それは夢、 それとも記憶。
神話の話を入れたら長くなりました。 済みません。
--- 真っ暗な中に『私』 はいる。 ―――
温かい、 誰かに守られている感覚。 安心する。
ふわふわふわふわ。 半分眠ったような状態で揺ら揺らと水の中をたゆたう。
『早く産まれておいで可愛い仔』
優しい、 優しい声がした。
そう呼びかけられて僕の意識が浮上した。
周りに気配を感じる。 大きな気配が二つ。 そして小さな気配が三つ。
『あぁ、 この仔はもう意識があるね』
安心するような、 男の優しい声。
『初めまして、 愛しい仔。 私がお前の父さんだ』
『初めまして、 私達の仔。 私が貴方の母さんよ』
クスクスと嬉しそうに笑いながら僕の意識に触れてくる。
――― かぁさんと、 とうさん?
『おや、 男の仔のようだね。 そうだよ。 父さんと母さんだ。 そのうち、 お前の弟妹も意識を持つ事だろう』
『そうしたら、 賑やかになるわね、 あなた』
――― きょうだい。
『そうだよ。 おちびさん。 お前の弟か妹だ。 産まれる前に名づける訳にはいけないから、 仮名をつけないとな、 取り敢えずはハイイロでどうだ? 』
『あなたったら安直ねぇ』
『仮名はそれ位の方が良いんだよ。 産まれてきたらお前に似合いの名を付けてやるからなハイイロ』
――― うん。 とうさん。 ぼくはハイイロ。
初めて呼ばれた名が嬉しくて僕もまたクスクスと笑った。
暫くすると、 一つ、 また一つ、 ぼくに触れて来る意識がふえる。
最初は『クロブチ』、 次は『シロ』、 最後に『マダラ』
そう名付けられた僕の弟妹。 この時の僕は幸せを知っていた。 それは温かくて良い物だと。
『とーちゃん。 ぼく早く外に出たい』
一番元気なのはクロブチ。
『あたちも出たい』
唯一女の子で口が達者のシロ。
『ヤダヤダぼくも! 』
甘えん坊のマダラ。 外の世界は良く分からないけど、 僕達は確実に大きくなっていた。
『そうだね。 父さんも早くお前達に会いたいよ。 けど……… 』
『大丈夫。 時期が来れば大丈夫よ。 きっともうすぐ産まれられる』
いつからだろう、 両親の声に不安が混じるようになったのは。
『やだよう。 出たいーっ』
泣き虫のマダラが駄々をこねる。
『我儘いうな。 出れる時が来れば出れるさ』
僕は、 両親の不安に気付かない振りをしてマダラを宥める。
『そうだ、かあさん。 僕ね神様の話が聞きたい』
『あたちも、 かみちゃまのお話すきよ。 おかーさん、 わたちも聞きたい』
シロもそう言って話をねだる。
『……… そうね。 いいわよ。 昔々、 神様がこの世界を作った時のお話です。 神様は、 小さな小さな種から世界を作りました。 最初は中々うまくは出来ません。 最初の種から出来た世界は枯れてしまいました』
『そこで神様は次の種を育てました。 試しに次は水を与えてみました。 そうすると種は芽を出し見事に世界を作りましたが暫くするとやはり枯れてしまったのです』
父さんと母さんが交互に言葉を紡ぐ。
『次に神様は、 種に水と土を与えました。 そうすると種は芽を出し世界を作りましたが、 やはり途中で元気が無くなってしまいました。 種の世界はとても冷たいものでした。 そこで神様は風で淀んだ空気を循環させ、 火で種を暖める事にしました。 そうすると種は元気を取り戻し芽吹いた世界は大きくなりました』
『しかし、また危機が訪れます。 種の色は白く、 芽吹いた世界は段々と色あせて行きました。 神様は考えました。 あと足りない物は何だろう? そして、 ふと種の作った世界が暗い事に気がつきます。 そこで神様は、 種に太陽を与えました。 すると、 種は元気を取り戻し、 世界は色鮮やかになりました』
まだ外の世界を知らない僕達には、 父さんと母さんが話してくれる物語がとても楽しみだった。
空ってどんなだろう。 風は? 水は? 火ってなぁに? そんな想像がとても楽しかった。
『神様は、 これで上手く行くと思いました。 ところが種も世界も暫くすると段々茶色くなってきたのです。 どうしてだろう? 理由が分からない神様は、 ついに種に聞いてみる事にしました。 僕がこんなにしてるのに君は今度は何が足りないと言うの? 』
『神様、 神様どうか僕のお願いを聞いて下さい。 足りない物をいつも下さって感謝しています。 けれども、 お日様は僕には強過ぎる。 もちろん、 お日様の力は必要です。 けどずうっと照らされてると熱くなりすぎて干からびちゃうんです』
『成る程、 と神様は思いました。 そこで、 太陽が世界を照らすのを一日の半分にしました。 太陽のないその時間は夜になりました。 ただ、 夜はとても真っ暗でした。 そこで世界が寂しくないように、 神様はキラキラとした星と穏やかに輝く月を空に作ったのでした』
『種から芽吹いた世界は自身が命を育む揺りかごとなりました。 神様は言いました。 これでもう大丈夫。 もし、 本当に困った事があったら、 僕を呼ぶといい。 きっと助けに来るから。 そう言って神様は去ってゆきました。 だから今の世界があるのは神様のおかげなのです』
話が終わると、 クロブチがそっと言葉を出した。
『神様、 ぼくらを出してくれないかなぁ』
この頃の僕等の話はいつ産まれられるのかって事が多かったんだ。
『そうねぇ。 じゃあお願いしてみましょうか。 --- 神様お願いします。 私達の可愛いおちびさん達が元気に産まれる事ができますように』
母さんが、 僕達の意識に優しく触れながらそう願った。
『かみちゃま、 わたちたち早くうまれたいでしゅ』
『ぼくも、 はやく出たいれす』
シロとマダラが真剣そうに祈ってる。
『ぼくも。 外にでたいです』
元気なクロブチは早く外で走りたいらしい。
『神様--- どうか私達の仔に恩恵を与えて下さい』
少し思い詰めた様子で父さんが言った。
『神様、 お願いします。 僕達を早く産まれさせて下さい』
僕も一緒に祈りを捧げる。
そして、 一週間後―――。
マダラが消えた。
父と母の、 混乱と慟哭。
シロとクロブチは怯え、 震えているのが分かる。
『ハイイロ、 マダラはどこいったの? 』
クロブチが、 泣きながら僕に聞く。
『おとーしゃんと、 おかーしゃん……… こあいの。 ハイイロ、 やだよう。 マダラがいないのやだよぅ』
『分からない。 僕にも分からないよ。 父さん達が落ち着くのを待とう。 きっと大丈夫だから』
僕達は、 父さん達が落ち着くのを待った。 それはとても恐ろしくて苦しい時間だった。
それでも僕は三弟妹で寄り添って大丈夫、 大丈夫だよと言い聞かせていた。
けれど、 結果は残酷な物で。 全然大丈夫ではなかったんだ。
『済まない。 子供達。 今まで放っておいて、 父さん達を許してくれ』
『父さん! ねぇ、 マダラはどうしたの? 』
震える、 シロとクロブチを宥めながら僕は思い切って父さんに聞いた。 父さんの声は憔悴していて力が無い。
『っ……… マダラは、 星になったんだよ』
『星に? 』
『まれに、 産まれる前に空に呼ばれてしまう仔がいるんだ』
そうごまかすように言って父さんは僕等の意識を撫でた。
『あいつ、 我慢できなかったんだな。 早く外に出たがってたし』
自分を納得させるように言う怒ったようなクロブチの声。
『ハイイロ……… あたち、 まだこあい。 おとーしゃん、 まだへんだよ』
『うん。 僕もそう思う。 さっきから、 母さんは黙ったままだし……… 悲しみも消えてない』
『こあいよハイイロ』
そっと意識を寄り添わせて、 僕はシロを抱き締める。
それからは、 悲しみと不安に蓋をした生活が始まった。
誰もマダラの事に触れない。 そんなちょっとぎこちない生活。 そんな中で、 父さんと母さんが一日に一度、 僕等を抱きしめて温かい力を注いでくれるようになった。
『ぼくこれ好きだなぁ』
照れたようにクロブチが言う。
『うん。 あたしも好き』
僕達は、 この時間が大好きだった。
きっと怖い事はもう起こらないのだとそう思い込もうとしていたんだと思う。
けど--- そうしているうちにクロブチが消えた。
『神様、 神様、 神様何故ですどぉして! 』
母さんの叫び声。
『あぁ、 何故です神様。 この世界から魔力が消えて行く。 これでは子供達が産まれる事ができないっ! 神様お願いです。 私達の子供を、 助けて下さい』
父さんと母さんは絶叫をあげながら、 神話の神様に祈り続けた。
僕は理解した。 マダラも、 クロブチも産まれられず……… 死んだのだ。
『ハイイロ。 ハイイロはいなくなっちゃ嫌だよ』
前よりしっかり話せるようになったシロが僕の意識に縋りつく。
『大丈夫だよ。 僕は一番お兄ちゃんだからね。 シロを置いていったりしない』
泣いてるシロの意識を抱きしめて、 僕はあやす様にそう囁いた。
『神様、 何故答えてくれないの! お願いです私の仔を助けて! 』
父さんと母さんは狂ったように叫んで--- そして数日後、 疲れたように押し黙った。
『エレスティナ。 もうやめよう。 僕等は僕等の出来る事をしなければ』
『クリフ……… 』
『子供達。 良く聞きなさい。 今から父さんの魔力を全部あげる。 君達に会えないのは寂しいけれど……… きっと元気に産まれてくれると僕は信じる』
『あぁ、 あなた……… 愛しているわ。 私の月』
『愛しているよ。 僕の太陽。 子供達の事を頼む』
僕とシロに温かい力が注がれる。 それは親しんだ父そのままの気配を帯びていた。
だから毎日繰り返されていた抱擁は父さんと母さんが魔力を分けてくれていたのだと知った。
段々と父の気配が弱くなる。 お前達を愛してる。 父さんの意識は最後にそう呟いて弾けて消えた。
『クリフ………。 私、 頑張るわ。 さぁ、 母さんはしっかりするわよ。 貴方達を守れるのはもう、 私だけなのですもの』
一日だけ泣いた後、 母さんはそう言って僕達の意識を抱きしめた。
不安を押し殺して。 ただただ、 愛情を注ぐ母さん。 魔力を注ぐ度に少しずつ母さんは衰えていった。
『母さん、 僕の分はもう良いよ、 シロにだけ魔力をあげて』
『いいえ、 大丈夫よ。 母さんは貴方達を守らなきゃ』
それは妄執とも言うべき感情で、 頑なに、 一途に母さんはその抱擁を続けた。
シロはずっと怯えていた。 そしてもしかしたら神様に声が届くかもと毎日お願いをしていた。
『神様、 私達を助けて下さい。 お母さんと、 ハイイロを守って下さい』
けれど、 声は届かず、 母もまた衰弱する一方だった。
『ごめんね、 愛しい仔。 母も逝きます。 その前に残された魔力を貴方達にあげる。 もし、 神様が気付いて産まれる事が出来たなら、 クリフレインとエレスティナの仔であると名乗りなさい。 きっと同胞が助けてくれる』
『母さん嫌! 嫌よ。 置いていかないで! 私、 もう産まれなくていい。 だから! 』
『僕もだよ。 産まれなくていい。 母さんお願いだから生きて! 』
ヤダヤダとシロが母さんに追い縋る。 僕もまた必死に母さんに抱きついて引きとめようとした。
『いいえ、 いいえ。 私は、 もう……… 貴方達より長くは生きられない。 それなら私の命で少しでも長く生きて』
母さんの温かい魔力が注がれる。 ごめんね、 ごめんねと謝りながら。
段々と、 母さんの気配が消えて行く中、 微かな微笑みと共に母さんが囁く。
『愛してるわ。 私の仔……… クリフ……… 今あなた達の傍に』
そして僕はシロと二人っきりになった。
泣きながら、 励まし合いながら二人でいる日々。
けれど、 僕と違ってシロはどんどん弱っていった。
シロに魔力を渡したくても幼い僕にそのやり方は分からず。 シロはずっとごめんねと謝っていた。
『神様、 神様お願いです。 僕の妹を助けて』
その願いは叶えられず、 シロは段々と意識を繋げられなくなっていった。
僕はシロの意識を抱きしめて、 眠って起きた時にシロが消えてない事を確認するのが日課になった。
僕の傍らにシロの気配はあるけど、 シロが答える事が出来なくなって何千年経っただろうか。
僕の意識も朦朧として来た頃に変化があった。
『あー、 また失敗してたや。 レアな生き物だったのに絶滅とかマジ勘弁して欲しいよねー』
ごとり、 と何かを蹴る音がする。
『魔力が足りなくて、 卵のまま死んでやがる。 この大きな石は親か。 自分の魔力を分けたんだねぇ。 そんな事しても無駄だっての。 世界に穴が開いてたんだ。 魔力なんて補充されずにスカスカだって。はぁ。 また怒られる。 やってらんないよねマジだるい。 神様とか本当面倒ー』
神様。 その言葉に、 僕の意識は浮上した。
『か……… み……… さま? 』
『おっ! まじで? 生きてたよ。 元々の魔力量が他の個体より多かったんだねぇ』
『い……… もう……… とを……… たすけ……… て』
『妹? それはそこに転がってるまだ石化してない白い卵かな? あー残念。 無理かなぁ。 それもう死んでるよ』
『う……… そだ……… きのう……… は』
『昨日は生きてたんでしょ。 無理無理。 今は完全に死んでるよ。 お前が、 この種族の最後の生き残りだ。 さて、 魔力をくれてやる。 僕の為にしっかり産まれてねー? 』
暴力的な魔力を一気に送られて、 吐きそうになる。
両親がくれたのとは違う、 一方的な冷たい魔力だ。
ぴしり
ぴしり
ヒビが入ってあっさりと殻が割れた。
僕が、 初めて外に出た時、 見たのは………
白い卵と、 斑模様の卵、 黒斑の卵、 そして、 大きなかつては両親だったであろう二つの石。
そして僕が出て来た灰色の卵の殻を見る。 ハイイロ。 皆が呼ぶ声が聞こえたきがした。
こんなに簡単に。 こんなにあっさりと。 なんで………? 皆があんなに呼んだのに。 どうして神様は。
「はぁ。 ちょっと手ぇ抜いて観察サボっただけで世界が壊れるとかマジやってらんない。 まぁ、 お前が生きててくれて助かったよ」
金の髪に青い瞳の少年。 悪びれもせず、 ケラケラと笑ってそう言う『神』 と言う存在。
一瞬の静寂の後、 僕の中に怖ろしい程強い感情が荒れ狂った。 コレの所為で皆死んだのだ。
祈りの声なんかコレに届くはずが無かった。
こんなものの為に両親は弟妹は、 泣いて苦しんで死んだのか。
僕--- 俺は、 『神』 を許さない。 いつかきっと殺してやる。
煌夜の話ですが、 sideとはしませんでした。 理由は次回分かるかと。
コレがあったから、 煌夜は神様の事を許せないと思っています。
次回は、 『あっぷでーと』 の予定です。




