蒼の少女
篠森秋はそこそこいい学校に通う一人の男子高校生である。
彼がゲームを知り、のめり込んだのは小学校の頃。父親がやっているゲームを借りた時の楽しさを彼は覚えた。そして、持ち主の父親さえクリア出来ていなかった裏ボスを倒してしまうほどやり込んだのである。
そんな彼も受験で少しゲームから離れていたが、受験が終わってからは人気のソシャゲで特定のキャラに愛情を注ぎつつ学校の成績は保ち、とりあえず現状維持というスタイルを確立させた。
そして彼はオンラインゲームにも手を出した。そんな彼の選んだゲームがALTOだった。彼はその後今までの三年以上の間毎日ログインし、立派な廃人として育ったのであった。
「なーにそんな黙りこくって考えてるのよ」
アキは少女の声ではっとした。
「いや、今の自分が置かれてる状況を確認してて」
「なによ、同年代のかわいこちゃんの家に入れさせてもらってるって状況を?もしかして興奮してるの?そういう人間なの?」
「あー......違うんだけどそれはそれで気になるなあ......今の体だとレズって言えなくもないし」
「きゃーっ!襲われる!」
「んな見境ない事しないって。そういうのは双方の同意を経てから慎重かつ大胆に」
「ヤル気はあるにはあるのね!危険なやつ」
「話戻していい?」
圧倒的な速度で脱線方向に会話を進める彼女を落ち着かせ、とりあえず対話ができるようにしたい。
「あ、うん」
今のところわかっている彼女のいいところ、切り替えが早い。
「ここは月砂の森、ってことでいいのか」
「ベクトール大森林よ。昔の名前がそんなだったって記録を見たことはあるけど」
「えっ」
自分の知る名が昔のものであったことに驚く。自分は未来にでも飛ばされたのだろうか。
「どうしたの?」
「まあいいや......で、そんな森でお前は何をしてるんだ?都会に行けば嫌でも友達はできそうだからぼっち卒業にはもってこいだぞ」
「お前じゃなくてケレアって名前があるのよ、そっちで呼んで」
「そうかケレアか。俺はアキって名前だ。で、森にひきこもる目的は?」
「魔法の修行。このあたりは光と氷の魔力が多いから、その二つの系統の魔法の修行をしやすいの」
「光と氷、かあ」
アキは立ち上がり、窓の外へ手をかざし少し力を込める。すると、手のひらに何かが集まる感触がした。
「フロストスター」
「えっ!?」
その瞬間、槍のような鋭利さを持った氷塊が光を纏い、目にも止まらぬ速さで飛んでいった。
「魔法はこんな感じで使うのかあ」
「今、フロストスターって言った?」
ケレアは、驚きを隠せない様子でこちらを見ている。
「言ったけど」
「それだいぶ前に使用者が居なくなって、いまでは失われた魔法として氷と光の業界ではそこそこ名の知れた魔法よ?なんであなたが使えるの」
「何だろう......覚えられるもの一覧にあったから的な?てかそんなにこの魔法レアなの?強いの?」
「そもそも消えた原因、ほとんどの効果が別の魔法でもどうにかなるような効果ばっかりだったかららしいけど」
「器用貧乏かよ」
取得可能スキル一覧にあった、光と氷両方の属性を持つ便利そうなスキルがあったから取得したのだか、今になってはない魔法と言われるとなかなかロマンがある。しかし昔の魔法という事は、世界が違うだけでなく時間軸さえ違う可能性が浮かび上がる。
「他にはどんな魔法がある?昔の魔法とか」
「昔かはわかんないけど......氷属性だとコールドアウェイク、フォッグオブスノウ、アブソルートリベリオン、無限氷原とか?」
「コールドアウェイクは私も使える......たしかフォッグオブスノウはホワイトスカイの旧名称だし私も持ってる......残り二つは......」
「昔の魔法と?」
「ええ。......その二つはまず使わないことをおすすめするわ」
「なに、注目でも集めちゃうの?」
ケレアは間を置いて、口を開いた。
「アブソルートリベリオン、別名『収束の反撃』は周囲の魔力を喰らい尽くすし、自分にもダメージが来るからその後魔法が使えない。無限氷原は、その...」
少しだけ言うのを躊躇したようだが、ケレアは言い切った。
「100年ほど前、元都市『レストル』が完全氷結した事件。その犯行に使われたと言われているのが無限氷原よ」
「完全氷結......?」
「そ。私もここに来る少し前の話だからある程度は聞いてるの。もともとレストルは氷の魔力が多い地域にあったせいもあって、栄えていた一つの都市がかなり大規模な氷山に生まれ変わったの。当時の混乱は目も当てられなかった。ていうか、あなた知らないのね、こんな大事件」
「なんていうか......すっごい遠い所から来たからなあ。てか俺の無限氷原ってせいぜいでかい敵を凍らす程度だと思うんだけど」
「魔力量によって大きく効果が変わる魔法もあるらしいからね。それの一つなんでしょう」
ゲームのシナリオにも、その情報は一切無かった筈だ。そもそもここがゲームの世界なのかは不明、というかこの森に誰も来ていない時点で少し違うのだが。
「まあ、とりあえず話を戻そう。修行に来てるってことでいいのか?」
「ええ。あなたはどうなの?そんな小さい体でこんなところまで来るなんて。まあ、さっきのを見る限り普通ではなさそうね」
「なんか気づいたらここにいたって感じかな。普通じゃないのはなんとなく分かったけど」
この世界の住民と自分は、そもそも生まれた世界線が違う。この世界から見れば自分は異常以外の何者でもない。
「あと、魔法使いなのになんで剣なんて持ってるの?魔剣士はとうの昔に失われたって聞いてるんだけど」
「とうの昔に失われた魔法が使え、とうの昔に失われた職を持つとかなんだ俺」
「女の子なのに俺とか言うんだ......襲われても不思議はないわね、罠作っておこう」
「それはやめて欲しいけど、とりあえず脱線やめよう?お前の知識のとおり、俺は魔剣士をやってる、はずだ。斬撃飛ばしたり魔法使ったりできる剣士だ」
「その分剣士に比べて体力はない。魔法使いに比べて威力も小さい」
「正解」
魔剣士は剣を使って魔法を放つ非常に特殊な攻撃を扱う職である。状態異常への耐性や取得可能スキルの多さの反面、剣士に比べて筋力ステータスやHPが少なく、魔道士のように魔法威力ボーナスもない。故に器用貧乏なのだか、アキは万能とも受け取れると考えてこの職にしたのだ。
「失われた魔法、失われた職業。あなた一体何者なの?何をしに来たの?」
「何者か、は正直説明しにくいかも。遠くから来てるはずなんだけど、気づいたらここにいた。それだけ」
「ふーん......敵意はなさそうだしまあいいわ」
「いいんだ」
「いいの」
ケレアは頬杖をつき、つまらなそうな目でアキを見つめる。
「もっとほら、海外の伝説とか天上の戦士みたいな凄いのを期待してたんだけどね」
「クソつまらんお勉強の話でもするか?」
「いいわ。......とりあえず、あなたはこれからどうする気なの?」
「どうするもこうするもどうしてここにいるのか分からないからなあ。近くの街にでも行きたいな」
「一番近い村でも200マイロあるわよ?道も途切れ途切れだし」
「マイロ?」
「距離の単位も知らないの?下からインツ、その12倍がフィー、その3倍がヤードゥ、その1760倍がマイロ」
聞いたことのある単位が訛ったもののように聞こえる。
「ヤード法かよ面倒臭い」
「なんだ、訛りはあるけど知ってはいたのね。ちなみにたしかインツがこれくらい。」
ケレアが親指と人差し指で示した長さは、おおよそ2か3センチだった。それはアキの知る1インチとほぼ等しい長さように思える。
「ってことはたしか1マイルって1.6キロ......近くの村まで320......近くの村!?」
「ベクトール大森林の大きさ知らないの?世界最大の樹海で、いい馬車でも横断するのには馬の体調も考えると三日はかかるわね。あ、でも道が道だしもっとかかるかも」
ゲーム時代の月砂の森はもっと狭かったはずだ。移動は帰還結晶や龍でやっていたため近くの都市までの詳しい距離感は分からないが、それでも龍の上から見た森はその4分の1も無かったはずなのだ。
「もしかしてALTOじゃなかったりするのか......でもそうだとしたらこの体の説明が......」
「独り言が好きなのね。で、どうするの?私は5日後あたりに城下町まで行くつもりだからその時に一緒に来る?」
「そうしたいけど5日間どうするか......」
「泊まっていけば?」
「んん!?」
「ベッド一つしかないし床でねるハメになるけどそれでもいいなら」
「初めて見る相手を自分の家に泊めるってなかなかすごくない?」
「じゃあ1人で森をさまよって飢え死にするの?」
「うっ」
「じゃあこの親切心に有り難くすがった方が自分のためでしょ?それに......あなたには敵意も何も感じない。悪い人でもなさそうだし」
正論と、その眼差しに押されて反論もできなくなる。方角も何もわからないところに一人歩き出すなど自殺行為に過ぎず、これがゲームであるかないかわからない以上死んだらそのままの可能性の方が高い。
「まあたしかに......あと、その評価は嬉しいな」
「襲ってきたら凍らせればいいしね」
「それはどうかと思うけどな」
「まあとりあえず、少しの間はうちに止まっていきなさい。わたしとしても突き放したやつがどこかで野垂れ死にするなんていい気持ちはしないもの」
「......じゃあその親切心に有り難く縋らせてもらうよ、ありがとう」
「どういたしまして」
ケレアはにっこりと笑い、椅子から立ち上がった。
「さて、日も暮れてきたし夜の修行しにいきますか」
「あ......俺も魔法やりたいしついてってもいいか?」
「邪魔しないのならね」
こうして、運良く出会った少女の計らいによって、一時的に身を寄せられる場所をアキは得た。