動けない」 って言ってたのは、 そういう事だったらしい。 ―― そもそも何で、 鎖に繋がれているのかは分からないけれど。


 『あぁ、 ナギそんな顔しなくても大丈夫。 そんなに簡単に大気中のマナが枯渇して世界が滅ぶような事はないから。 少なくとも2、 3百年は持つよ』


 私があんまり不安そうな顔をしていたので、 イーロウさんが明るい口調で励ますようにそう言った。

とりあえず、 今日や明日すぐにこの世界が砂漠化する訳じゃないらしい。

 その言葉にほっと息をつく。


 「逆に言えばそれだけしか持たないのか…… 霧の中から見られたアレも関係がありそうだが」


 「霧の中からだと? 」


 煌夜の呟きにタナトスさんが反応する。 アレって視線の事だよね? 霧の中から、 誰かが煌夜を見てたって言う……。


 『あぁ、 そう言えば言っていたね…… 』


 「俺は目が良い・・・・・・。 以前、 この森の上の方からシロガネの森を見た。 霧に閉ざされていて俺でも見れなかった・・・・・・・・・。 けど、 霧の中にいたヤツからは俺が見えたと思う」


 タナトスさんが煌夜を見つめて唸るように言った。  


 「…… 加護持ちに見通せないとはな…… その視線の主が…… この異常事態に関わりがあるのか……? 」


 加護持ち…… そう言えば煌夜がタナトスさんを見つけた時もそう言われてたっけ……。 煌夜は『見る』 事に関する加護を持ってるって事かな。 けど、 神様の加護を弾く力があるその霧っていったいなんなんだろう。


 「可能性は高いんじゃないか? まぁ、 確認できないから分からないけどな」


 「…… 問題はそこだ。 確認しようにも森に入れなければ意味が無い。 ましてや解決など…… 」


 確かに。 森に入れないんじゃ今森の中で何が起こってるのかも、 その原因が何かも分からない。

それで、 この件を解決したいとか絶対に無理だよね。 

 先の見えない不安からか、 それとも闇の民の上に突如降りかかった試練のためか難しい顔をしてタナトスさんが唇を噛む。

 2、 3百年後なら、 私は死んじゃってるだろうけど…… この世界の人達にとってはどうでも良い事じゃないもんね。 せめて原因が分かればいいんだけど。


  

 ぱすという言葉は、セフィロトとかクリフォトの木に使われてるものですが、 敢えてその呼び方をしてます。

 本当はそっちと絡めたかったという願望込みのネーミング。 収拾がつかなくなりそうだったので使いませんが……。 夢の中以外で世界の危機っぽい話が出て来ました。 

 次回は、 この話の続きです。 お話が少し進むかも? 


『廃棄世界に祝福を。』 も更新しました。

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